第25話なんなんだこいつは……
「ようやく十歳になったなー」
「そんで、ようやく移住期間も終わったなー」
「半年って思った以上に長かったなぁ」
ロイドが魔族にボロ雑巾にされ、マリーが貞操の危機に襲われた事件から早半年が経過した。僕が生まれ変わってからは約一年だね。
この半年の間、僕はロイドとマリーの二人を徹底的に鍛えることにした。もう二度と襲われないように。そして、襲われたとしても暴漢や賊程度に負けないように。
まあ、ちょっと頑張りすぎた気も、今ならする。やってる時はそうは思わなかったんだけどね。
でもまあ、ね? 結果としては良かったんじゃない? ロイドもマリーも、初歩段階とはいえ、身体強化を覚えることができたんだから。今の二人なら、マリゴルンの突進を食らってもちょっとよろめく程度で済むだろうし、街を囲っている外壁の上から飛び降りても死なないと思う。
走るのだって、この街にいる誰よりも早く走ることができるだろうから、襲われたとしても最悪逃げ切ることができるはずだ。……あ、僕に襲われた場合は別ね。多分、というか確実に逃げる間もなく終わるから。
「けどよぉ。実際、移住期間が終わったからってそんな変わるもんか?」
「魔族がいなくなるんだから、その分変わるでしょ」
アレから半年経ったことで、境界戦争——戦王杯から一年が経ったことになる。
それによって境界間を行き来することもできなくなった。もうこちら側に残っている魔族は、魔族達の法律ではなく人間の法律で動かなくてはならないので、好き勝手することはできない。
今の状況で半年前のように人間を襲いでもしたら、その時は普通に捕まるし、魔族だってことで罪は重くなるから殺されることになる。
それが嫌で、この街にいた魔族の大半は境界を越えて自分たちの領域へと戻っていった。
もっとも、中には店を構えてしまったからってことで残る魔族もいるし、普通に暮らしている魔族もいるけど、まあ問題は起こりづらくなったのは間違いない。
「でも、移住期間終わっても居座る魔族っているんだよな?」
「まあ、そうだね。というか、それを言ったら俺たちの親世代もそうでしょ。前回負けたのに移住することなく居座って、十年経って今回の剣王杯になった。魔族でも同じような奴らはどうしたって出てくるはずだよ。誰も彼もが行く先があるってわけでもないだろうし」
別に居座ること自体は禁止されてないからね。ただ、人間領の魔族も、魔族領の人間も、人間というだけ、魔族というだけで粗雑に扱われるし、罪が重くなる。
まあ、これは当たり前といえば当たり前だ。何せ、今まさに戦ってる相手であり、恨みを向ける相手なんだから。
今この街に暮らしている魔族は人間に何もしていないじゃないかって? そうかもしれない。でも、魔族だ。その魔族が人間を傷つけたかどうかが重要なんじゃない。相手の種族が魔族だということが重要なんだ。
それに、魔族にもいい奴がいるかもしれない。この相手は傷つけるべきではないかもしれない——なんて、そんな考えを持ちながら戦王杯に臨めば、油断や隙、手心といったものがでる可能性がある。それだけはならない。もしその結果負けてしまえば、人間は一生魔族の奴隷として生きるしかないのだから。
魔族の人権だなんだ、なんて考えるのは、人間が勝ってからでいい。
「まあそっか。じゃあ魔族にはまだ気をつけないといけないのか」
「魔族がいるって言っても、移住期間を過ぎた以上は人間の法律に従わないとだから、それほど警戒する必要もないと思うけどね。詐欺も暴力も、やったら普通に捕まるんだもん」
魔族に気を許していけないとはいえだ、警戒しすぎる必要もない。普通に普段通りの生活をしていればそれでいい。
「そうだけど、中にはそれを無視して動く奴もいるんじゃねえの? 特に、ここみたいな端っこのくそ田舎だとさ」
「それはいつの世も、どんな人種でもそうじゃない? 魔族に限らず人間だって方の隙をついて悪さをするのはいるでしょ」
魔族に限らず、悪さをする人物なんていっぱいいる。魔族だけを警戒していればいいってものでもない。
「まーそうかー」
「でも、あれだよな。移住期間が終わったんだからついに商売をするんだろ?」
「……なんだっけ?」
本当になんだっけ? 商売なんて、そんなこと言ったっけ?
