第60話 キーパーチャージ
「私より、
県の女子サッカー
君ら二人に比べたら私なんて凡人だから、選ばれなくて当然だと思うん。
ゴトゥーは仕方ないとしても、まだサッカーを始めたばかりの涼にまで抜かされたみたいな気がして悔しいし、正直羨ましい。だから私ももっと頑張んないといけない。涼とゴトゥーに置いていかれないように。
_____
先生は、ゴトゥーと涼が選ばれたことを私が知ったら、ショックを受けると思ったらしいん。
「私が選手を選べるんだったら、西澤も絶対選んでいたよ」
「ありがとうございます」
私は、苦笑いしながらペコッと頭を下げる。
「悔しいかな?」
「……悔しくないって言ったら嘘です」
でも、同時に、そんなもんだなって気もする。
「平気を装ってない?」
ははっと軽く笑う。
「先生、私、中学校時代に1度も公式戦に出れなかったんです。ジュニアユースで私よりずっと下手な男子が普通に試合に出ているところ、どれくらい見たと思いますか」
今でも彼らに負けてるのはフィジカルだけで、テクニックでは負けてないと思ってる。
「その頃の悔しさに比べたら、全然大したことないです。しかも、後藤さんも長谷川さんも、自分より才能があって、選ばれて当然だと思います」
「西澤もすごい才能があると私は思ってるよ。……そうか、ジュニアユースに一時期入ってたんだったっけ。なら、西澤は自分が男だったら良かったって思ってる?」
「あはは、中学校の時はそんなことも思いましたけど、今は、男だったら出会えなかった人たちがいて、できなかった色んな経験もしましたから、女でいいです」
涼に会えて、好きになれたのは、私が男じゃなかったからだ。
多分、男だったら、涼は私のこと好きになってくれなかったし、私も好きにはなっていない。
今の自分たちじゃなきゃ駄目だ。
「西澤、頭を撫でていい? 最近は、勝手にいきなり生徒に触れると体罰になるんだよ」
先生がにっこり笑う。目尻に皺ができる。サッカー部の監督としてだけでなく、言葉のチョイスの仕方が気に入っていて、私は大久保先生をリスペクトしている。
「先生が褒めてくれるんなら、いくらでも撫でて下さい」
先生の手が私の額にすぃっと伸びてくる。
うわっ!撫でるというより、ぐちゃぐちゃにされたんだけど。
「西澤、あの二人が選抜に行ってる間は、後藤の代わりに左の
やった!
前髪を直しながら、先生を見て笑顔になってしまう。キャプテンの原先輩とゴトゥーがいると、私はどうしても
「はい!!」
「そうだ、西澤、ナイショ話を守れるか?長谷川には絶対言っちゃダメだぞ」
黙ってろと言われれば黙ってる方だ。私は。
「何ですか?」
「U17選抜に関わることだ」
_____
涼はもうすぐ1週間合宿に行ってしまう。
その前から、私たちは、夏休みの宿題をどんどんこなして、夏休み後半は遊べるだけ目一杯遊ぼうと約束していた。今日は、練習上がりの土曜日の午後で、涼の家に泊まり掛けで宿題のワークブックに取り組んでいる。数学が苦手な私にはこの宿題の量は、雨の準決勝で負けるより辛いかもしれない。
その日の夕方。
まだ明るいうちに、涼んちの庭に設置されているバスケゴールで1対1でバスケをした。
「どゆこと!?」
私は喚く。だって、全然相手にならない。私、運動はたいてい得意で、バスケだって下手ではない筈なのに、涼と比べたら下手とかいうレベルじゃなかった。もう格が違う。右手しか使わないっていうハンデを付けてもらったのに、全然ボールを持たせてもらえない。たまにボールを持てても、シュートしようと思った次の瞬間にはいつの間にか涼の手にボールが移ってる。どゆこと??
「今日は調子いいから、やれる気がする」
最後に、涼はそう言ってニヤッと笑い、後ろに下がるとボールを持って助走し、ゴールの前で高くジャンプした。
…初めて見た。生のダンクシュート。
もう、カッコ良すぎん?
