第26話珍獣? ポンコツ?

「なんなんだ、こいつ……」


 しまった。話すべきではないのに、つい口から言葉が漏れてしまった。

 いや、こんな呟きなんて反応しないだろう。だったら、これ以上何か失敗をする前にこの場を……っていうかこの魔族から離れ——


「え? 私? ふふん。私の名前を聞いちゃう? 聞きたい?」


 ——られなかった。


「いや、結構です」


 妙に自信に満ちた様子の魔族の言葉に、反射的に断ってしまった。けど、改めて考えてみてもどうせ断っただろうし、間違った行動をしたわけじゃないからいいか。


 あなたも、さっきのは別に質問したわけではないので、気にしないでください。ついでに、そのまま黙ってどっか行ってくれると嬉しいんだけど……


「まあまあ、そう言わずに聞いていきなさいよ!」


 そうはいかないよね……。


 どうして僕たちのところへやってきたのかはわからないけど、それよりもまずはどうやってここから逃げるかを考えていると、目の前の魔族はなぜかいきなり胸を張って自己紹介をし始めた。


「私の名前はリ・ローナ・ポーンラーツ。魔王直下耳魔族第三管理区第一鎮守部隊独立機動班所属筆頭遊撃士よ。……よっし! 噛まずに言えちゃ! ……言えた!」

「ポンコツ?」

「珍獣?」


 ロイドもマリーも間違ってるよ。

 確かにポンコツな感じがするし、珍獣っていうのも間違ってないけど、多分違うはずだから。


「ちっがーう! リ・ローナ・ポーンラーツ! 魔王ちょっきゃもりみゃぞくっ……以下略う!」

「それじゃ何もわかんないって……」


 長い名乗りだから噛むのもわかるけど、聞いたところ一応軍属みたいなんだからそれくらい噛まずに言えるようにならないとまずくないかな? しかも、一回噛んだからって、省略するのはどうなのさ?


 魔族の女の姿を改めて見直してみると、頭の上には人間のものではない獣の耳……おそらくは猫科のものだと思われる耳が生えており、間違いなく魔族だと断言できる。


 それ以外の見た目について。身長は僕たちより高いけど、大人ってほどではないから年齢はおそらく僕たちより少し上の十五歳前後ってところだと思う。顔立ちもどこか幼さがあるし、やっぱりそれくらいだろうと思う。


 体型は、胸は……ちょっと残念な感じもするけど、全くの壁ってわけでもないから、まあ普通なんじゃない? お腹周りとかはスッキリしてて、なんだったらお腹は筋肉で割れてるし、足だってももの内側あたりにもしっかり筋肉がついている。全体的にスラッとした細い感じ。


 さて、ここで一つ問題だ。僕はどうしてこの魔族のお腹や腿の内側なんてところの筋肉を観察することができたと思う?

 僕が類まれなる観察眼で服の上から相手の筋肉量を見抜いた? それだったらいいんだけどね。便利そうだし、なんの問題もなかった。

 あるいは、僕が服を捲って確認した? それはそれで問題……あるけど、まあ問題ない類だと言ってもいい。


 正解は、この魔族服をほとんど着てないんだよ。

 いや、一応服を着てはいるんだよ? 胸に巻きつけただけのような布と、大胆にも足の付け根近くまでしか長さのないズボンだけしか身につけてない。あれ、ズボンっていうか、もはやパンツだよね。……え? この魔族、ポンコツで珍獣な上に、痴女なの? それはちょっと……魔王軍、こんなのがいて大丈夫なの?


「で、結局なんなのさ、君は」

「え? だから魔王直下以下略だけど?」


 あ、もう以下略で通すつもりなんだ。まあ、いちいちあの長い名乗りを聞きたいわけじゃないし、それでいいけどさ。


「そうじゃなくってさあ。どういう立ち位置なのかとか、なんでこの街にいるのか、とか、そういうのだよ」


 魔族であっても、この街にいていいし、いること自体はおかしくない。でも、この魔族は自分のことを魔王軍の所属だと言った。軍人がこっち側にいるって、それだけで問題になるだろうに、それを堂々と宣言するなんて何を考えてるんだろうか? 何も考えてないんだったら楽でいいんだけど、そんなわけないし……


「そもそも、本当に軍属なの? さっきあそこでバカみたいに喚いてたじゃん。それなのに、魔王直下なの? あんまり……というか、まるっきり信じられないんだけど?」


 色々考えると、そもそもこの魔族が本当に魔王軍の所属なのかってこと自体が怪しくなってくる。教会がしっかり機能するようになって、向こう側と連絡を取れなくなったのをいいことに、自分は魔王軍の所属だ、なんて嘘をついて威張っている可能性もないわけではない。


「な、何よその目は! 本当に本当なんだってば!」


 そんなことを考えていたのは僕だけじゃなかったようで、ロイドとマリーも疑うような目つきになっていた。


「とりあえず、軍属というのは信じてあげるから、話を進めてよ」

「おー、信じてくれた? いやー、えがっだえがっだ!」

「急に訛り出したぞっ!?」

「あ、いや。別にこれは私の訛りってわけじゃなくって気分で訛らせただけなんだけどね?」

「めんどくせえ!」

「なあ、ディアス。この女、めんどくさくないか? 正直頭おかしいぞ」

「頭がおかしいのはわかってたけど……」


 だが、腕は確かだ。油断していたとはいえ、先ほどの一瞬で俺たちの背後へ無音で移動していたんだから。


「まあ、しばらくは様子見だね」

「え〜」


 マリーとしてはこんなのと一緒にいることが不満なようで、あからさまにがっかりした様子を見せているがもう少しだけ我慢してほしい。僕だってこんなのとずっと関わるつもりなんてないし。


