第8話剣士への道

「……」


 肉を狩って母さんと食べた日の翌日、僕はいつも通りに家を出て、いつも通りにロイドとマリーと合流し、いつもどーり背負子を背負って森にやってきた。


 ただ、今日はいつもと違って少し会話が少ない。朝の挨拶はしたし、昨日の肉の感想だって言い合った。

 けど、やっぱり会話が少ない。

 それがどうしてなのかと言ったら、まあ、理由はわかってる。


「なあ、ディアスのやつどうしたんだ?」

「知らねえよ。お前が聞いてこいって」

「あんなあからさまに不機嫌な奴に話しかけんのなんてやだよ」

「あたしだってやだけど、でもじゃあどうすんだよ」


 僕の後ろからついてきているロイドとマリーが、コソコソとこっちの様子を伺いながら二人だけで話している。

 その理由は、僕自身ちゃんとわかっているつもりだ。


「……はあ。二人とも、そんなコソコソしてないでこっちきていいよ。別に二人に対して怒ってるわけじゃないから」


 二人がコソコソしてるのも、朝っから会話が少なかったのも、どっちも僕のせいだ。僕が不機嫌な様子を見せているから、二人は下手に刺激しないようにあまり話しかけずにいた。


 自分が悪いってわかってるのに、それでも感情が抑えられなかったんだから我ながら相当機嫌が悪いな、これは。

 でも仕方ないだろ? だって、昨日あんなことを言われたら、不機嫌にならないはずがない。


「あー、それで……なんで怒ってたんだ?」

「別に怒ってたわけじゃないんだよね。ただ、ちょっと気に入らないことがあっただけだよ」

「気に入らないこと?」


 そう、気に入らないことだ。

 母さんのことは大事だと思ってるよ。唯一の家族だし、こんな大変な環境で僕のことを見捨てずに育ててきてくれたんだから。

 でも、あの一言だけはどうしても受け入れられなかった。


 ——剣士では魔法使いには勝てない、なんてさ。


 母さんは剣を振ることが大好きな息子が、剣を否定されたことで不機嫌になっているとでも思っていることだろう。

 それは間違いではないのだが、正しくもない。だって、剣士は魔法使いに勝つことができるのだから。

 むしろ、逆だ。魔法使いでは剣士に勝つことができない。それが私にとっての……剣王にとっての常識だった。


「二人は、剣士と魔法使いだったらどっちが強いと思う?」


 母さんだけがそう思っているのではないか。

 そんな可能性に縋りたくて、僕はロイドとマリーへと問いかけてみたのだが、二人は僕の質問に対して首を傾げた後、迷うことなく口を開いた。


「剣士と魔法使い?」

「そんなの……」


 果たしてその言葉は……


「「魔法使いに決まってるだろ?」」


 ……やっぱりそうか。まあ、そうだよね。うん。わかってたさ。よくよく〝僕〟の記憶を確認してみたら、それらしい情報はいくらでもあった。

 けどまさか、信じられると思う? 魔法使い如きが、剣士よりも強いなんて誤った常識が罷り通っているなんてさ。


「その認識が不機嫌な理由だよ。剣士はそれほど弱い存在ではないのだぞ」


 そうだ。剣士は弱くない。いや、弱くないのではなく、強いのだ。それこそ、単身で一軍を相手することができるくらいには。最低ラインがそこだ。極めた剣士は、国すら滅ぼすことができる。

 それなのに、みんな剣士は弱いのだと、魔法使いの方が強いのだという。それがたまらなく腹が立ってしょうがない。

 ついつい〝私〟としての言葉が出てしまうくらいには気に入らない。


「そりゃあお前がすごいのはすごいし、剣が好きなのも認めるけどよぉ」

「実際、剣士と魔法使いが戦ったら、魔法使いのところまで辿り着けずに剣士がやられておしまいだろ」


 ロイドもマリーも、呆れたように肩を竦めて言ってくるが、それが間違いだと言うのだ。


「魔法など避ければいい。なんだったら魔法ごと敵を斬ればそれで済む話ではないか」


 なんだったら、波の魔法などなんの対処もせずともやり過ごすことができる。そんなことができる剣士が、弱いわけがないのに。まったく今の者たちは何を勘違いしているのか……。


「避けるってのはまだわかるけど、魔法を斬るなんて無理だろ」

「できる。……以前いた剣王と呼ばれる男は魔法など使われても関係なく、全てを跳ね除けて五度の勝利を掴んだぞ」


 あの頃は、飛んでくる魔法も矢も、全てを切り捨ててただひたすらに前進し続けていた。一歩進んで矢を払い、二歩進んで魔法を切り、三歩進んで敵を穿つ。そうして道を開き、勝利を掴んできたのだ。


