第23話 天才的素人 ーかみひとえー(2)

 道具を片付けて、着替えて、帰りのバスにすずまさは乗り込んだ。バスの中には、部活帰りの高校生や駅方面から乗って来た人たちが乗っている。涼と雅は一番後ろの長い座席に並んで座った。

 残り練習の終わり頃から、雅の言葉数が少なくなって、涼は少し不安になっていた。


「ニシザー、どうかした?何かあった? わたしがキーパーもどきしたのが気に入らなかった?」

 涼は不安に感じていることを抑えきれずに口に出す。雅はぱっと顔を上げて、困った顔をしている涼を見る。

「え?何のこと?」

「何って、ニシザー、さっきからおかしいよ。黙ってばっかいる」

「あ、ああ、そうか」

 雅は涼から目を背け、俯いた。


「ハセガー」

「何?何かあった?」



 雅は声を絞り出す。

「……一緒に…」


「一緒に?」



「一緒に、サッカー、やろう」

 一気に吐き出すように雅が思いを告げた。



 涼が一瞬混乱して、沈黙する。そして、口を開ける。


「はぁ?!」

 涼が少し大きな声を出したが、雅は涼から視線を外して下を見たままだ。


「ハセガーなら、いいゴールキーパーになれると思うん」


「なんで?」


「なんで、って聞き返すのは、いつも私の方なのに」

 雅は苦笑いをしながら、ようやく涼を見た。そして言う。


「ハセガーが格好いいからだよ」




 翌日。

 職員室で大久保先生は、雅の言葉に顔をしかめた。

「いや、バスケができたから、キーパーができるって、そんな簡単じゃないでしょ」


 ですよねー

 雅の隣で緊張して直立不動している涼は、心の中で大久保先生に同意する。


「ふだんなら私もそう思います。でも、長谷川さんは違うかもしれないんです」

「違うって、何が違うの?」


「…ゴールの前に立っただけで違いました。見ていただければ分かります。」


 えええ?


「長谷川はどう思うの?」

 大久保先生が涼を見る。

「はいっ、背が高いだけだと思います!」

 その涼の緊張しまくりの答に、大久保先生も雅もぶっと吹き出した。

「西澤、長谷川自身がこう言ってるんだけど」

 疑い深い大久保先生に対して、雅は自信満々で笑いながら言った。

「今日の練習のとき、見てみて下さい」



 そして、いつもの河川敷グラウンドで、練習前に涼にテストが実施されることになった。

「なんで、わたしがキーパーの適性テストを受けるのか、よく分からないんだけど」

 はあーっと涼はため息をつきながら、しゃがんで靴紐を結ぶ。スパイクは持っていないので運動靴だ。滑るかもしれない。

「ごめんごめんハセガー」

 その涼の前に、雅がしゃがみこんで、涼の顔を除き込むようにして、両手を合わせて拝む。

「ニシザーに頼まれたから、テストは受けるけど、落ちても知らないよ」

「落ちたときの話より、受かったときの話がしたいな」

 雅がにっこり笑って言う。その笑顔からは、雅が本気で涼にキーパーができると考えていることが分かり、涼はとまどう。

「それこそ、受かってから考えるよ。なんで、マネージャーをやる話がキーパーやる話になってるんだか」

 涼は立ち上がって、ストレッチを開始する。

 腰の骨がぽきっと鳴った。



 そして、涼はゴールの前に立つ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る