第9話身体強化と肉体強化

「さて、まず剣士となるために必要なものがあるんだけど、何かわかる?」


 ロイドとマリーを剣士として鍛えるにあたって、まずは二人がどの程度知っているのか。そもそも剣士にどんな印象を抱いているのかを確認しなくてはならない。


 と言うことで聞いてみたんだけど……


「身体強化!」

「馬鹿者! 身体強化など、お前達にはまだ早い!」


 特に考えることなく自身の欲望を口にしたロイドに、思わず怒鳴りつけてしまった。

 突然の大声に、びくりと反応したロイドだったが、それでも身体強化が使いたいという願いが強いのか、おずおずと言った様子で問いかけてきた。


「でも、身体強化教えてくれるんだよな?」

「それで肉を獲るんだろ?」

「……まあ、そうだが」


 ロイドの問いもマリーの問いも正しいものではある。だが二人とも、剣士になる、と言うことがどれほど大変なのか甘くみすぎている。


「というか、さっきからお前口調変わってないか?」


 そういえば、あんまりにも考えなしなロイドの言葉を聞いて、反射的に前世の〝私〟として叫んでしまったが、これはいけない。〝僕〟として生きることにしているのだから、咄嗟であろうと言葉遣いに気をつけないと。


「……そんなことないよぉ?」


 普段通りの〝僕〟であるように心がけてマリーに答えたけど……


「いや、明らかに変わってんじゃねえか」

「むしろ最初よりおかしくないか?」


 ダメだったようだ。

 マリーどころかロイドすら騙せなかった。ちょっとショックだ。


 まあ、いいや。どうせ何を言ったところで完璧に誤魔化すことなんてできやしないんだから、今は強引でも話を進めちゃおう。


「口調なんてどうでも良いんだよ。それよりも、剣士になるのに大事なのは、体だよ。体ができてなければ、身体強化なんてしたところで大して意味はないし、なんだったら失敗すると体が耐えきれずに弾け飛ぶよ」


 どんなことを成すにしても、まずは己の体こそが基本だ。体がまともに出来上がってない人は、何をしたってうまくいくはずがない。特に、これから剣士を目指す二人には土台からしっかりさせておかなくちゃ、いつか崩れることになる。


「弾け飛ぶ!?」

「嘘だろ!?」

「ほんとほんと。だから、まずは剣士として身体強化を使うに相応しい体を手に入れることから始まるんだ」


 怖がらせてちゃんと修行させるようにするために少し大袈裟に言いはしたが、嘘ではない。本当に弾け飛ぶこともあり得る。

 もっとも、それは今のような入門すら終わらせていない段階ではなく、それなりに剣士として力をつけた後の話になるけど。


「でもよお、それってかなり時間がかかるんじゃないのか? 体を作るなんて、そんなの何ヶ月もかかるようなことだろ?」


 そう。普通ならロイドの言う通り、真っ当に、正道で鍛えるのであればかなりの年月が必要になる。

 けど、それはあくまでも〝普通なら〟の話。生まれ変わったとはいえど、この知識は剣士の頂点に立った剣王のものだぞ? こと剣士になることに関してであれば、抜け道裏道の類の一つ二つくらいは知っている。


「まあ、そうだね。だから、今回は特別だ。身体強化はちゃんと教える。けど、初歩の初歩だけで、後は体がついてこられると判断したら教えてあげる」


 鍛えていない状態で普通に剣士として大成しようとするなら危険だけど、ただ自分の中に特別な【力】があるんだってことを理解させ、それを使えるようにするだけなら問題はない。何せ、今回に限っては僕……いや、〝私〟がついているんだからね。


「初歩の初歩って、そもそも身体強化に初歩とかあるのか?」

「……あ゛?」


 なんてこれから二人を鍛えるための計画を頭の中で考えているとロイドから問いがかけられ、その内容に思わず睨み返してしまった。


「な、なんだよ……」

「……いや、そうだよね。知らないに決まってるか。仕方ないんだ。そう、これは仕方のないことなんだ」

「なんだこいつ……」


 ロイドが怪訝そうな目でこっちをみてるけど、無視だ。

 みんななら……剣王時代周りにいたみんななら、ロイドがどれだけ愚かなことを言っているのかわかってもらえると思う。なんだったら一緒になって怒ってくれると思う。

 でも、これは仕方のないことなんだ。だって、今の時代ではろくに剣士なんていない魔法使い優勢の時代だ。剣士の基本や〝本当の身体強化〟がどう言うものなのか理解していない人ばっかりなのも、うん。仕方のないことなんだ。


