第22話 ホペイロ

 告白されてしまった




 推しのチームが3ー0と珍しく圧勝できたのは良いけれど、ハセガーから物凄く困った宿題が出た。告白に対する回答については、とりあえず期限はないみたいだから、急がなくてもいいんだと思うけど、やっぱり早く答を出した方がいいんだろうな。


 サッカーかハセガーか、どちらかって言われたら、それはサッカーを取る。

 私はサッカーをハセガーより優先する。それは確かだ。

 でも、ハセガーはそんなことを言ってるわけではない。


 ずっと友達じゃダメなんだろうか。

 それと、なんで自分なんだろうか。

 この二つがぐるぐるする。


 それにハセガーは私とどうなりたいというんだろう。テレビや漫画で見るみたいなお付き合い?

 え、それはなんだか無理。

 ハセガーに限らないけど、そんなんしている自分が想像できない。




 ……だけど、拒否したくない自分もいる。


 中学んとき、同じクラスの男子にお付き合いを申し込まれたときには速攻お断りした、のに。


 拒否したら友達じゃなくなるかもしれないし。

 せっかく仲良くなれて嬉しかったから、友達じゃなくなるのは絶対嫌だ。


 ハセガーの隣にいられなくなるのは、なんか嫌だ。

 私以外の誰かがハセガーの隣にいるのもなんだか嫌だ。

 断ることに対して、嫌だ、が、たくさん浮かぶ。


 ちゃんと考える。




_____




 それから私は、毎晩寝る前にハセガーのことを考えるようになった。

 結論は出ない。



 ハセガーは相変わらず、河川敷でカメラを構えていて、すっかりサッカー部に溶け込んでいる。サッカー部のみんなはハセガーに写真を撮られることに慣れて、ハセガーの存在そのものにも慣れた。


 そうこうしていたら、いつの間にか、ハセガーがマネージャーになる話が浮上した。ハセガーは写真撮影の合間に、あれやこれやと手伝ってくれるようになり、サッカーは分かっていなくとも、元バスケ部だったこともあって、運動部の動きを理解していて、よく気が回るし、フットワークも軽いことが分かった。ハセガーがマネージャーになってくれれば、それはかなりありがたいだろう。私たち、1年生の仕事も減るだろうし。




 でも、私には、ハセガーがマネージャーっていうのに違和感がある。

 ハセガーは、ホペイロではなくて、プレイヤーだと思う。


 ハセガーは、時々一人でサッカーボールで遊んでいるときがある。柔軟体操するように、ボールをからだや膝の周りでぐるんぐるんさせたり、指先に乗せて皿回しのようにくるくるさせるもの得意で、手や指とボールがすぐにくっつくみたいだ。

 ハセガーは、私がリフティングをしていると凄いって褒めてくれるけれど、ハセガーこそ手でボールをさばくのが凄く巧い。


 だから、まだ、ハセガーは本当はバスケをしたいんじゃないかってずっと疑ってる。



 ハセガーはもうバスケは辞めたって言っていて、その理由を、いつか、話したくなったら、私に話してくれるとも言っていた。

 それを私に話してくれるときにハセガーはまた、プレイヤーとして走り出す気がする。




 ハセガーについて、考えること、増えた。


 ちがうな。

 …ハセガーのことばかり考えてる。




_____




 そんなときだったと思う。


 大きな転機が、突然の大波のようにやって来た。



 それは、ちょっとした遊びの筈だった。

 私が居残り練習をしていて、それを見ていたハセガーがとことことゴールポストの中に歩いてきて、真ん中に立ったのだ。

 普通に自然に。

 腕組みして、ちょっと右足に重心を掛けて、顎を少しあげて、なんだか偉そうだった。


「シュートしていいよ、でもわたしにボールぶつけないでね」


 ハセガーとしては、単にゴールキーパー代わりの目安のつもりだったんだと思う。私は、ハセガーに当てないように、ボックスの外から左右にボールを蹴り分ける。突っ立っているキーパーに当てないようにシュートするなんて楽チンだ。

 最初はボールのスピードに驚いていたハセガーだったけれど、すぐに目がボールの速さに慣れたみたいだった。


「ニシザー、キャッチできそうなボールはキャッチしてもいい?」


 お、言ったな。


 私は、スポーツバッグの中に入れっぱなしにしているグローブをハセガーに渡した。もしも、何かあってキーパーをやるときのために買った安物だけど、ないよりはマシだと思ってハセガーに着けてもらう。


「ま、取れるものなら取ってみて、突き指に注意してね」

「あれなら手を当てて止めるくらいはできると思うけどなあ」


 お互い憎まれ口をきいて、相手を煽る。


 グローブを着けたハセガーは、ゴールネットの真ん中に立って、くるっと振り返るように私を見た。

 整っている顔を歪めるように、にやっと挑戦的に笑う。

 それから、ぽんっと両手を合わせるように手を叩いた。

 両腕を羽のように広げて腰を少しだけ落とした。


「さ、来い」


 ハセガーがそう言った次の瞬間、ズームアップしたようにハセガーが大きく見えた。



 大きい…!


 その大きさに背中が冷えた。



 もともと背が高い上に、リーチが長い。

 いかにも試合慣れしているんだろう、ほどよい緊張感と弛緩が伝わってくる。リラックスしている時の方が体は大きく見える。

 普段より大きく見える体躯に、射すくめるような本気の目。


 あれは、おそらくバスケットのディフェンスの構えがもとだ。

 バスケのゴールの前にあんなハセガーがいたら、それを抜いてシュートを決めるのはさぞや大変だったんじゃないか。



 私は、自分の方が緊張して萎縮していたことに気付く。

 それをほぐす意味もあって、まずは、軽く胸元にパス。

 ハセガーはぽんっと両手でキャッチする。

「はは、ウォーミングアップ?」


 次は少し高く。

 ハセガーは両手を上げて簡単にキャッチ。

 もっと高く。

 軽いジャンプで手が届いてしまう。

 私くらいの身長だったら、全力で高く跳ばなければ取れない高さなのに。

 ハセガーはさもないという顔でボールを転がしてきたので、ボールを足元で止めずに、そのまま高く蹴った。

 ゴールネットの一番高いところを狙って。


 そんな少しのタイミングずらしにもハセガーは動じず、膝を曲げてバネにして、跳んだ。

 バスケのリバウンドを取る要領なのか、ジャンプの最高到達点でボールをキャッチした。


「うそ、高い……」


 男子並みのジャンプだ。

 信じられないくらい高い。

 3年生の先輩よりもずっと高い。


 地面すれすれの速いボールこそ苦手だが、ボールを左右に散らしても余裕で手を伸ばしてくる。これは無理だろうと思うと、にゅっと手が延びてくる感じだ。なんだ、この守備範囲の広さ。

 しかも、速いボールへの反応もいい。多分、動体視力がすごく高い。


「ニシザー、わたしとキャッチボールしてないで、ちゃんとシュートの練習しなよー。暗くなっちゃったよ」



 ハセガーはどんなに自分が凄いのか、全く分かってない。


 とんでもないもの見付けたかもしれない。








_____


『ホペイロ』 

用具係のプロフェッショナル

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