第14話不満への対処
「母さん、また持ってきたよ」
ロイドとマリーが肉体強化を使えるようになって、二週間に一回のペースで肉を狩ってきているが、今日もまた二人の訓練がてら獲物を狩って肉を持ち帰ってきた。
ここ最近は二週間に一回だけといえど肉を食べることができているからか、母さんの体調も良さそうに感じる。少なくとも、以前よりは肌の色がいい。このままいけば、完全に元気になる日も来るかもしれない。
生まれてこのかた、母さんが元気に動いてるのを見たことがないんだよな。
一応〝僕〟に剣の握り方や振り方を教えてくれたのは母さんなんだから、ある程度の心得はあるんだろうとは思うし、それを学んでいた時は多少なりとも動いていたわけなんだから、元気になれば同程度くらいにはなると思う。ただ、それがどの程度なのかは全くわからないから、元気になった後なんて想像がつかない。
けどまあ、何にしても元気になってきてるのは良いことだよね。
「ディアス。こんなに何度も持ってきてくれるのはありがたいけど、本当に大丈夫なのよね?」
「大丈夫だってば。いい感じに罠の張り方もわかったし、安定して獲れてるよ。なんだったら週一で持ってこようか?」
「まあ。でも、大丈夫よ。ありがとうね」
ロイドもマリーも、ここしばらくの訓練の結果、それなりに戦うことができるようになっている。肉体強化も最初に比べれば断然早くなってるし、強化率も上がっている。何だったら、多少なりとも剣を扱うことだってできているくらいだ。
もっとも、剣と呼べるほどまともな刃物なんて持ってないから、今のところは太い枝を使った杖術のような何かになってるけど。
けど、もう少しペースを短くすることはできる。母さんの体調を考えると毎日とはいかずとも、それに近いペースで栄養を摂ったほうがいいんだけどな。でもそれをすると面倒も起こるわけで……
「おーい! ディアスー!」
「早く行こうぜー!」
なんて悩みながら家を出て、いつものように街の外に出る門の前でロイド達と合流した。
「んー」
と、そこでふと違和感に気づいた。違和感って言っても悪いものじゃなく、むしろ良いものだとは思うんだけど……ああ、そうか。
「どうかしたのか?」
「いや、二人とも最近は結構大きくなってきたなってね」
隣で歩いていると分かりづらいけど、遠目から見てみると二人とも以前より体つきがしっかりしていることがわかった。多分、僕も傍目から見ればそれなりに大きくなってるんじゃないかな? こういう時に鏡とかあると便利なんだけど、そんなものはここにはないからなぁ。
「そうかあ?」
「あたしは女だしそうでもないだろ」
いや、マリーも結構大きくなってるよ。何だったら、ギリギリロイドより大きいかも?
女としての成長……女性らしい肉付きっていうのは、多分これからなんじゃないかな?
「いや、二人とも前より大きいよ。多分ちゃんと肉を食べられてるからだろうね」
今までちゃんとしたものが食べられていなかったから成長が止まっていたみたいだけど、肉を狩るようになってからはちゃんと食べることができてるから、この辺かも納得だ。
「そこは【力】を扱えるようになったからじゃないのかよ」
「【力】は扱えるかどうかは別にしても、元々生き物の体の中にあるものだからね。動かせるようになったからって、成長に変化はないよ」
老化や成長が遅くなるってことはあっても、成長が促進されるってことはないはずだ。
「それにしても、俺達が肉体強化を使えるようになってもう半年かぁ」
「まだ二秒の溜めが必要だけど、いい感じじゃないのか?」
「実際の戦闘だと、二秒もあれば十回は殺されるけどね」
ダメだよマリー。そんな慢心してると、すぐに死んじゃうんだから。
「流石に二秒じゃ十回もなんて無理だろ」
本当なんだけどなぁ。僕が本気になれば、二秒で十回以上の致命打を与えることができる。
やらないし、そんなことができるやつがそうそういるとは思えないけど、全くいないわけじゃない。
それに、そこまでいかなくても似たような実力、あるいは二人よりも上の実力を持った者はそこらじゅうにいるだろう。だから、まだまだ慢心するなんて早すぎる。
「っていうか、お前だって実戦に出たことないだろ」
「いやいや、ほら、俺は夢で見てるから」
なんて誤魔化しながら森に進んでいき、いつものように軽く肉体強化の指導をしてから組み手をし、二人を叩きのめす。
それから少し休んで薪と山菜を回収しながら獲物を探し、いつも通りロイドとマリーの二人で対処していく。
これがいつもの流れなんだけど、二人も大分安定して戦えるようになったものだね。
今の二人なら二週間に一回どころか、毎日戦ってももう生命力が尽きて死ぬ、なんてことは起こらないはずだけど……それはそれでまた別の問題があるんだよね。
「……やっぱり、そろそろ何か考えないとかもね」
「何かって、何をだ?」
聞かせるつもりで話したわけじゃないけど、どうやらロイドには聞こえていたようだ。
「ほら、これだけ肉を狩ってるのに、他に分けたりしてないでしょ? そうなると、周りがね」
これまで約半年近くの間、僕たちは肉を狩って持ち帰ってきたわけだけど、その肉を誰か他の家に分けたりしたことはない。だって、そこまでの量を狩ってるわけじゃないし。
マリゴルンは子供一人分くらいの大きさがあるけど、それでも三家族で分ければ余ることなく消費してしまう。特に、うちと違って兄弟のいるロイドとマリーの家は大変だ。
僕たち三人の家は、全員裕福ではない……というか、はっきりいえば貧乏な家だ。普通に過ごしていればひとかけらの肉がたまに食べられるかもしれない程度の暮らしなのに、自分たちの元にやってくる肉を逃すわけがない。
