第12話初めての肉体強化

「二人とも風邪はひかなかった?」


 昨日は二人が生命力を感じ取ることができ、その操作もできることが確認できた段階で訓練をやめ、ある程度体を乾かして服を着たらいつも通り巻き拾いを行ってから家に帰したんだけど、どうだったかな?

 訓練で生命力が減っている上に、あんな川に放り込んで体が冷えた状態でいてろくに温めもしなかったんだから、風邪の一つや二つくらい引いてもおかしくないと思ったんだけど……


「なんとかな」

「帰るまではしんどかったけど、今は平気だぜ」


 よかった。どうやらマリーもロイドも風邪を引かなかったようだ。……関係ないけど、馬鹿は風邪を引かないっていうよね。ほんと、関係ないけど、二人が風邪を引かなくってよかったよ。


 って言っても、実のところそれほど心配してなかったんだけどね。いや、馬鹿だからとかそういうんじゃなくてさ。


「なあ、家帰っても不思議だったんだけど、肌は冷たいのに体の奥の方はあったかい気がしたんだけど、それってやっぱ生命力のせいなのか?」

「せい、って言うよりはおかげ、って言って欲しいところだけど、まあそうだね。一度起こしたから動きやすくなってるんだよ。今なら風邪をひいたとしても半日もあれば治ると思うよ」


 自分の意思で生命力を使おうとしなくとも、一度目を覚ましてしまえばあとは勝手に主人の体を健康にしてくれる。

 マリーの言ったように、体が暖かいいと感じたのもそのおかげだ。それを知ってたからこそ、二人は風邪を引かないだろうと思っていたわけだ。


「マジかよ」

「本当に治るのか?」


 ロイドもマリーも半信半疑って感じだけど、仕方ないかなこれは。僕だって、何も知らない時だったら半日で治るわけないじゃん、って思うし。

 でも、そうだなぁ。うーん……理解してもらう手っ取り早い方法としては、実際に体験してもらうことかな?


「試してみる? また川に浸かってれば風邪くらいひけると思うけど……」

「「やだ!」」


 今まで聞いてきた中でこんなにも二人の息が揃った返事を聞いたの初めてかもしれないな。

 まあ、納得してくれるんだったら僕としてもそれでいいんだけどさ。こっちだって好き好んで友人を裸に剥いて川に突き落としたいわけじゃないし。


 けど、納得してくれたんだったらもうこの話は終わりとして、次の段階に移らないとね。


「まあそれじゃあ、本来の目的である肉体強化を覚えようか」

「やっとか!」

「待ってたぞ!」


 ロイドもマリーもすっごい嬉しそうで楽しそうだけど、そうだよね。何せ二人はこれを覚えるために僕に教えを乞うたんだから。


 とは言っても、多分今日だけじゃ覚えきれないと思う。そう簡単に覚えられるようなら、使う力に生命力と魔力という違いはあれど肉体強化なんて覚えてる人がそこらに溢れることになるからね。

 でも、現状肉体強化を使える者っていうのはそれなりに貴重とされていることから、覚えるのは簡単ではないとわかってもらえると思う。


 ……けど、二人の才能の感じからして感覚を掴むくらいはできるかもしれないなぁ。なんて思ったりもするんだ。何せ、結構特殊なやり方だったとはいえ、たった一日で生命力を感じ取ることができたんだから。


 それに何より、ちょっとだけ自慢するけど、この『剣王』が直々に手助けするんだよ? それだけで他の人よりも習得速度は段違いに早くなる。

 だから、もしかしたら今日のうちに成功してもおかしくないよね。


「まずやるべきことは、自分が集中しやすい体勢を知ることだ。座ってもいい、立ってもいい。なんだったら寝転がってもいいし、川に流されてもいいよ。とにかく集中できる体勢になって」

「集中って言われてもな……」

「何するのかによって変わるだろ」

「そう? んー、やることとしては、目を閉じて自分の内側にある生命力の源に手を伸ばすことを想像してくれればいいよ」


 肉体強化をするには、まず生命力の存在を理解し、それを操らなくてはならない。

 理解も操作も昨日のうちにできたんだから、その感覚を思い出すことができれば、昨日の今日とはいえど不可能ではない。


「……どっちもいい感じだね」


 ロイドは座って胡座をかき、マリーは立ったまま両足を片浜に広げた自然体で自分の内に意識を向け、集中していく。

 その様子を見ていると、通常は炎のように不規則にゆらめいている力が、波のように一定の強さ、感覚で揺れ出した。

 これは二人が生命力を掌握とまではいかずとも、多少なりとも干渉して手綱を取ることができた証だ。


 けど、それにしても早いなぁ。ここに来るまでまだ一時間も経ってない。やっぱり、二人には才能があるね。それが生まれつきなのか、それともこんな苦しい環境で育ったからかはわからないけど、どっちでもいい。

