第23話魔法使いと魔法剣士と『剣士』

「さて。これから二人には身体強化を覚えてもらうから」

「身体強化? 肉体強化じゃなくてか?」


 ロイドが首を傾げるのも当然だろう。僕はこれまでロイド達には肉体強化だけを教えてきたんだから。

 身体強化もいずれ教えるって言ってたけど、それはまだ先の話だとも言っていた。

 それなのにこんなに急に身体強化を教えるなんて、とでも思ってるんだろうけど、まあ仕方ないよね。


「肉体強化だけでは不十分だと判断したのもあるけど、せっかく先日身体強化の断片を見せたんだ。だったら、覚えてもらった方がお得でしょ?」

「お得って、そんなんで決めるようなことじゃないと思うんだが……」

「でも、強くなれるよ。もうあんなチンピラ如きに負けなくても済むくらいにはね」


 そもそも、肉体強化だけじゃ限界があるんだよね。だって、強化したところで初戦は人間の体だし。しかも今は子供の体だ。十倍にすることはできても、それでできることなんてたかがしれてる。


 それに、一応この半年の訓練で身体強化に必要な最低限の体はできた。元々森に薪拾いにきたり家の労働を手伝ってたこともあってそれなりに体はできてたし、今の二人なら身体強化の訓練をしても耐えることができるはずだ。……まあ、結構きついかもしれないけど。でも死ぬことはないから大丈夫!


 そんなわけで、ここらで挑戦してみるのも良いだろうと思ったわけだ。


「わかったよ。俺だって、もうあんなみっともなく負けたりしたくねえんだ」

「でも、何するんだ? 魔法か?」


 失礼な。魔法なんかと同列に語らないでほしいな。マリー達にも魔法とは違うってちゃんと話したはずなのに。……あれ? 話したっけ? 魔力と生命力の違いは話した気がするけど……うーん。


 まあ、ちょうど良い機会だし、魔法使いと剣士の違いをちゃんと話すとしようかね。


「魔法じゃないよ。魔法なんて、所詮剣の劣化版でしかないんだから。わざわざ使う必要なんてないって」

「でも、あれが魔法じゃないって嘘だろ。剣が通らねえって普通じゃないだろ」

「まあ、使ってる力は魔力か生命力かって違いはあるんだろうけどな」


 あ、ロイドもそこはちゃんと覚えてたんだ。いつまで経っても肉体強化と身体強化を間違えるから忘れてるんだと思った。


「うーん……身体強化っていうのは、前にも言ったけど神様に近づくための技法だ。それはどういうことかというと、自身を魔法そのものに変えるんだよ」


 身体強化は魔法ではないけど、簡単に言えばそう言うことだ。


「はあ?」

「自身を魔法にって……あたし達が炎の塊になるのか?」

「そういうこともできるね。けど、そうじゃないよ。正確に言うなら、人の形をした魔法になる、かな。腕を振るだけで風を起こし、歩くだけで大地を割り、睨みつけただけで相手を倒す。行動の一つ一つ、全てが魔法と同等の意味、威力を持つようになる。それが神になるってことで、剣士としての到達点さ」


 剣が欲しいと思えば、近くにある剣を操って手元に呼ぶこともできるし、なんだったら生命力を剣として具象化して振るうこともできる。


 先日見せたように、剣や体を雷のような現象と化して災害を起こすことだってできる。


 自身の存在の格を強化し、そこにいるだけで世界に影響を及ぼす存在。その一挙手一投足全てが意味を持つような、そんな存在が剣士としての到達点で、過去の僕……剣王だった。