「剣王くらい知ってるよ。けど、それっておとぎ話の話だろ?」

「っていうか、剣王って確か七回勝ったんじゃなかったか?」


 そういえば、歴史ではそうなっているんだっけ。実際参加した回数は七度で間違っていないけど、〝私が勝った〟と言えるのは五度のみだ。最初の二度は集団のうちの一人として参加したに過ぎないのだから。


 ……うん。特に、最初の一回はひどかった。それなりに活躍はしたけど、あの頃はまだまだ未熟で、私よりも強い人なんてそこらじゅうにいたんだから。それで十年間努力して二回目の参加でそこそこの結果を出すことができた。


 だから、やっぱり一回目と二回目は私だけの勝利じゃないよね。


「……まあそのあたりはどうでもいいんだ。大事なのは、剣王は剣で魔法を斬っていたということだよ。剣士であっても、魔法使いに対処できない理由にはならない。むしろ、魔法を使おうとしている間に接近して切ってしまえばそれまででしょ」

「それができないからここまで負けてんだろ」

「剣王が死んだ後は急に負け始めたって話だしな」


 それは……そうだね。〝私〟は後がいるから死んでも大丈夫だと思ったけど、実際は大丈夫なんかじゃなかった。

 多分、どこかで間違えていたんだろうね。


 実際、あの当時から間違えていると言うことには気づいてたんだ。それでも、その問題は自分にだけに関わることで、死んでしまえばなんの問題もなくなると、そう思っていた。


 誰も傷つかないように、一人でも多くの人が死なないようにと〝私〟は一人で戦い続けた。けど、その結果がアレだ。

 勝利することが当たり前になり、自分以外の誰かに期待し、自分たちは安全圏から自分たちの楽しみだけを追求する。そんな者が現れる世界になってしまった。

 生きることではなく、他者を虐げることを。

 戦うことではなく、他者を貶めることを。

 助けるためではなく、他者を踏み躙ることを。

 そんなことを求める権力者たちばかりになってしまった。


 そんな世界にしないためには、〝私〟だけではだめだったんだと思う。

 〝私〟がどこで間違えたのかと言ったら、そこだろう。みんなで勝ち続けるべきだったんだ。〝私〟という剣王だけが強い世界ではなく、みんなで一緒に戦い、勝利を勝ち取って作った世界にすべきだった。

 死者は出ただろう。負傷者もより多くなったはずだ。悲しみだって、多くのものが嘆き、涙を流していたのではないだろうか。


 それでも、今よりはいい結果になっていたんじゃないかと思う。

 苦難に向かってみんなで協力して立ち向かい、手を取り合って前を向き、進み続ける。そんな世界に。そしていつかは、魔族に脅かされることのない平和な世界に。


 けど、現実はそうではない。当時の首都まで前線を押されてしまっているみっともない状況だ。これも、あの時に私が間違えた結果だろう。


「……」

「……おい、お前のせいでまたディアスのやつが不機嫌になっちまったじゃねえか」

「いや、それあたしのせいなのか? お前も言ってたじゃねえか」


 けど、そのことについて悩むのは今じゃない。今の〝僕〟は目の前にいるロイドとマリーの相手をしないと。


「ロイド。マリー」

「お、おう!」

「なんだ!」


 二人に対して怒ってるわけじゃないんだから、そんなに過剰に反応しなくてもいいのに。


「二人は剣を習いたいと言っていたよね」

「いや、剣っていうか身体強化……」

「ばか! 今言うことじゃねえだろ! それに身体強化ができても、ほら、あれだよ! その、使い道! 身体強化だけできてもあたし達が使いこなせなかったら意味なんてないんだし、剣を習ってもアリなんじゃないか!?」

「そ、そうだな! この際、剣士を目指すのも良いかもなあ!?」


 うんうん。そうだよね。剣士ってかっこいいし強いし、目指したいよね!


「そうかそうか。二人は剣士を目指すのかー。剣士の道は険しいけど、最後までついてくる覚悟はある?」

「覚悟も何もほとんど強せ——」

「ある! あるったらある! おうおうディアス! あたし達を立派な剣士にしてみろよ!」


 まあ、多少強引だったことは認めるけど、それでも言質を取ることはできた。なら、やってやろうじゃないか。


「よく言ったね。その言葉、忘れないでよ?」


 一人だけが強いのでは意味がない。だから、とりあえず強い剣士を三人にする所から始めようか。

 そうすれば、二人の願いも叶えられるし、僕の悩みも解決できる。いやー、素晴らしい解決方法だね!


「……なあ、もしかしてあたしやっちまったか?」

「強くなれることは強くなれるだろうし、諦めるしかねえだろ」


 大丈夫! 一人で軍を倒せるくらい強くしてあげるから!

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