「なんだっけってなんだよ! ほら、肉を狩って売るって言ってたじゃんか!」
「……あー。あー、そういえばそんなことを言ったような気もするなぁ」
そういえば、前にお肉を獲りすぎた時に周りの人たちからやっかまれたから、その対処法としてお肉を売りに出す、みたいな話をしたんだっけ?
結構前のことだからもうあんまりよく覚えてないけど、そうだったはず。
でも確かに、絡んでくるような面倒な魔族はいなくなったんだし、そろそろお肉を獲る量を増やしてもいいかな。
「どうすんだ? やるのか? やらないにしても、狩りは普通にやっていいんだよな?」
どうやらロイドは狩りをしたくてたまらないようだ。いや、狩りをしたいっていうか、今の自分の実力を試したい、かな? まあ剣士としての領域に一歩入り込んだだけとはいえ、剣士となったことに違いはない。なら、自分の力を試したくなるのは道理かな。
「まあ、いいんじゃない? ただし、誰から習ったのかは、打ち合わせ通りにしておくこと」
「ああ。もちろんだぜ」
「わかってるって」
今回二人を鍛えるにあたって、いずれ二人は活躍することになるだろうけど、その時に僕から教えてもらったのではなく、適当な人物をでっちあげてその人に教わったってことにすることにした。だって、僕から教えてもらったってなったら、どう考えたっておかしいし、怪しいもん。
「ならいいけど。……だが、そうだな。店をやると言うのであれば、できることなら大人が一人欲しいか」
「大人あ〜? いるかそんなの」
「狩りには必要なくとも、店を開くのに子供だけでは問題が起こるかもしれないからね。それに、店を出すには申請とか必要でしょ、多分。まあ、その辺は後で調べて相談を——ん?」
と、話しながら歩いていると、なんだか騒がしさが耳に届いた。
どうしたんだろう? 何か問題が起きてる感じの騒がしさみたいだけど、誰かが喧嘩でもしてるのかな? 問題を起こすような魔族はいなくなったから人間同士の諍いだと思うんだけど……
「だーかーらー! 私は魔族じゃないってば! 私みたいな可愛い子のどこをどう見れば魔族だってのよ!」
「水桶でてめえのツラでも見てこいや。その頭の耳見れば魔族だってわかんだろうが!」
「こ、ここここれはあれよ! ほら、それ!」
「どれだよ、知らねえよ!」
「はあ〜〜〜。これだけ言ってもわかんないって、嫌になっちゃうわ! あ、そうだ! そうよ、この耳は生まれつきのチャームポイントよ! 人間だってちょっと尖った顔してる人とか普通にいるでしょ!」
「明らかに今思いついたばかり態度じゃねえか。しかも、お前のはちょっと尖った程度じゃねえだろ! 人をバカにすんのも大概にしろよ!?」
……なんだろう、あれ。
いや、諍いだっていうのはわかるよ? でも……なんだろう。本当に、なんだろうとしか言いようがないんだけど。
諍いの片方は男の人で、多分だけど何か店でもやってるんじゃないかな? 建物の入り口を背にして、そこを守るように立っている。
問題なのはもう一人の方。見た目としては結構綺麗な顔立ちをした女の子なんだけど……あれ、魔族だ。
耳が人間の耳の他に、頭の上に獣のような耳がついている。あれは……猫かな?
