第24話ディアスはディアス

 これからロイドとマリーを鍛えていくわけだけど、今見せた技をすぐに使えるようにはならないだろう。いや、だろうっていうか、普通に無理。けど、そんなのは当然のことで、誰だって順番に鍛えていくからここまで辿り着けるんだ。

 問題なのは辿り着くまでにやらなくちゃいけないことだけど、それに関しては僕が教えるからなんの問題もない。


 と言うわけで、早速二人を強くしていこうか!


「さて、それじゃあ二人にやってもらうことだけど——」

「なあ。ディアス」


 なんて思って話し出したところで、ロイドが神妙な表情をして遮ってきてた。

 なんだろう? ロイドがこんな表情をするなんて珍しい……いや、初めてなんじゃないかな?


 話すのを止めてロイドの言葉を待っているけど、ロイドは顔を上げたり下げたり、こっちを見たり見なかったりして迷った様子を見せている。ほんと、いったいなんなんだろう? ロイドは何を聞こうとしてるんだ?

 流石にこの段階までくると、僕も気楽に構えていて良い類の話じゃないってことくらいは理解できる。だからこそ、余計に気になる。

 そしてついにロイドが口を開き——


「お前、何もんなんだ?」


 そう問いかけてきた。

 何もんって……何? それは、その……どういう……


「昨日さ、家帰った時はすげえなとしか思わなかったさ。でも、今のを見て、思ったんだよ。夢で見た、なんて言ったけど、嘘だろ。じゃなかったらこんなことできるわけねえってな。なあ、そうだろ? お前はなんでこんなことできんだ!」


 内容としては疑問の言葉だが、責めるようなロイドの言葉に、〝私〟の心臓がドクンと跳ねた。

 だって、そうだろう。実際に、僕は夢で見たわけではないんだから。


「なあおい。お前は本当に俺たちの知ってるディアスなのか?」


 僕が本当にディアスなのか、か……


「どうかな? よくわかんないや」

「どういう、意味だよ……」


 普通なら怒っても良いような、はぐらかしたようにも聞こえる僕の言葉だけど、ロイドは怒ることなくその真意を問うてきた。

 そんなロイドの様子に、僕はふっと小さく笑ってから話し始める。


「俺は、確かにディアスだよ。そう呼ばれてた記憶もあるし二人と接した記憶もある。ロイド、何年か前にお漏らしして、それをマリーには黙っておけって必死になってたでしょ?」

「はあ!? そ、そんなことねえし!」


 ロイドは否定してるけど、僕にはちゃんとその記憶がある。


「マリーだって、三歳くらいだったかな? それくらいの時にはロイドのことをおにーちゃんって呼んでたよね」

「呼んでねえ! っていうか三歳の頃なんて覚えてるわけないだろ! あ、おい! ロイド! 嘘だからな!?」


 むしろ、〝私〟が目を覚ます前も存在としては〝僕〟の中にいたからか、普通なら覚えていないようなことまで覚えてる。


「まあそんな感じで、ちゃんと今の俺として過ごした記憶はあるんだ。ただ……それ以外の記憶もある」


 僕は〝僕〟として生きてるつもりだし、僕であることに間違いない。

 けど、でもロイドの知っている〝僕〟じゃないっていうのも間違いではない。


「僕じゃない僕の記憶、って言ってわかる? 僕以外の、それこそ大昔の別人の記憶が頭の中にあるんだ。これはきっと、生まれ変わり、ってやつなんだろうね。そっちの意識も、ちゃんとある。だから僕は、ディアスであってディアスではない。二人を混ぜ合わせた存在なんだ。そんな異物を、二人がどう思うかはわからないけど、一応俺は僕として、二人の友人のつもりでいるよ」


