第11話鬼か悪魔か……
「お?」
ロイド達を川に流し続け、不満が出てから二時間後。ついに何か変化を感じ取ることができたのか、これまで黙って川に流され続けていたロイドが声を漏らした。
「ん? どうかした?」
「んお、おお。なんか腹の底にあったかいなんかがある気がするんだけど、これか?」
ロイドはそう言いながら体を起こし、自分のお腹に手を当てた。
ようやくか。結構待ってたけど、初心者にしては上出来なんじゃないかな。わからない人って、本当にわからないし。
わからない人ってどうしてわからないんだろうね? これまでの剣王の経験的に、苦労なく暮らしてきた人はその傾向が強いから、その辺のことが関係してるんだと思うけど……。
多分、辛くても生き抜く覚悟があるかどうかじゃないかとは思ってる。辛くても生きようとしなければ、生命力も力を貸そうとは思わないだろうし。だって、生きようとしてないんだから生命力なんて必要ないでしょ?
けどまあ、なんにしても理解できたんだったらそれでいいや。これでようやくまともに訓練を始めることができる。
あとどうでもいいけど、川に放り込んだ当初よりも水に浮くの上手くなったね。まあこれだけ何時間も川に浸かってれば当然と言えば当然かな。
「あー、多分それだね。後はそれをほぐして全身に広げてみてよ」
というわけで、これから訓練開始だ。できるまで頑張りましょう!
「いきなりかよ! そんなことできんのか?」
「できるよ。できなければ寒いまま川で流され続けるだけだし」
別に一回上がってもいいんだけど、そうすると感覚忘れるよ? その感覚を思い出すために、また何時間も川で流され続けるのは嫌でしょ。だからそのまま続けたほうが効率がいいんだよね。
「くそっ! 俺が魔力を使えるようになったらお前ボコってやるからな!」
「生命力ね。でも、楽しみにしてるよ」
もし本当に僕のことをボコすことができるくらいまで強くなったんだったら、それはとっても嬉しいことだ。だってそれは、ロイドが剣王と同じくらいまで強くなったってことなんだから。次の剣王になることだって夢じゃない。
こんな最前線の底辺で暮らしてる者からの成り上がりなんて、歴史に名を残すことができるくらいの偉業だ。
「マリーの方はどう? 置いていかれまいと嘘をつくのはやめてね。ここでちゃんと覚えないと、訓練どころじゃないから」
ロイドが今後どれくらい強くなるか、どんな道を歩むのかは置いておいて、二人のうちもう片割れであるマリーはどうかな? ロイドが理解できたってことは、もうそろそろ理解してもおかしくない頃だと思うんだけど……。
「わかってるよ。あたしもなんとなく違和感はわかってんだ。ただ、なんかはっきりしないだけでさ……あ」
なんて話していると、マリーもなんだか不思議な反応を見せた。これは、もしかしてもしかするのかな?
「お……? これか? こんな感じか?」
なんて思っていたんだけど、マリーはどうやら僕の想像を超えていたようだ。
さっきのロイドとの会話を聞いていたんだろうね。生命力を感じ取っただけじゃなくて、感じ取った直後にそれを自分の意思で動かすことまでやってのけた。
すごいなぁ。まさかここまですんなりできるとは思ってなかったよ。もうちょっと時間がかかると思ってたんだけど、才能があるんだろうね。
けど……
「おわあっ!」
そろそろ限界のはずだ。
そう考え、マリーのことを縛っていた蔓に手をかけ、一気に引き上げる。
いきなり引き上げると縛ってある人にダメージが入るけど、まあこの程度は慣れたものだ。
三時間以上も川で流され続けて体力が落ちてるのに、その上慣れない生命力の操作を行えば誰だって疲れるに決まってる。それこそ、疲れた、とか、疲労なんて言葉じゃ表現できないほどにね。
今は生命力を感じ取れてその操作ができたことで気分が高揚して自分じゃわかんないだろうけど、落ち着いたら歩くのだって辛いのが理解できると思う。
「いきなり何すんだよ」
なんの前触れもなくいきなり引き上げられたことでマリーが不満を口にしてるけど、暴れるような体力がないのかマリーは全裸のまま僕に抱かれている。
いきなり引き上げて地面に落とすなんて可哀想だと思って抱き止めたんだけど、これはこれでまずいかも。
とりあえず、さっさと降ろして着替えてもらおう。
「成功したから引き上げたんだよ。それとも、まだ水に流されていたかった?」
「い、いや、やだけど……でもあれが成功なのか? なんかじんわりした気がするってだけだぞ?」
「それでいいんだよ、最初はね。それよりも、生命力を使いすぎる方がまずい」
じんわり体に広がった程度じゃ強化までは至らない。でも、それでいいんだ。少なくとも今のうちはね。
「え? まずいって、なんかあるのか?」
「当たり前でしょ。生命力だよ? 命の源の力だ。使い過ぎれば死ぬに決まってるじゃないか」
「え゛?」