 とにかく僕としては、二人が思っていた以上に成長できそうで喜ばしい限りだ。それこそ、自然と口の端が持ち上がるくらいには嬉しい。


 ……そろそろ次の段階に移るかな。ここからが本番だ。こっから先は僕も気をつけないとだから、ちょっと厄介なんだよね。


「それじゃあ、昨日感じ取った生命力にそっと手を伸ばして。ただし、そっとね。勢いつけすぎると、弾け飛ぶから」

「はあっ!?」

「先に言えよ!」


 僕の言葉を聞いたロイドとマリーは、それまでの集中を切らせて目を見開き、こちらに思いきり叫んできた。

 うん。まあそういう反応になるだろうなとは思ってたよ。僕だって、こんな突然言われたら驚くだろうし。


 でもそんな二人の抗議の声を無視して話を進める。


「触ることができたら、両手で優しく包み込むようにして軽く握る。そうして生命力の塊から一滴だけ水を絞るように力を入れ、溢れたその一滴を飲み込んで全身に巡らせるんだ」


 基本となるイメージはそれだ。別に一滴以上でも強化することはできるし、戦闘を目的とした強化であれば、むしろ一滴なんかじゃ全然足りないからもっと盛大に力を使って強化する。


 けど、今はあくまでも練習だ。実戦ではないどころか、初めての身体強化すら成功させていないような初心者。

 そんな二人がいきなり全力で強化なんてしたら、かなり危険なことになる。弾け飛ぶっていうのは嘘だけど、死ぬことになるって事実は変わらない。


 だから最初は一滴だけ。それだって強化することができればかなりの恩恵があるものだ。力は……跳躍力で言えば十センチくらいは高く跳ぶことができるようになるんじゃない?

 もっとも、最初だし、二人は初心者なんだから一滴だけっていうのはむしろ難しいから、もっと強く強化してしまうだろうけど。


「一滴だけ絞って飲む?」

「んー、飲めって言われても、なんか想像しずらいんだけど」


 まあそうだよね。実際に形があるわけでもないし、一滴だけ測る匙やなんかの道具があるわけでもないんだから想像するのは難しいだろう。

 けど大丈夫! そうなると思って準備してきたから!


「まあ、体の中のことだしね。けど、そうなるだろうと思ってお助け道具を持ってきたよ」


 そう言いながら僕は持ってきていた袋から、親指大程度のちょっとした果実を取り出して二人の前に出した。


「クローラの実?」

「なんだってそんなの持ってきたんだ? 酸っぱくって食えたもんじゃないだろ」

「酸っぱいからいいんじゃないか」


 このクローラの実は、かなり酸っぱい。これ単体で食べるものじゃなく、料理のアクセントに入れたり、酒に使ったりするもので、これ単体で渡されても正直困るというのがこの実だ。

 けど、今はこの実がとっても役にたつ。


「これが生命力ね。で、これをやさ〜しく包み込んで、ふっと軽く力を入れる。すると……ね?」


 クローラの実を指で挟んでゆっくり力を入れていくと、ポタリと一滴だけ果汁がこぼれた。これを見れば少しはイメージしやすいだろう。

 それに、これの使い方は見るだけじゃない。


「ちょっと上を向いて口を開けて」


 そう言いながらロイドの顎をガシッと掴み、その口元にクローラの実を近づけていく。


 これから僕がやることに察しがついたのか、ロイドは両手で僕の腕を掴んで剥がそうとするけど……悪いね。肉体強化を使ってるんだ。その程度の力じゃ剥がせないよ。


「え? まさか、それを絞るつもりか?」

「そうそう。いいから、試しにさ。やってみると、これの意味がわかるから」


 僕とロイドのことを見ながら問いかけてきたマリーに答えながら、僕はロイドの口の上で思い切りクローラの実をつぶし、その果汁を口の中へと流し込んだ。


「すっぱ!」


 だろうね。というわけで、次はマリーね。


「これまだ採りごろじゃねえの採ってきただろ!」


 そうだった? うーん、そうかも? まあいいじゃないか。酸っぱくって実にわかりやすいだろ?


「でも、わかりやすいだろ? 今のは酸っぱさだったし感覚も違うけど、やることやその結果は似ているんだよ。今のは酸っぱさが鳥肌として体の表面を伝っただけだけど、それを体の内側、全身に行うんだ。両手で絞ったあったかさが、表面じゃなくて全身を駆け抜ける」


 これだけ強烈な酸っぱさだと、口の中に数滴放り込んだだけでも全身に酸っぱさが染みるんだよね。正確には違うけど、感覚のイメージとしてはこの酸っぱさもアリだと思う。


 それから二人はなんやかんやと文句を言いつつも再び集中をし始めた。


 そして、集中を始めてからおよそ五時間。今日はもうそろそろ帰らないとまずいはと思い始めた頃、変化が訪れた。


「二人とも、やっぱり飲み込みが早いね。肉体強化——成功だよ」


 およそ五時間もの長い間集中し続けたロイドとマリーは、ほぼ同時と言ってもいいタイミングで肉体強化の使用に成功したのだ。

 二人とも、まだまだムラがある。けれど、それは間違いなく肉体強化だった。

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