第7話母と子の食事
森でやることを終えた僕達三人は、それぞれ自分の荷物を持って、普段より早い時間ではあるけれど家に帰ることにした。
街につながっている門を通る際、背負子に肉を積んでいたことで驚かれたが、まあそうなるだろうなとはわかっていた。一応薪と布で隠していたけど、隠し切れるものじゃなかったから当然だ。
なのであらかじめ考えていた言い訳を話して街の入り口を守っている門番に通してもらう。少しできすぎていた話だからか門番に不審がられたけど、元々こんな街の管理なんてあってないようなものなので、特に咎められることもなく通ってくることができた。
けど、咎められなかったと言っても下手に目立てば厄介な者たちが襲ってくる可能性は十分にある。なので、僕達は街に入るなり全力で走ってそれぞれの家に向かった。
敵を倒すのは楽だけど、こうしたことは慣れないな。剣王の経験も意外と使えないものだ。
「母さん、ただいま」
そんなこんなで家に戻ってきたわけだけど、多分今の僕の声は普段よりも相当弾んだものになっていたと思う。
でもそれも仕方ないだろ? だって、そうなるだけの理由があるんだから。
「おかえり、ディアス。怪我はしなかったかしら?」
この間倒れたばかりだからか、母さんは僕が早めに帰ってきたことは疑問には思っていないようだけど、また何かなかったかと心配なようだ。
けど、その心配はもういらないものだ。だって、もうこんな場所で燻っている魔族程度に負けることはないんだから。僕を倒したいんだったら魔王でも連れてこい。なんてね。実際に来られたら困るけどさ。
とにかく、今の所この町で僕を傷つけることができる存在は……全くいないとは言わないけど、限りなく少ないと言っていい状態だ。
だからもう二度と母さんに心配をかけるようなことはないよ。少なくとも、怪我で倒れるなんてことはないはずだから安心してほしい。
もっとも、そんなこと言えるはずがないし、言ったとしても母さんは心配し続けるんだろうけど。
まあいいや。そんなことより、今は今日とってきた獲物についてだ。
「ああ、大丈夫だよ。それよりも、見てよこれ」
そう言いながら、背負子と山菜用の袋に気合いでうまく隠して持って帰ってきた肉を取り出し、母さんの前に差し出した。
「これって……! お肉じゃないっ。……どうしたの、こんなものを……」
驚いたような顔を見せた後、眉を顰めて不安げな様子でこっちを見てきた母さんだけど、もしかしてどこかから盗んできたとか考えたのかな?
まあ今の僕は子供だし、森の奥に行って獣を倒して肉を持って帰ってきた、ってよりは現実的なのかな。
「盗んだとかじゃないから安心してよ。元気になったことをロイドとマリーに証明してたら、ちょっと森の奥の方に行きすぎちゃってさ。そこで逸れたんだと思うけど、偶然頭から穴に落ちて死んでるやつを見つけたんだ。だから三人で山分けさ」
三人で話し合った結果、そういうことにした。自分たちだけ食べるとか、少量を持って帰るとかではなく、できる限り持って帰って堂々とすることで真実を隠そうと考えたのだ。
実際、僕が肉体強化を使って敵を倒したと考えるよりも、偶然死んでいたのを見つけた、と言った方が信じられる話だろう。
これで完璧だ。まあ、この話が使えるのは今回だけなので、次からはどうするか考えなくちゃいけないけど、とりあえず今のところはこの話で逃げ切ることができればそれでいい。
「そう……」
なんて考えていると、肉を受け取った母さんは一旦それを近くに置くと、僕のことをぎゅっ抱きしめた。
「あんまり無茶はしないでね。森の奥なんて、もう行ったらダメよ」
「……うん」
……少し、考えが足りなすぎたみたいだ。
僕にとってはこの程度の森に出る敵なんていないも同然だけど、母さんはそんなことは知らない。つい先日死ぬかもしれないと思った息子がまた危険な場所に踏み込んだとなれば、心配するのは当たり前、なのかもしれない。
心配かけてごめん。でも、僕はやめないよ。だって、ここでやめてしまえば何も変わらないから。母さんを守ることも、人間の世界を守ることも、自分を守ることさえできなくなってしまう。
だから、僕はこれからも心配をかけることをする。
でも、もうちょっと気をつけるよ。次は少しでも心配をかけないで済むように。
「それよりさ、今はこのお肉をどうするか考えようよ。明日までに食べきっちゃわないとダメになるよね……」
「そうね……。ご近所の人たちに分けるのも、それはそれで問題がありそうだし……」
僕が持って帰ってきた肉はそれなりに量がある。僕と母さんの二人で食べるには少し多い。