 僕の言葉を聞いて、ロイドもマリーも驚きに目を見張る。けど、すぐに何かを真剣に考え込むような表情になった。


 それから……どれくらいかな。多分五分もかかってないし、なんだったら三分も経ってないだろうとは思うけど、そんな短い時間が、僕にはとっても長く感じた。


 けどそんな短い沈黙は、ロイドの声によって終わった。


「……俺は、お前の友達だ! いや、ちげえ。親友だ!」


 ふんす、と鼻息の音が聞こえてくるが、見ると腕を組んで堂々と胸を張っている。

 あまりに堂々とした態度と真っ直ぐな言葉に、それでいいのかとマリーの方を見てみるが、マリーは肩を竦めて答えた。


「あたしは元々なんでも良かったけど? だってディアスがディアスだってのは変わんねえだろ。そんなのこうし付き合ってりゃわかるって。まあ、どっかのバカはわかんなかったみたいだけど」

「はあ? 俺だってわかってたし。けど、ほら。なんかモヤモヤすんのがあんだろ。友達だからこそ、はっきりさせておいた方がスッキリするもんだろ!」

「スッキリしなくてもいいじゃん。人には隠し事の一つや二つあるもんなんだし、相手のことをなんでも知ってないと嫌だなんてのは、お子ちゃまの考えなんじゃないか?」

「誰がお子ちゃまだ!」

「少し前までおねしょをしてたお前だよ。バーカ」

「なあっ!? う、うるせえ! それ言うんだったら俺だってお前のお兄ちゃんなんかじゃねえよ!」

「さ、三歳の頃なんてもう意味ないだろ!」


 そこまで話をして、僕はようやく〝僕の日常〟に戻ったことを理解した。

 そして、これまでどこか浮ついていた心が、ストンと地に足をつけて落ち着いたように感じられた。

 た分だけど、僕は〝僕たち〟のことを誰かに知って欲しかった、話したかったんだと思う。

 自分だけの秘密じゃなくて、僕が僕じゃなくてもここにいてもいいんだっていう、確かな保証が欲しかったんだ。だから、二人に話すことで、そしてそれが許されたことで、僕は心の底から安心した。


 ……なんだ。僕だってまだまだ子供じゃないか。


 何が剣王だ。何が生まれ変わりだ。九十年近く生きた剣王でも、こんなことで不安を感じるんだ。大したことないじゃないか。


 僕がロイドとマリーを鍛えるとか、二人はまだまだだな、面倒を見ないとな、なんて思ってたけど……思い上がりもいいところだ。

 確かに剣に関していえば僕の方が上だ。それを鍛えると言うのは間違ってない。

 でも、心の部分。人として生きるには大事な部分での成長は、僕たちなんかよりロイドとマリーの方がよっぽど上じゃないか。

 僕も、まだまだ子供だ。そのことを理解して、自然と笑いが溢れてしまった。


「くく……ふふふ……」

「何笑ってんだ、ディアス! お前のせいだろうが。昔のことを勝手に話したのは許さねーぞ!」

「あ、あたしも絶対に許さねえからな!」

「ああ、ごめん。そうだ子。証明のためとはいえ、秘密をバラすのはダメだったよね」


 ロイドのおねしょも、マリーの甘えも、秘密にすべきことだった。いくら記憶の証明のためとはいえ、軽々しく口にすべきではなかったね。

 埋め合わせはそのうちするから許してよ。


「まあ、仕方ねえとこがあるのはわかってやるし、許してやる。だから、許す代わりにあの一撃を教えてくれ!」

「あの、って……さっきのやつ?」

「そうだ!」

「あたしらでもできるんだろうな!」

「まあできるよ。多分ね。二人には才能があるし、なくてもあれだけを覚えるつもりなら、まあなんとかできるだろうとは思うよ」


 二人の性質や気質によってはあの一撃をそっくりそのまま再現することは難しいかもしれないけど、劣化版だったり似たようなものだったりでいいんだったら教えることはできる。というか、元々教えるつもりだったし。


