第10話魔力と生命力

「……なあ。これっていつまでやるんだ?」

「いつまでも、だよ」


 そう、この修行は二人が肉体強化を使えるようになるまでいつまでもやり続けるつもりだ。


 というか、これは修行だよ? いつまでやるのか、なんて何甘いこと言ってるのさ。人でありながら人を超えた力を手に入れようとしてるんだから、この程度は文句を言わずにやらなきゃ。

 もっとも、いつまでも、なんていっても気絶とかしたらダメだからその時は強制的に止めるけど。


 それに、多分これがまともな修行だったらいつまで、なんて聞かなかったんじゃないかな? ロイドがいつまでやるのか聞いてきたのは、この修行が修行に思えないからだろう。だってこの修行……


「つっても、裸になって川に流されてるだけじゃんか」


 ロイドが言ったように、川に流され続けているだけだからね。

 まあ流されてるって言っても、本当に川を流されているわけじゃない。ロープで胴体を結んで、その反対を近くの樹に結んで流されないようにして、あとはただ川にドボンしてゆらゆらぷかぷかしてるだけ。


 それを……かれこれ二時間くらいかな? むしろ、今までよく文句を言わずに流され続けてたって言ってもいいのかもね。大人でもこんなことをまともにやってたら一時間もしないで文句を言うと思うし、動いていたい子供なら、尚更耐え難いだろう。

 しかも、外でやっている修行なのに、全裸だし。なんでこんなことしてるんだろう、なんて思うのも無理ないことなんじゃないかな。

 けどまあ、川に入るんだから服を脱ぐのは当たり前だよね。だって服なんて着てたら溺れるし、帰る時にびしょ濡れで帰るのは嫌でしょ?


「あたしこれでも女なんだけど?」

「へっ。大丈夫だろ。どうせ誰もお前の裸なんて気にしたり——ぐあ!」

「それ言ったらお前の小さいのだって誰も気にしねえからずっと裸でいろよバカ!」

「は、はあっ!? 小さくねえし! 俺の普通だっての! なんだよ、見るか? お?」

「見ねえよ!」


 川に流されながらロイドとマリーが全裸で喧嘩し始めたけど、そういうのはあんまりよろしくないんじゃないかなって思ったりする。やらせてるのは僕かもしれないけどさ。


「お互いに異性として意識するのは自然なことだとは思うけど、裸を見せつけ合うのはやめたほうが良いんじゃないかな、って思うんだよね」


 川に流されてるからマジマジと見つめるってわけにはいかないだろうけど、それでも隠すことなく掴み合って視線が逃げられないように体の角度を固定し合うのは、やめた方がいいと思う。そういうの、あんまりやり過ぎるとこの修行が終わった後でお互いに気まずくなることもあるだろうし。


「見せつけあってるわけじゃねえよ!」

「でも、見るか? なんて聞いてたでしょ」


 もう、言葉だけ聞けば完璧に変態の所業だし、二人はそういう関係だ、って思っても仕方ないと思うんだよ。


「いや、それは……あー……それより! こんなんで身体強化できるようになるのかよ!」


 あからさまに話を逸らしてきたロイドだけど、今はその話に乗ってあげよう。

 それで、えっと……そう。こんなことをして修行になるのか、だったね。


「肉体強化ね。まあ、できるよ。正確には、それをするために、体内の【力】を認識できるようになる、だね」


 これは、この川に流されること自体が修行というわけじゃない。これは修行を始めるための前準備だ。身体強化をするために必要な【力】。それを感じ取るために必要だからやってるだけで、最初っからわかってるんだったらこんな全裸で川流しなんて笑える光景……じゃなかった。こんな修行風景なんて見る必要はなかったんだ。


「まず魔力とは何か。それは生命力の別名だ。空気中の魔力だって、生物から溢れた生命力ってだけだ。では魔力と生命力は同じものなのかと言ったら、前言を翻すようだけど、正確には違う」

「違うのかよ」

「大枠で言えば同じものと言えなくもないんだけどね」


 それは人間も豚も、おんなじ〝生き物〟だよね? っていうのと同じことだ。

 確かに分類としては同じかもしれないけど、その二つは全くの別物である。魔力と生命力もそんな感じ。


「簡単に言えば、生命力から必要なものを取り除いてできた、使えないこともないけどあんまり使い道がないし邪魔だから捨てておこう、と体外に排出されたものが魔力だ。わかりやすく言えば、食べ物を食べた後に出てくる排泄物のようなものだね」