 もっとも、剣士って言ってもみんながみんななんでもできたわけじゃないし、自然現象のような災害を起こせるって言っても、ごく限られた範囲だけだったけど。


 なんだったら、寿命を伸ばすことだってできる。どこまでかは、挑戦してないからわからないけどね。

 けど、それができることを知りながら、剣王は剣を捨てて死ぬことを選んだ。昔の〝私〟は当時の暮らしに飽きていた。……もっとはっきり言うなら、苦痛を感じていたから。


 戦争に勝っても勝っても、守ったはずの人間全員が喜んでくれたわけじゃない。いや、喜んでくれてはいたんだろう。自分達の利益が増えるんだからね。

 あの時の人間は、生きることではなく、利益を守ることだけを考えていた者ばかりだった。そんな者達の相手をし続け……ついに守る価値を見出せなくなってしまった。

 だからこそ、無敗の剣王は剣を捨てた。


 ……なんて、まあそう言うわけだ。詰まるところ、剣士はなんでもできるようになるんだよ、って話なわけさ。


「……は。そんなん、できんのかよ」

「実際、できただろ? 僕が剣で斬られなかったのはなんで? 空を跳べたのはどうして?」


 実際にこの間戦いの最中で見せてあげたでしょ? ボッコボコのボロ雑巾にされてたから、全部をちゃんとみることができたかはわからないけどさ。


「そりゃあ……魔法を使ったから?」

「呪文も道具も何にもなしに?」


 生命力と違って、魔法を使うには呪文や道具、あとは振り付けとかそう言うものが必要になってくる。

 前に魔力を糞に喩えたけど、それで行くなら糞を肥料として利用するにはいくつか手間をかけないといけない。それとおんなじだ。魔力も、魔法として使うためには必要な工程、あるいは工程を減らすための道具が必要になる。


 けど、あの時の僕はなんの呪文も唱えてなかったし、動作も特におかしなことはしていなかった。道具だって、いつも通りのぼろ着だけ。とても魔法を使ったようには見えないだろう。事実、魔法なんて使ってなかったんだから当然だ。


「……」

「なあ、でもさ。ならなんで他の奴らはみんな剣士を目指さないんだ? 魔法使いに負けてばっかなんだろ?」


 うん。まあ、気づくよね。ロイドだって頭が悪いわけじゃないし。……バカだけどさ。


「昔は目指してたよ。みんな剣を持って、槍を持って、斧を持って、そうして戦っていた。でも……剣王が死んだから、なんだろうね。多分方法がわからなくなっちゃったんじゃないかな?」


 多分、そう言うことなんだろうなぁ。詳しく調べたわけじゃないし、そもそも調べる方法がないわけだけど、多分どうやれば良いのかわからなくなったんだと思う。


「剣王が死んだだけでか?」

「剣王が死んだ後、連敗したみたいじゃないか。多分剣王がいないって動揺して、負けた。その時に、熟練者が軒並み殺されたんじゃないかと思う。熟練者がいなければまともな修行方法なんてわからないし、みんなわかりやすい魔法に移るのも無理ないことかもしれない」


 体内にある食べ物の消化の仕方を操ることはできなくても、消化して出てきた糞の利用法はわかりやすいのと同じだね。

 魔力っていうのは、生命力に比べてわかりやすいんだ。と言うよりも、この場合は生命力がわかりづらいのかな。だって、生命力なんてその辺に溢れてるし。

 草も木も、虫も動物も鳥も人自身も、なんだったら地面や岩にだって生命力は宿っている。この世界は、生命力で溢れてるんだ。

 そんな中で、魔力なんて異物があれば、そりゃあわかって当然だ。普段吸ってる空気には違和感を持たなくても、そこにおかしな臭いが混じってたり、湿気が混じってたらわかるだろ? 当たり前に存在してるものって、目の前にあっても気づけないものなんだ。


 だから、わかりやすい魔力の方に意識を持って行かれたんだと思う。


「なら、なんでみんな剣士を目指さなかったんだ? 魔法使いと剣士、なんて区別してるからわからなくなるんだろ? 最初っからみんな剣士を目指してれば、忘れるも何もないんじゃないか?」

「それができればいいんだけどね。でも、無理なんだ。剣士になるには才能が必要だから」

「才能……」

「そう、才能。残酷だけど、その才能がなければ、壁を越えることはできないんだ。そして、壁を越えられない剣士は単なる剣術家のまま終わってく。今の二人だって、肉体強化はできても分かりやすい技が使えるわけじゃないだろ? けど、魔法はそうじゃない。二人と同じ修行期間で、誰にでも分かりやすく、目に見える形で超常の力を発揮することができる。辛く苦しい修行を長い間やらなければならない上、結果が出るまで自身の成長を感じられない剣士と、才能がなくともそこそこ程度まではすぐに覚えることができる魔法使い。どっちを覚えたいかって言ったら、強くなりたいって明確な願いがない限りは大抵は楽な方だよね」


