第13話再び肉確保!
二人が初めて肉体強化を使用することができてから早一ヶ月。普通の道場や武門なんかでは何年も時間をかけて覚えさせるものをたった一ヶ月しか鍛えていないが、それでも僕たちは今日森にお肉を狩りにやってきていた。それも、僕が主体となるのではなく、まだ肉体強化を覚えたばかりと言ってもいいロイドとマリーが主となっての狩りだ。
「マリー!」
「っしゃあ、こっちだ!」
ロイドが探し、マリーの待機しているところまで引っ張っていき、マリーがそれを仕留める。
それが今回の二人の作戦だった。
男と女という、事実として肉体的に能力の差があるため、マリーが誘導でロイドが迎撃に回るべきじゃないかとも思ったけど、今ではこれでいいと思っている。
だって、ロイドは確かにマリーよりも身体能力が優れているけど、真正面から迎撃しようとする癖があるんだもん。
二人は肉体強化ができるようになったけど、それでもまだ子供なんだ。突っ込んでくる獣を真正面から迎撃しようとすれば、怪我するに決まってる。
その点、マリーは同じ迎撃するにしても、真正面からじゃなくて躱しつつ急所を狙っていく。戦闘のセンスというか、自分と敵の能力差を理解している戦い方だ。だからこそ、迎撃役にマリーが回ることになった。
「このっ!」
とはいえ、毎回一撃で倒すことができるわけでもなく、今のようにちょっとした傷をつけて終わりとなることもある。
その場合は敵は逃げるか、あるいは怒ってマリーに攻撃を仕掛けるかなんだけど……
「トドメ、だああああ!」
そこを誘導してきて一旦敵の視界の外に逃れたロイドが、再びマリーのことを狙おうと力を溜めていた敵目掛けて持っていた岩を叩きつけた。
「いよっしゃああああ!」
「あたしらだけで肉だあああ!」
僕個人としては本当は剣を使って欲しかったところだけど、流石に一ヶ月だけだと満足に教えることはできなかったので仕方ない。
ちょっと不格好だけど、下手な刃物を使うくらいなら、適当に叩きつけても致命傷になる岩の方が武器として優秀だからね。まあ、そのうちちゃんとした武器を……というか剣を使わせるつもりだけど。
だって僕、剣王だよ? その弟子が剣を使わないでどうするんだって子。最悪、剣じゃなくてもいいから刃物は使って欲しい。斧でも槍でも、刃物でさえあれば、まあ……ギリギリ許容範囲だ。一応そっちも軽くなら教えることはできるし。
「長かった……。身体強化が覚えられるって聞いてから、マジで長かった」
「川に浮かべられたのもだけど、生命力を使えるようになってからが本当に長かったよな」
ロイドとマリーが感慨深そうな様子でつい今しがた狩ったばかりの獲物……マリゴルンの前に立っているが、僕としてはそんなに大変なことではないと思う。
子供からしたら自分で戦って自分で食べ物を確保するっていうのは一大事なのだろうけど、他の修練者たちがここに至るまでの時間を考えれば、随分とぬるいと思う。
「大袈裟だなあ。たかが一ヶ月で実戦で使えるようになったんだから、随分と短いでしょ。本来なら年単位で鍛えて覚えるものだよ?」
子供の頃から体を鍛え、準備が整ったら生命力なり魔力なりを使って強化の方法を学び、覚えて鍛えるけど、実戦に出してもらえるのは一年以上かかる。最低でも半年だ。
それがたった一ヶ月なんだから、早いなんてもんじゃない。
「そうかも知んねえけどさあ、お前生命力使えるようになってからどれだけ俺たちがボコボコにされたと思ってんだよ」
「使えるようになったって言っても、時間をかけてようやく二倍に強化する程度でしょ。そんなのじゃ実戦では使い物にならないよ。強化率も、そもそも強化するまでも。時間をかけ過ぎれば強化する前に攻撃されるからね」
「わかってっけどさー」
「でもこれで一応は実戦で肉体強化が使えるようになった、って言ってもいいんだよな?」
「本当に実戦で使えるとは言い切れないけど、今回みたいな自分達から攻める狩りだったら十分かな」
今の二人は、肉体強化が使えるようになったが、それだって僕が使うようなものとは程遠い。まあ僕の場合は別格だとしても、一般的な剣士の強化と比べてもまだまだ未熟もいいところだ。
強化率がたった二倍なんて、身体強化と呼ぶことすら烏滸がましい。せめて十倍くらいはしてもらわないとね。
今の二人程度の肉体強化じゃ、今日のように事前に準備して待ち構える罠としてだったら使えるけど、不意の遭遇戦なんかじゃ使い物にならない。
「わかってると思うけど、調子には乗らないでね。使い過ぎれば、本当に死ぬから」
実際に肉体強化を使うことはできたけど、それでもまだまだ二人は初心者の域を出ない。生命力の操作だって未熟だし、無駄にしてる割合もかなり大きい。そんな状態で戦い続けたら、一時間とたたないうちに倒れることになると思う。
「わかってるって!」
「それより、こいつはどうするんだ? また三人で分けるのか?」
「そうだね。流石に一人一頭、なんてやると目立ちすぎるでしょ」
騎士や剣士の家の出身でもない普通の子供たちが、突然大きな動物を三頭も狩れば騒ぎになるに決まってる。まだ移住期間中ということで魔族はいるし、騒ぎを起こせば面倒なことになる。