 食べ物を食べると人体に必要な栄養だけを吸収して、他を糞便として体外に排出する。

 それと同じだと考えればわかりやすいだろう。人体に必要な栄養素が生命力で、不要な排出されたものが魔力。


「排泄物? それってうんことかか?」

「魔力ってうんこなのかよ……」


 まあ今の人たちは魔力ってものをありがたがって使ってるからね。ロイドもマリーも、魔力を使って身体強化をするつもりでいたみたいだし、その魔力が糞便と同じものだって言われたら、いやそうな顔や不満の一つでもこぼすだろうね。


「畑の肥料だって動物の糞を使ってるんだから、なんだって使おうと思えば使えるものだよ」


 でも、糞便と同じって言ってもバカにしちゃいけない。実際、それで魔法を使って戦うことができるんだから、全くの不要なものではないんだ。まあ、僕は使わないけど。


「それはそれとして、そんなわけで魔力は絞りカスみたいなものだ。なら、そんなカスじゃなくって本来の生命力そのものを使うことができたら、どこまで強くなれると思う?」

「どこまでって……」

「魔力を使った時の倍くらい?」


 眉を顰めて難しい顔をしているロイドに対し、首を傾げながらも答えたマリーの言葉に頷きを返しつつ答える。


「正解」

「おっしゃ!」


 正解したことが嬉しいのか、マリーは水に流されながらも喜んだ様子を見せた。

 けど、ごめんね。今の正解って言ったけど、二割くらいしか正解してないんだ。


「ただし! 二倍じゃなくて、十倍だけどね」

「じゅうばい……?」


 そう、十倍。魔力と生命力の効率を比べると、それくらいの違いがある。


「待てよ。それは嘘だろ。そんなんだったら、使えるやつと使えないやつでめちゃくちゃ戦闘力が違うじゃねえか」

「だから、剣王は強かっただろ?」

「あ……」


 僕の言葉を聞いてようやく納得できたようで、ロイドは唖然とした表情を浮かべ、直後水を飲んでしまい溺れないように慌て出した。


 けど、そうだ。僕は魔族達が魔力を使う中、生命力を使って力としていたからこそあんな七十年もの間戦い続けることができた。そしてそれは僕だけじゃなく、当時の〝剣士〟と呼ばれた武人達は、たいていが生命力を使っていた。


 ただ、魔族も生命力の存在自体は知ってたはずなんだけど、なんでか使ってなかったんだよね。まあ、使わなくても魔力だけで強かったからわざわざ危険を犯す必要はないと思ったのかもしれないけど。


 けどまあ、そんなわけで僕たちは生命力を使って力を手に入れる。それができないと、まともに魔族と戦うことはできないから。


「と言うわけで、二人には魔力なんて搾りカスじゃなくて、生命力そのものを扱う術を覚えてもらうつもりなんだけど、そのために役に立つのが死にかけることだ」


 生命力とは、言い換えれば命を生かすための力だ。普段生きて動いて呼吸をしているだけでも生命力を消費しているけど、人はそれを感じ取ることはできない。ではどんな時に感じ取ることができるのかと言ったら、死にかけている時だ。


 老人や病人が自身の死期を悟ることがあるが、あれは自身の内にある生命力の残りを無意識のうちに感じ取ることができているから。

 死に近づけば、どうにかして死なないようにと体は生命力を燃やす。その反応のおかげで、人は生命力を感じ取ることができるようになるのだ。


「体温が低下していけ、その分だけ死に近づいていく。体は冷たくなり、活動も鈍くなっていく。周りは水で、感覚も水に溶けていくかのように感じられる。でも、そんな中で暖かい何かを体に感じることができる。その何かが生命力だ」


 だから、二人にはちょっと死にかけてもらうために川で流されてもらっている。少しはあったかくなってきてるって言っても、この時期の川はずっと浸かってれば普通に死ねるからね。だってまだ冬だし。


「本当は実際に死にかけたり殺し合いをしたりすれば早いんだけど、それやると本当に死ぬかもしれないからね。二人だってこっちの方がいいだろ?」


 死にかけたおかげで何かの能力に目覚める、という人は間々いる。それは生命力を使うことができるようになったからだ。

 もっとも、まともに修行せず使い方が分からず、そもそも自身の体に訪れた変化が生命力のおかげだと気づけなければまともに使うことはできないから、偏った能力の目覚めで終わってしまうけど。頭が良くなるとか、力が強くなるとか、それだけ。


「と言うわけで、もうしばらく水に流されてよっか。大丈夫。寒くて死にかけても、その方が生命力を感じ取りやすいから」


 使いこなすことができるようになれば、ちゃんと強くなれるから。だから、頑張ってね。生命力のことが感じ取れるようになるまで、ずっと全裸で川に流され続けてもらうからさ。

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