 能力の最大値が五十しかないけどすぐに覚えることができて目に見えた結果がでる魔法と、最大値は百だけど、覚えづらく時間のかかる苦しい修行が必要な剣士。どっちを覚えたいのかって……どっちを修行したいのかって言ったら、まあ魔法かなとは思う。人は楽な方に流れるものだから。


 境界戦争で負け続けていた当時に戦力を集めるとなったら、即戦力になってくれる魔法使いだ、って言うのもあるかもしれないね。


「それに頂点はどっちが強いのかと言ったらもちろん剣士だけど、多くの人間が使えるのはどっちだって言ったら、残念ながら魔法なんだよね。そして、剣士と魔法使いが一対一で戦ったら剣士が勝つけど、戦争では一人の剣士に百の魔法使いが当たってもいいんだ。そうなれば、流石に剣士といえど死んでいくこともある」


 境界戦争はその年ごとに戦い方が違う。お互いに百人集めて戦わせるっていうのは変わらないけど、賭ける領土の広さや戦い方は、その都度相談して決めるんだ。そして、相談って言っても、その決定権は前回負けた側にある。

 だから、負けていた人間が我が、自分達に有利な状況を作って戦うことができれば、魔法使いを揃えるのも悪くはない。


「だから、魔法使いばっかなのか」

「多分だけどね。ちゃんと歴史を学んだわけじゃないから実際のところはわからないよ?」


 もしかしたら、僕が考えているのとは全く違った理由があるのかもしれない。


「ただ、一つだけ。改めて二人に言っておくことがある」


 これだけは理解して、忘れないでほしい。


「極めた剣は、魔法すら超越する。その超越した剣を振るう者を『剣士』と呼ぶんだ。ただ刃物を振り回すだけのものは剣術家だね。あるいは、ただの棒振りだ」

「じゃあ、魔法剣士ってのは……」

「あれは、剣士の行いを真似しようとして真似しきれなかった出来損ないさ。剣を使いつつ、魔法も使う。そんなどっちつかずな半端者。少なくとも、昔はそうだった」


 半端者……なんて言うとひどいことを言ってるように聞こえるかもしれないけど、これでも随分柔らかい言い方なんだよね。

 魔法剣士なんてのは、剣士になることができず、剣士になることを諦めたくせに、剣士のように戦う自分の虚像にみっともなく縋り付くだけの出来損ない。それが僕たちの間での常識だった。


 魔法使いは、自分の分を弁えて有効に行動するだけの分別があった。自分が魔法しか使えないってことをあらかじめ教えてもらえれば、それなりに有用な使い方もあったしね。それに、魔法は魔法で、剣士にはできないことができる場合もあった。だから魔法使いはそれはそれで価値はあったんだ。

 剣士は、手元から剣撃を飛ばす、雷を放つってことはできても、離れた場所を直接燃やす、みたいなことはできなかったしね。そういった点では、一概に魔法使いは剣士の劣化とも言い切れない。まあ、剣士の方が強いってのは変わらないけどね!


 けど、魔法剣士はそうじゃない。剣士のふりをして失敗し、名を貶めるだけの本物の役立たずだ。魔法使いほど魔法を使えず、剣士ほど結果を出せるわけでもない。


「だから、二人にはそんな半端者にも、魔法使いにもなってほしくない。二人が目指す先は——これだ」


 この間見せた技。それをもう一度改めて二人に見せる。


「【霹靂一閃】」


 頭上に掲げた木の枝を振り下ろすと同時に、雷が落ちたかのような轟音と光が僕たち三人を襲う。

 音と光のせいで狂った感覚が戻る頃には舞い上がった土埃も落ち着き、僕が剣を振り下ろした先がはっきりみることができた。


「生命力を剣に宿し、自身と剣を雷へと変質させて、雷そのものの一撃を叩きつける。これが『剣士』としての到達点の一つだよ」


 魔法剣士がやるような雷を纏う剣ではなく、魔法使いのようなただ雷を落とすだけでもない。

 剣と人の形をした雷が、意思を持って自在に襲いかかる。それこそが剣士の技だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る