その場合、僕自身はどうとでもなるけど、ロイドやマリーでは厳しいだろうし、何より家族に手を出される恐れがある。それは避けたい。
それに、そもそもそんなに食べられないでしょ。長期保存しておくための魔法具でもあればいいけど、家は城じゃないし、金持ちってわけでもない。狩ったらすぐに食べちゃわないと無駄になる。
「うちの分は少し減らしていいよ。前回余り気味だったんだ。ロイドとマリーの家は少しでも多い方がいいでしょ?」
僕と母さんしかいないし、母さんはそんなに食べる人じゃないからね。僕としてはもっといっぱい食べて健康になって欲しいんだけど、無理して口に突っ込むわけにもいかないし仕方ない。
「いいのか!?」
「ありがとな! あたしらんとこは兄弟多いから、お袋たちが遠慮してあんまり食べてなかったんだ!」
「まあ、普通はこんなにすぐ取れるものでもないしね」
今のグリオラの一般家庭では、肉なんて二週間に一回食べられれば恩の字で、うちやロイドたちみたいに平民の中でも貧しい立場の家なんかでは一ヶ月に一回でさえ難しい。
なぜなら、大体が魔族に奪われていくから。あるいは、城を守っている騎士や、金を持っている商人たち。
そういった者たちが肉を奪っていくため、僕たちみたいなのには回ってこない。
それにそもそも、みんな森の奥に入ろうとはしない。グリオラの周辺にある森なんて、昔はいい稽古場所で狩猟場所だったんだけどなぁ。実力が落ちてしまった世界では、あの程度でさえも危険として扱われるようだ。
「次はいつやるんだ? 明日か?」
「明日は流石に早すぎだって。今日狩ったそれだって、まだ明日は残ってるよ」
「そっかぁ……」
「塩がたくさん使えればいいんだけどなぁ」
「流石に塩までは用意できないかな」
塩さえあれば干し肉として保存しておくことができるんだけど、現状自分達が使うだけで精一杯だ。
「でも、これからは肉に困ることねえんだろ?」
「どうかな? 流石に奥に入りすぎると今の俺達じゃ危険だし、連続してだと浅いところを彷徨く奴がいなくなるだろうから、月に一回くらいじゃない?」
「えー、そんだけかよお」
「もっと取ってもいいんじゃないのか? 週一とか?」
「それは多過ぎだって。そんな量を狩ってたら流石に怪しまれるよ」
そうして喋りながら、僕たちは協力してマリゴルンの死体を解体していく。
けど、毎回思うけどもうちょっとまともな刃物が欲しいな。僕は術を使えばどうとでもなるけど、ロイドとマリーが大変そうなんだよね。
……あ、そうだ。二人に改めて注意しておかないと。
「言っておくけど、肉体強化の方法は教えちゃダメだからね」
「わかってるよ」
下手に広げて悪さをするような奴が出てきたら目も当てられない。だから教える人は、僕が教えてもいいと信用した人だけにさせてもらっている。もっとも、今のところ二人に教えているだけだけど。ここで他の人を入れたところで、どっちも半端に教えることになっちゃうし。せめて二人が半人前くらいになるまでは教える人を増やすつもりはない。
「でもさー、もし誰かに聞かれたらどう答えればいいんだ? 自分達で編み出した、なんてわけにはいかないだろ?」
「そうだね。できるだけ俺のことは秘密にしたいし……」
「なんでだ? 素直にお前から教わった、って言えばいいんじゃないのか?」
ロイドって、馬鹿じゃないけど……バカだよねぇ。
「……二人は例外だけど、普通は夢で剣を覚えた、なんて言って信じる? 頭のヤバいやつと思われておしまいだよ」
転生について話すつもりはないから、二人に話したように夢で覚えた、っていうつもりだけど……そうしたらおかしなやつだと思われる可能性がある。転生の方で説明しても、やばいやつと思われるだろうけど。
「あー。まあそりゃあそうか。俺だってお前じゃなかったら信じてねえし」
「無難に誰かから教わったってことにしておくのがいいかな」
諸々を考えると、それが一番楽だろう。名前も知らず、住処も知らない。ただ森の中で会って、なんか知らないけど教えてもらったってことにしておけばいい。
「誰かって、誰だよ」
「それはまあ、適当にでっちあげようか。なんか凄腕の達人がいた、って」
「それでいいのか?」
「でも、実際に肉体強化が使えるんだから、信じるしかないでしょ? 少なくとも、俺が夢で覚えた、なんて言うよりは信憑性があると思うよ」
変人奇人の類はいつの世もいるものだし、その手の輩がこの場所をふらついていたってことにすれば納得するだろう。少なくとも、子供が自分で肉体強化を覚えたってよりは信憑性があるはずだ。
「まあ、どんな奴から教わったのかはあとで詰めるとして、今はこの肉を捌いて持ち帰ろっか」
「「おー!」」
そうして僕たちは今日も肉を持って街へと戻っていったのだけど、少し油断しすぎていたかもしれない。
「なんだあいつら? 肉なんてどこから持ってきやがったんだ?」
そのつぶやきが聞こえていたにも関わらず民衆の声の一つだと無視したのは、僕にとって大きな過ちだった。
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