「さて、まず身体強化とはどういうものかについて話そうか」


 けど、これから剣士を目指す二人には、現代の世間一般で言うところの身体強化と、剣王が使っていた身体強化がどう違うのか、ということから教えていこうか。


「どういうものも何も、ただ強くなれるんだろ?」

「零点。ゴミくそ。不合格」


 ロイドはもうちょっと考えてから発言した方がいいと思うよ。


「ばっかだなあ。ディアスがそんな答えで満足するわけねえだろ。ただ強くなるんじゃなくて、自分の体を何倍も強くすることができる、だろ!」

「十点。ポンコツ。不合格」


 ロイドを笑っていたマリーが自信満々に答えたけど、どっちもどっちだなぁ。マリーはロイドより考えられるんだから、もうちょっと落ち着いて考えてから答えようよ。


「なんでだよ!」

「やーい、ポンコツー!」

「うるせえゴミくそ野郎!」


 僕からしてみれば、どっちもどっち、目くそ鼻くそって感じなんだけどなぁ。結局正解してないわけだし。

 ああ、これから説明するのにそんなつかみ合いの喧嘩なんてしないでよ。


「そこまで。話を続けるよー」


 二人の喧嘩を止めて再び身体強化とは、剣士とはなんなのかと言うことについて話し始める。


「身体強化とは、自身を神に等しい存在へ近づけるための初歩の初歩。基本ですらない入門地点のことだよ」


 簡単いいえば、そういうことだ。もっとも、初めての人が聴いただけじゃ意味がわからないだろうけど。


「「はあ?」」


 そんな考えを証明するように、ロイドもマリーもわけが分からなそうに怪訝な声を出して眉を顰めた。


「なんだよ神に近づくって……」

「お前、夢で見たって言ってたけど、頭大丈夫か?」


 ……うん。まあそう言いたくなる気持ちもわかるけど、頭に手を当てて揺らすのはやめてねマリー。


「単なる肉体を強化するだけのものしか知らない二人からすれば、そうなるだろうね。でも、そうじゃない。けどまあ、ここから先は今話したところで意味がないから、またいずれ話すとするよ」


 話したところで、実際に見たことがない人にとっては何を言っても意味がないことだ。

 そして、今見せればきっと僕がいくら止めたところで、途中で止めることができなくなる。それだけ惹かれる光景だから。僕は……私は、剣士が戦う姿を初めて見た時に、あの姿に魅了された。


「「え〜」」

「良いじゃんか、話してくれよ!」

「そうだそうだ! 気になってしかたねえよ!」


 ダメだよ。こればっかりは、いくら言われたところで変えるつもりはない。せめて、剣士を名乗ることができる最低限の体を作ってからじゃないと。


「教えてもできないことを教えるつもりはないし、教えたことで無理をして体が弾け飛んでも嫌だしね」

「ああ……。そういやそんなこと言ってたな」

「なあ、それってマジで言ってんのか?」

「かけらの嘘もない大マジだよ」


 剣士の姿に魅了されれば、自分ではもう止まれない。強くなった果てを知っていて、強くなることができる道筋のかけらを掴んでいるとなれば、止まることなんて誰にもできやしないんだよ。

 でも、今の二人が剣士の道を進むことになれば、まず間違いなく死ぬ。それが調子に乗って誰かに殺されるのか、無茶な修練で自滅するのかは分からない。

 生きていたとしても、その後の人生を〝人〟としてまともに送れないくらいの大怪我をすることになるかもしれない。


 だから、せめて無茶をしても死なない程度の準備が整ってから教えるんだ。


「まあ、とりあえずは肉体強化の技術は教えるから、そこから頑張ろうか」


 今の二人にとって重要なのは、そこだろうからね。身体強化とか、剣士の果てだとかよりも、ただ単純にわかりやすく強くなってお肉を食べたい。そんな思いが優先されていることだろう。


「おおっ! そうだな!」

「神とかどうでも良いから、強くなれればなんでもいいぜ!」

「それで、俺たちは何すれば良いんだ?」

「あたし知ってるぞ。あれだろ、魔力を感じ取る訓練とかするんだろ?」


 マリーの言ってることも間違いじゃない。世間一般的な身体強化は、まず自身に流れている魔力を感知するところから始まる。

 けど、僕のはちょっと違うんだよね。そのためにやることは……


「とりあえず、そうだなあ……」


 にこり、と笑って二人のことを見つめると、何か嫌なものでも見たのかロイドもマリーも顔をひくつかせている。

 けど、そんなの知ったことじゃない。大丈夫。何も嫌なことなんて……なあ、多分ないんじゃないかな? 知らないけど。


「服を脱ごうか」


 恥ずかしいかもしれないけど、強くなるためだからね。仕方ない仕方ない。きっと二人も納得してくれるよね?

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