なんなの、この天才アスリートは。ほんと、色々敵わない。
二人だけでいると、時間が過ぎるのが早い。
もう寝る時間だ。夏休みは日曜日が練習休みなので、明日はゆっくりできるけど、ちゃんと寝ないと週明けの練習に響く。ましてや、涼は合宿があるんだから休まないとダメだ。
でも、すぐに寝てしまうのが勿体なくて眠れない。今、一つの布団の上で向かい合ってる。
色素が薄い涼は、私と違って、余り日に焼けてない。カッコいいだけでなく、キレイな人だと改めて思う。ちょっと見惚れてしまいながら話し掛けた。
「涼、私だって本当は悔しいん」
涼が眉を下げる。
「でも、涼とゴトゥーが選ばれたのはホントに誇らしくもあるん。だから、びっくりするくらい巧くなって帰ってきて」
そう言って励ますと、今度は、涼は少し目を細めた。
「……大好き」
なんで、ここでそんな返事が返って来るの?体がカーッと熱くなる。
「そーいうの、いきなり言わないん……」
「いやあ、つい口から出ちゃった、へへ」
……涼とくっつきたい
好きだと気付いてから、私の中にそんなヨクボウが発生している。
普段はバスの中で手を繋ぐくらい。
練習中はハイタッチをしたり、ふざけて体をぶつけ合ったりする事はよくある。でも、私の求める「くっつきたい」は違う。
試合でのハグとも違う。
涼との隙間をなくしたい。そんな感じ。
どうしたら、そんなことできるのかは分からない。
「うぉわっ」
涼が奇声を上げた。
私がいきなり抱き着いたからだ。でも、抱き着き方がよく分からないので、無理やりしがみついたってだけかも。
顔を涼の顎の下、胸の上にくっつけて、両手を涼の腰の後ろに回して自分に引きつけた。右手は布団と涼の腰の間の狭いところに無理やり突っ込んだ。
涼の体には、固いとこと柔らかいとこがあって、全部が熱い。
私の顎には、涼の胸の膨らみが当たっている。そこは、やばいくらい柔らかい。なんか、すごい。
「あの、えっと。雅…」
涼が戸惑っているのを感じる。
それでも、涼の手が背中と髪に回ったことを感じ取った。涼の手を背中で感じる。
「暑いよ、雅。それに、右腕が潰れちゃうよ」
多分、涼は恥ずかしがっている。
私の前にも付き合っていた恋人がいて、もっと先を進んでいた筈だから、こんなの平気だと思ってたけど違うんだ。
「……離れてほしいん?」
私は、涼のこういう温もりから離れたくない。涼が動揺してるのが分かるけど、やだ、離れたくない。
こんなの初めてだ。ふわふわする。熱に浮かされてるみたいって、こういうことを言うんだと思った。
「じゃ、もうちょっと、このままでいる」
そう言いながらも涼が困っているのが伝わってくる。
鼓動の速さが胸の近くにある頬と顎で感じ取れる。
柔らかな感触の下に、涼の鼓動がある。
でも、右腕が痺れてきた。感覚がなくなってる。
残念だけど、そろそろ諦めるか。
涼の体の下に潜っていた右腕を抜いて、くっついていた上半身を引き離す。くっついていたところが熱かった分、エアコンの冷気がひんやりとした。それと、さああっと右腕に血が回る。
「あはは、涼ってばドキドキしすぎ。心臓がやばいことになってるの丸分かりだったよ」
そう言ってる自分の胸も跳ね続けている。
少しだけだけど、離れたら涼の顔がちゃんと見えた。
やっぱり顔が赤い。
肩が呼吸で少し揺れている。
目蓋が少しだけ落ちていて、唇も少しだけ開いている。
反則じゃん、その顔。
自分の目が涼の唇に釘付けになる。
涼を私のものにしたいん
今度は、顔だけを涼の顔に近付ける。
顔を傾けて、鼻を避けて、
1時間くらいに感じる一瞬
胸の中に何かが溢れて、跳ねるように私は涼から跳び離れて、隣の布団に仰向けになって転がった。
顔がとんでもなく熱くて、両手で顔を隠して、呟いた。
「……あああ、恥ずかし」
信じられなかった。
自分が、自分から誰かにキスをするなんて。
自分がそんなことをする人間だったなんて知らなかった。
「え、ちょっと、今の」
私は顔を手で隠していたけれど、涼が体を起こした気配がしたのは分かる。四つん這いで数歩近寄って、私の体を両手両足で挟むようにして、上から私の顔を見下ろしている。
神妙な、真面目な表情が指の隙間から見える。
「ゴーーーール!」
顔を隠したまま、サッカー中継のアナウンサーを真似てふざける。
「…でしょ。あはは」
「あははじゃないよ、もう」
涼はそう言って、私の顔を隠していた両手を引っぺがした。
涼の顔がはっきりと見える。
段々と近付いてきた。
2度目のキスだ。
そこから先は、何回したのか、もう覚えてない。
『キーパーチャージ』
ゴールキーパーに対する不正なチャージ(体をぶつけるような接触)の反則。今は、そう呼ばないそうです。
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