僕たちも周りの家の人たちが困ったら助けるし、向こうだってお互い様なので助け合いはするけど、それとこれとは別だ。まず自分たちが優先。それから他人の家だ。肉を分け与えて、次はいつなんだ、とか、もっとよこせ、とか、うちには何でくれないんだ、とか言われても困るからね。
けど、そうしてやってきたわけだけど、そろそろ限界かもしれないとは思ってる。間隔を開けて持って帰ってるけど、流石に半年も続けると周りからの圧力があるようで、珍しいことにこの間母さんが愚痴をこぼしていた。
「あ〜。うちの母ちゃんもそんなこと言ってたな」
「うちも。もっと肉はないのか、ってさ。そんな簡単じゃねえっての。文句があるんだったら自分でとってこいって話だよな」
「そうそう。俺たちがどんだけ大変な思いをしてとってきてると思ってんだか」
「それでも、普通の剣士や武人に比べれば、圧倒的に楽だと思うけどね。普通なら何年もかけてようやく肉体強化の基礎を覚えられるかどうか、って感じなんだから」
けど、二人の言うことも尤もなんだよね。僕からの指導で普通よりは早く肉体強化を習得することができたけど、それでも危険がないわけじゃない。
相手だって命懸けで襲ってくるんだ。僕の前でロイドとマリーを死なせるつもりはないけど、怪我くらいはするかもしれない。
それなのに、そんなに肉があるんだから自分たちにも分けるべきだ、なんて言われても、ふざけるなとしか言いようがないよね。これで自分達の持ってる何かと交換するから、って言うんだったら考えるけど……
「それに関しちゃ感謝してるぜ。ディアス様様だぜ」
「にしても、よくそんな詳しい方法まで夢で見られたもんだよな」
「……それはきっとあれだよ。俺に才能があったから、その秘めたる力が目覚めて本来の力を覚醒させたって感じ」
「ぷっ。なんだよそれ。秘めた力が覚醒って、そんなおとぎ話みたいなのあるわけねえだろ」
「まあなんにしても、この力があるのはありがたいことだな」
「だな」
いつものように、僕の能力についてどうにか誤魔化すことに成功(?)し、話を逸らしていく。
「で、話を戻すけど、これからどうしよっかって話だよ」
「あー……他の奴らも巻き込んで、みんなで鍛えて森の奥に行くとか?」
「ん、それいいんじゃないか? それならみんな勝手に肉を獲りに行くだろうし、あたしらだけが肉をとってる、なんて言われることもないだろ」
確かに、マリーが言ったようにみんなを巻き込めば、みんなが自分の食べるぶんを自分で確保するようになるだろう。
でも……
「それはダメだよ」
みんなで森に行って獲物を狩るには、全員が肉体強化が使えなくてはいけない。その肉体強化、誰が教えるの? 僕は嫌だよ。手間がかかるってのもそうだけど、それ以上に〝みんな〟なんて不特定多数に教えるつもりがないんだ。
「なんでだよ」
「この力は危険なんだ。二人の家族や知り合いが悪人だとは言わないよ。でも、その人の知り合いまで悪人じゃないかと言われると、わからない。簡単に広めれば、その力を使って何かをしだす人間はどうしたって出てくる。俺は悪人を生み出した元凶になるつもりなんてないよ。だから最初に言っただろ? この力のことを誰にも離しちゃいけないって」
「……でも、じゃあどうすんだ?」
「まあ、俺が知っている範囲で劣化版を広めるのはありかもね。あるいは、俺たち三人で商売をするとか?」
「商売?」
「肉体強化を使ってか?」
「肉体強化をってよりは、とってきた肉を使って、だね。肉を自分達だけで独占してるから不満が出てくるんであって、他の人たちも手に入れることができる手段があれば、その不満もなくなるだろ? だから、肉を売って、その対価に麦や野菜を、あとは薬やなんかをって取引をすれば、それは正当な商売なんだから誰も文句を言えないでしょ」
さっき思ったんだけど肉の代わりに何かを差し出すって言うんだったら、僕たちとしても否はないわけだ。だから、それを堂々とやればいい。細々と個人的に分けたり交換したりなんてやっていると、自分達はいいだろ? 近所のよしみじゃないか、なんてのが絶対に出てくる。けど、商売として表に出ちゃえば、そういった奴を防ぐことができる。欲しければ実際に店に来い、ってね。
「と言っても、やるとしても半年後だけどね」
「なんでだよ」
「だって、ほら。今はまだ魔族がいるじゃないか。戦王杯に勝っても一年は移住期間として儲けてあるんだから、その間は魔族は魔族の法で活動することになる」
今回の境界戦争……じゃなくて戦王杯は人間たちが勝って魔族を追い出すことに成功したわけだけど、まだ移住期間だから全員がいなくなったわけじゃない。むしろ、他の魔族がいなくなったことで、その分の縄張りだった場所を好きにして、これが最後なんだからと好き勝手やっている奴らがいる。そんな奴らに目をつけられたら、とっても面倒なことになるのは分かりきっていることだ。
「あー、肉なんて使って商売してると、襲われるってことか」
「ついでに言うと、あたしらみたいなガキがやってると尚更面倒なことになりそうだよな」
「と言うわけで、やるなら魔族がいなくなってからだね。他に人たちにもそう言っておけば、納得するでしょ。もちろん、自分たちからそう言いふらす必要もないと思うけどね」
と言うわけで、肉を使って何かするにしても、まだしばらくは先ってことだね。
差し当たっては現状の不満をどうするか、だけど……半年後に何かやるからそれまで待っててってのらりくらりかわすしかないかな?
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