「それで、軍属がなんでこんなところに? それも、なんであんな目立つことをしていたのさ? もう公式では軍はこの領域から退いたはずじゃないの?」

「いや〜。この街って、ちょっとごねると安くしてくれるから、最後の最後まで足掻いて少しでも安くお酒を飲んでよっかなぁ〜、なんて思ってたら、思った以上に深酒しちゃってね? それで、まあ、その……ね? えへへ?」


 ……はあ? ……えっと、つまり……本当に何にも考えてない馬鹿ってこと? ……いやいや、それは嘘でしょ。ないない。っていうか、あってほしくない。だって魔王軍って言ったら僕たち人間にとって最大の脅威で、倒すべき相手で……それがこんなのって、ないでしょ。


「二日酔いで寝過ごしたとかそんなんか」

「ばっかじゃねえの?」

「ねえ、本当に軍属なの? しかも筆頭とか言ってなかった? これが筆頭って、魔族ってろくでなししかいないの?」


 こんなのが魔王軍の所属であって欲しくないと思っていたせいか、知らず知らずのうちに問いかけてしまっていた。


「しっつれいね! ろくでなしって何よ!」

「酒を飲んで移住期間を過ぎるやつなんてろくでなしだろ」


 だよね。まさしくロイドの言う通りだと思うよ。軍属のくせに酒で潰れて時間を忘れるって、ろくでなしでしょ。


「っていうか、あんなみっともない真似しないで国に帰ればいいんじゃないか?」

「あー、それなんだけどねー。あんた達知らないの? 移住期間が終わると、国境の行き来ができなくなるのよ。まあ、だからこその移住期間なんだけどぉ……帰れなくなっちゃった。てへっ」


 可愛らしく小さく舌を出して笑っているが、言っている内容は笑い事ではない。帰れなくなったって……それでいいのか魔王軍。筆頭がそんなんじゃだめだと思う。


「こいつ、本当にポンコツじゃん」

「ついでに、マジで珍獣だな」

「どっちもちがーう!」


 いや、どっちも正解でしょ。

 まあ、この魔族の言ってることが本当なら、だけど……どうなんだろう? こんなポンコツな雰囲気を出しておきながらも、実は工作員だった、なんて可能性も、ないわけじゃない。……と、思う、かも?


「……ふっ。まあいいわ。私は大人だから許してあげる。それよりも〜……」


 と、その直後、それまで醸し出されていたゆるい雰囲気が消え去り、一瞬だけ鋭い獣の目つきに変わった。

 何をするつもりだと警戒するが、そんな僕の態度を知ってか知らずか、気にした様子もなく僕たちの方へと近づいてきて、背負っている背負子へと顔を近づけて匂いを嗅ぎ始めた。


「やっぱりあなた達からお肉の匂いがするわね。ねえねえねえねえ。あなた達、どこでお肉食べたの? 私にもちょっと分けてくれない?」

「匂いって……なんでわかるんだよ」

「筆頭を舐めないでよね! どうしても舐めたいんだったら私の脚なら舐めさせてあげるわ!」


 ……あ、これ本物だ。本物の馬鹿だ。話を聞いてたはずなのに、どうして脚を舐めるなんて方に話が進むのかわからないや。これが工作員はないね。うん、ない。

 演技だったとしても、こんな話がつながってない馬鹿を演じることはできないと思う。頭がいい人が馬鹿を演じても、どうしたって頭の良さが出てくるもん。


「よし、ロイド! やつの脚を舐めてこい!」

「やだって、こんなの!」

「こんなの!? ひどくない!? こんなに綺麗なおみ足をしてるっていうのに! あ、みる? 見ればわかってもらえると思うから!」


 というか、もう見てるし。痴女みたいな格好しておいて、それ以上何を見せるって言うのさ。


「ロイド、マリー」


 そんなバカと遊んでないで、逃げるよ。

 二人の名前を呼んだだけでそれ以上は言葉にせず、目線だけで二人に合図する。

 ロイドもマリーも、僕の意図が分かったようで小さく頷いてきた。


「ほらほらどう? 綺麗な脚してるでしょ?」


 問題はどうやって隙を作るかだけど、なんか片足を上げて自分の脚を見せびらかしている馬鹿がいるのでちょうどいい。


「バランスがすごいね。そのまま真上にあげることはできるの?」

「ほえ? ふふん。それくらいできるわ。余裕すぎるから見せてあげるわ!」


 僕の言葉に釣られるようにして魔族の女……えーっと、ポンコツ? が右足で立ち、左足をまっすぐ天へと突き出す格好をした。


 ……自分で指示しておいてなんだけど、その格好でその体勢になるのはやめた方がいいと思うよ。その、ね。なんていうか……服の端から見えちゃってるからさ。

 あ、いや、嘘。僕は何にもみてないから。大丈夫だよ。うん。


「ほらね——」

「走れ!」

「——えええ?」


 自慢そうに脚を上げているポンコツの軸足を蹴り抜き、倒す。それと同時に、ロイドとマリーへと指示を出し、僕たちは思い切り走り出す。

 その際、偶然ポンコツの靴が脱げたようだったので、その靴も拾い上げて思い切りあらぬ方向へとぶん投げる。


「あ、ちょ、まっ! 待って! あ、わた、私の靴はあっ——ぎみゃあああ!?」」


 なんか後ろで哀れな悲鳴が聞こえた気がするけど、気にしない。気にしたら負けだ。

 僕たちはそれから一度も振り返ることなく脇道を進み、逃げることにした。

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