魔族としての特徴はそれだけなんだけど、その一点だけで十分だ。なんで今この状況で魔族が騒ぎを起こしてるんだろう? 普通なら、移住期間が終わって完璧に人間の統治が始まるようになったすぐに騒ぎを起こしたりはしないものなんだけど……
「むきゃーーーー! なんなのよ! 別に魔族だからってご飯買ってもいいじゃない! そりゃあ多少はまけてほしいってお願いしたかも知んないけど、それくらい可愛い子供のわがままでしょ! それを許すくらいの度量ってもんを持ってもいいんじゃないの!?」
「許してきただろうが! お前これで何度目だと思ってんだ!」
「……三回?」
「ざけんな! その十倍だ! 三十回はまけてやってただろうがよ!」
「ウッソだ〜。そんなにまけてもらった記憶ないんだけど? そっちの記憶違いじゃない?」
「うるせえ! そりゃあてめえが毎回泥酔してっからだろうが! あー、くそっ。いいか。もう来るんじゃねえぞ!」
なんとも馬鹿みたいな会話だなぁ……。真面目に考えてる方が馬鹿らしくなってくる気がする。
……あ、扉閉められた。
「あっ! ねえ、ちょっと待ってよ! 嘘でしょ!? あんたんところでご飯食べられなかったらあたしはどこでたかればいいのよ!?」
「そもそもたかるんじゃねえよ!」
「だってお金ないんだもん! 稼いだ側から消えちゃうのよ!? お酒おいしい!」
「てめえ人をおちょくるのもいい加減にしろよ!?」
扉が閉められてもまだ縋り付くようにして叫んでいる魔族の女と、扉の向こうから聞こえてくる男の怒声。
なんだろう。諍いは諍いなんだけど、害があるってわけでもないような感じがするなぁ。
もちろんあの男の人や近隣の人からしてみれば害はあるんだろうけど、なんていうかそういうんじゃなくて、もっと魔族らしい害とでもいえばいいのかな? そういうのがないんだよね。ほんと、何してるんだろう?
「ディアス……」
「ばか、ロイド。ああいうのは見ないふりしとけよ」
「あ、やべ。そうだよな。悪い」
「とりあえず、面倒に巻き込まれないように脇道に逸れよっか」
ロイドとマリーの言葉でハッと気を取り直し、僕は脇道に逸れるように歩き出す。
「でも、脇道って変なのに絡まれんじゃねえか?」
「あれよりマシじゃない? それに、今の二人なら絡まれたところでどうとでもなるでしょ」
「まあ、そりゃあそうか」
「むしろ、暴力でかかってきてくれた方が楽かもな」
そうそう。僕たちなら大丈夫なんだから、むしろ暴力だけで解決できなさそうなあの魔族の方が厄介だ。
大丈夫だと思うけど、万が一にでも絡まれたりしたらって考えるとね……。安全策をとっておいて損はないと思う。
「ってわけで、はや——」
早く行こう。そう言い出そうとしたところで、不意に先ほどまで扉の向こうの男性に向かって叫んでいた魔族の女と目が合ったような気がした。
いや、気がしたじゃない。明らかにこっちを見てう。なんでだ? なんで他の人たちじゃなくて、こっちを見てるんだ?
……なんだか嫌な予感がする。早くこの場を離れないと。
「早く行こう」
「ああ」
「わかった」
ロイドとマリーの返事を聞いて——
「オッケー」
「「「っ!?」」」
聞き覚えのない四人目の声が聞こえてきた。
その声には僕だけじゃなくロイドもマリーも驚いたようで、三人が三人ともバッと背後へと振り返るが……
「ねえねえ。なんでそっち行くの? そっちは危ないわよ?」
そこには、先ほどまで男性にむかってみっともなく喚き散らかし、馬鹿みたいなことを叫んでいた魔族の女が立っていた。それも、嫌に親しげな様子でしゃがみ込み、こちらに話しかけてきている。
「それからさあ……なんであなた達からお肉の匂いするの? なんかすっごい美味しそうでお腹が空いてくるんだけど……お肉余ってない?」
「なんなんだ、こいつは……」
本当になんなんだ……。
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