けど、だからといって近所の人たちに配れば、それはそれで問題がある。あいつには渡したのにうちにはくれないのか、とか、他にも肉があるんだろう。もっとよこせ、とか。そういう問題が。
だから、自分たちだけで食べてしまうのが一番いい。最初から分けなければ、何も言われないんだから。
肉を焼いたら匂いがするが、それも多分問題ない。すでに僕達が肉を持っているのは近所の住人や一部の者たちには知られているだろうし、知らないとしてもすぐに僕達が肉を持っている理由を知ることができる。
隠して持っているから奪われるのだ。奪われた後で、誰のものだと証明することができないから。堂々と持っていれば、それを奪えばすぐにバレることになるので奪われにくくなる。
だからこそ、僕達は少し隠しつつも堂々と肉を持って帰ってきたのだ。
「食べてから考えましょうか。残ったら、その時はその時ね」
「あはは。そうだね。そもそも残らないかもしれないし、それでいっか」
母さんとしては残ったら近所の人に分けるつもりでいるのかもしれないが、悪いけどこの程度の量じゃ残らないよ。
「まあ、ディアスったらこれ全部食べるつもりなの? そんなに食べられるかしら?」
「俺だけじゃなくて母さんもいるでしょ。二人で今日明日使えば、まあ、なんとか食べ切れるんじゃない?」
「私、こんなに食べられるかしら?」
「食べられる時に食べておかないとでしょ。ただでさえ母さん細いんだから」
「そうね……ふふ」
話は聞いたことないけど、多分母さんは元々はどこかのいいところの生まれなんだと思う。
所作が綺麗だし、言葉も丁寧だ。それから、寝室の片隅にある他よりも綺麗な箱。あれは多分、実家にいた時の名残なんじゃないかな。
そんな母さんがどうしてここにいるのかはわからないけど、お嬢様らしく食が細い。食べられる時にできるだけ食べて食い溜めをしておく、なんてことはしない。
それもあってこんなにやつれて病気がちになってるんじゃないかと思っている。
「こんなに食べられるなんて、ここにくる前のことを思い出すわ」
「ここに来る前って、そういえば聞いたことないけど、母さんどっかにいたの?」
「……ええ。ずっとずっと前、あなたが生まれるよりも前に、私はここに来たのよ」
なんて考えていると、ちょうど母さんの出生についての話が出てきた。
どういうつもりだろう? 僕が肉をとってきたことで、一時的にとはいえ飢え死にする恐れがなくなったことで気が緩んだとか?
なんにしても、話すなら聞くけどさ。
「お父様に無理やり結婚させられそうになって、家出しちゃったの。あの時はまだここも人間の領域だったわ。もちろん最前線だということに変わりはなかったけれど、それでも前回の戦王杯で勝ったからこのままいけるぞ、なんて空気に当てられたのかしらね? 私、女で体はそんなに強い方じゃないけれど、それなりに剣が扱えたから、自分ならできる〜、なんて思い上がっていてね、こんなところまで来ちゃった。それで好きな人もできて結婚したんだけれど……その翌年の戦王杯で人間側が負けてしまったの。それで、この場所が奪われて……」
正確なところはわからないけど、やっぱりいいところの出だったんだ。
でも、ここに来た翌年に戦王杯で負けて土地が奪われるとは、災難だったな。
危機管理が甘いと言えばそこまでだが、この場所が昔は人間の世界の中心だったことを考えれば取り戻そうと躍起になるのもわかるし、信じたくなる気持ちがあるのもわかる。
「十年経った今回取り戻したことで、ようやく普通の暮らしができるようになるの。…………長かった」
これは、父親のことは聞かない方がいいか。どうせ、逃げたか死んだか……どのみち碌でもない結果しか聞けないと思うし。
「……十年かぁ。十年後になったら俺は立派な剣士になれてるかな?」
だから、母さんの十年間から、僕の十年後へと話をすり替えることにした。きっと、これ以上話を聞いても楽しいことは聞けないだろうから。
それに、この話自体興味がないわけではないのだ。母さんが剣士だったというのなら、僕だって剣士として活動してもおかしくない土台がある。
というか剣士として活動するつもりだし、世間的にどんな扱いでどう過ごしてきたのか聞きたいところだ。
けど……
「ふふっ、どうかしらね? でも、剣を好きなあなたにこういうのは酷いかもしれないけれど、剣士はあまり目指さない方がいいわ」
「どうして?」
「だって、剣士では魔法使いに勝てないもの」
返ってきたのはそんな意味のわからない言葉だった。
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