生命力を使うことに慣れれば問題ないんだけどね。どれくらい使えば危ないのかを理解できてるだろうし、残量が危険域に達したとしてもどうにかする方法はあるから。
けど、今のマリー達は扱いに慣れていない。自分の限界も、残量も、操り方どころか止め方すらわかっていない。
そんな状態で使えば、生命力の漏出を止めることができずに死んでいくことになる。
だから、最初はこんなもんでいいんだ。生命力を感じ取ること。それが今日の目標だったし、見事に達成したんだから。
「まあ、この程度じゃ使い過ぎるってことはないけど、今は水に流され続けて体が弱ってるからね。明日からも訓練を続けることを考えるとこの辺にしておいた方がいいかなって」
疲労を回復するのも生命力が使われるし、あんまり無理させると明日は寝込むことになる。
「ロイドー。焦らなくていいからねー。今日習得できなくても、明日もやればいいだけだからさー」
さっきロイドが生命力を感じ取ったことにマリーが焦りを見せたのと同じように、ロイドだってマリーに対抗心があるはずだ。対抗心があるのが悪いとは言わないけど、そのせいで焦って気付きを逃したら目も当てられない。
そもそも、今日は覚えるためにこんなことしてるわけだけど、本当に今日だけで覚えられるとは思っていなかったんだ。二人の疲労度合いとかを考えると、三日くらいはかかるかもな、なんて考えてた。それなのに一日目にしてもう生命力の理解ができたんだから、才能がないってことはない。
「なんか助言とかないのか?」
「こればっかりは本人のイメージ次第だから」
僕のイメージを教えて、馴染まない変な形で成功してしまったら、その後の成長が歪むことになる。いつかは頭打ちになるだろう。そうなってから矯正しようとしたら、並大抵の苦労じゃない。
だから、今のうちに苦労して自力で身につけることが大事なんだ。
「そんな心配そうにしなくても平気だよ、マリー。ロイドも才能はあるんだし、焦る必要はないんだよ」
「べ、別に心配とかそんなんじゃねえけど……そうなのか?」
「うん。この訓練だって、長ければ一週間くらいかかるかもな、って思ってたんだし」
「そっか」
それから三十分ほどして、ついにロイドも生命力を動かすことができたようなので、マリーと同じく強引に引き上げる。
……でも、マリーには悪いけどどうせ抱き止めるんだったら女の子の方が良かったなぁ。何が悲しくて裸の男の子を抱かなくちゃいけないんだって思わずにはいられない。
まだこの体は子供だし、性欲の類も薄いけど、大人としての意識が混じってる分どうしても、ね?
マリーに欲情したわけではないけど、見るんだったら綺麗で可愛いほうがいいだろ? それは雄としての本能なんだからそこに文句を言われても困る。
まあそれはそれとして、何はともあれロイドも無事に目標を達成することができてよかったよ。
「くそっ! 時間が掛かっちまった!」
「それでも、随分早いと思うけどね。まさか一日で生命力を動かすところまで行くとは思わなかったよ」
ロイドはマリーよりも遅れたことで悔しがってるけど、長い修行の中でたった三十分遅れたことなんて遅れのうちに入らないと思う。
なんて、そんなことを言ってもロイドは納得しないだろうけどね。子供のうちなんて、目の前の結果だけが全てだし。
「さて、それじゃあ二人とも生命力についてはわかったね。いやー、よかったよかった。これで肉体強化に一歩近づいたよ。できなければできるまで毎日やらせるつもりだったんだけど、一日で終わってよかったね」
「毎日って……こいつ、案外鬼だな」
「案外どころか、普通に鬼だろ」
僕としても何日も寒空の下川に突き落とすなんてやりたくないんだけど、これが手っ取り早く手優しい方法だからやったのに。
しかも身体強化を覚えたいって言ってきたのは二人の方なのに、そんなに言うなんてひどくないかな?
「ひどいなぁ。そんなに言うんだったら、明日も同じことをする? ほら、今日だけじゃ覚えきれなかったかもしれないしさ」
「もう今日だけで覚えられたって」
「これを明日もって、鬼を通り越して悪魔かよ」
「命をかけないで覚えられるんだから、優しい方でしょ。どっちかっていうと天使じゃない?」
「人をロープで縛って川に突き落とすなんて、嫌な天使すぎるだろ」
「神は人に試練を与えるものだって言うし、これもきっとその試練の一つだよ」
「試練与えてるのディアスじゃん」
「言っただろ? 身体強化は神にたどり着くための術だ、って。僕は神様だよ。少なくとも、今この場においてはね」
間違ったことは言っていないはずなのに、二人の僕を見る目が呆れを含んだものになってる。
おかしい……。剣王時代もこうやって弟子を育てたけど、みんな全力の笑顔で喜んでくれたのに。
時代や情勢が違うと、感性も変わるものなんだなぁ。
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