「ちなみにさー、そのお前の中にいる大昔のやつって誰なんだ? 有名なやつか?」


 ん……有名は有名だけど、なんて答えたものかな。

 ロイドの問いに素直に「剣王だったよ」なんて答えたら後々厄介なことになる気がする。

 けど、無名だったって言うのもアレだし、嘘をつくのもなんかな……。

 とりあえず、剣王だったってことは言わないでぼかして伝えるとしようか。


「……さあ? もしかしたら一部では有名だったかもしれないけど、そんな大した人間じゃなかったよ」

「というか、そもそも俺達が昔の偉人の名前を聞いて誰だかわかるのか?」

「あー、無理だな!」

「だよなー。これが剣王くらい有名だったらわかるけど、それ以外はなぁ……」


 マリーの言葉に『剣王』って言葉が出てきたせいで少しドキリとしたけど、僕が剣王だとは思っていないようだ。


「あ、でも俺『六名家』くらいは知ってんぜ!」

「あー、確かに。それくらいならあたしらでも知ってるな。『正剣』と『偽剣』だろ?」

「正剣と偽剣? 何それ?」


 六名家なんてのも、正剣も偽剣も、そんな呼ばれ方をする家なんて、剣王の生きていた時代にはなかった。後になってできた家なのかな? でも、正剣に偽剣だなんて、随分とひどい呼び方をするものだね。それだけの何かをしたってことなんだろうけど……偽剣なんて呼ばれるって、何をしたんだろう? 人間を裏切ったとか? いやでも、それは流石にないか。そんなことがバレたんなら、名家なんて呼ばれるはずがないし。


「あれ? ディアスは知らないか? えーっと、確か剣王に仕えた六人の剣士の家、だったはずだ」


 剣王に仕えた? ……あー、それで僕が死んだ後に次の象徴として担がれたのかな? 弟子たちや臣下たちは人間の中ではかなり上位の実力者たちがいたし。

 そういえば、最後に会ったあの者たちはどうなっただろう? 確かアガットとライーダと……えーっと、そう。クロード・ドラクネスだ! いやー、意外と覚えてるものだね。できることなら、今も家が残ってるといいんだけどな……


「んで、なんかよくわかんねえけど、三対三に分かれて本物の家臣か喧嘩してるんじゃなかったか?」

「家臣じゃなくて忠臣な。要は自分達こそが剣王の本当の親友だー、って言ってんだろ。ばっかじゃねえのって思うけどなー。多分、大昔の剣王だって、どっちも友達だって思ってただろうにさ」

「だよなー。友情に本物とか偽物って言ってる時点でどっちもバカだろ。友達はいつまで経っても、どこまでいっても友達だってのに。な!」

「……そう、だな。ああ、その通りだ」


 本当に、その通りだよ。なんで大人ってあんなにバカなんだろうね。成長すれば賢くなるはずなのに、大人って存在はバカなことしかやらない。

 だからこそ僕は……私は、あの時諦めたんだから。


 大人は子供のことを考えが足りないとか、バカだとか、子供の意見なんて信用できないとか言うけど、僕からしてみれば大人の方がよっぽど信用できないよ。

 子供は良くも悪くも純粋だ。思ったことを思ったままに口にし、行動する。その行動の全ては、人間としての真理を体現しているとすら言ってもいいんじゃないだろうかとさえ思っている。


「おいおい、なんだよ今の間は。もしかして、友達だと思ってんの俺だけだったのか?」

「いや、今はお前達二人に剣を教えてるだろ? そうなると、友達というべきか、師弟というべきか、ちょっと迷ったんだ」

「あー、そりゃあ確かに?」

「なんだ、ディアス。あたしら、お前のことを師匠って呼んだ方がいいか?」

「お? 師匠? ……なんかいい響きだな! なあなあ、これからは師匠って呼んでもいいか?」

「やだ。友達は、どこまでいっても友達なんだろ?


 それにしても、六つの名家って誰のことだろう? 剣王が重用した者がいたのは確かだけど、僕としては臣下達に上下や順位をつけたつもりなんてないんだけどな……

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