第14話 球転動地(4)
「さっき何を先生に謝ってたん?」
練習後、1年生たちは河川敷グラウンドに残って片付けや整備をしている。1年生は8人いて、
グラウンドに空いた穴を埋めて地面をならしている
「え、謝ってないよ」
きょとんとした顔で涼が答えると、雅がベンチを指差して言う。
「さっき、ベンチのとこで大久保先生にペコペコしてた」
「ペコペコ?」
「こんな感じ」
雅は、直立不動から、ぶんぶんっと2、3回直角に腰を曲げて見せる。
うわあ、わたし、そんな感じで先生と話してたのかと、涼は嫌な顔をする。
「それさ、そのぺこぺこ、わたしが中学ん時いたバスケ部の普通の挨拶だったんだけど」
「……うそ」
そんな雅の反応に、はははっと涼は笑った。この学校の運動部には、そんな風に頭を下げる文化はないらしい。
「ニシザー、一緒に帰れる?」
涼が雅にそう尋ねると、雅は軽く首を振る。
「ちょっとだけ自主練する」
断られてしまって瞬間たじろいだが、涼は食い下がってみる。
「見てっていい?」
「ほんと、物好きだね、ハセガー」
雅がくすりと鼻を鳴らして笑った。
好きなのは物じゃなくて
涼は、そこで思考を停止する。
それ以上は考えちゃ駄目だと思う。
しかし、その視線の先には、雅がいた。
部員で残って居残り練習するのは、雅だけだった。
意欲の問題ではなく、体力の問題らしく、雅と後藤以外の1年生は練習でへとへとで居残りは無理らしい。
「ハセガー、ニシザーとゴトゥーは体力無尽蔵だから……」
「病み上がりだから私も体力は落ちてるんだけど」
涼と同じクラスの子がふらふらになりながら、そう言って手を振ってグラウンドから去って行き、雅の反論は聞き流された。
他の子達も同様だった。受験が終わって、高校生になったばかりで、体力が付いていかないらしい。
「お疲れー」
涼もその子に手を振り返した。
「残念だが、あたしは去る♪」
その涼の視界に、後藤が飛び込んで、そして、三回回って消えていった。こちらは体力はある様子だが、練習する気がないらしい。
「ゴトゥーって、とにかくキャラ立ってるなあ」
踊るように走り去っていく後藤の後ろ姿に涼はシャッターを切りながら、体力が余ってるというより、変なやつすぎて脳の構造が違うんじゃないか、と涼は思った。
「あれは、人間とか女子高生じゃなくて、ああいう生き物だと思ってた方がいいん。サッカーは上手いから、もう、それ以上を求めちゃダメ」
雅は何か後藤に対して達観しているようだった。
4月の終わりの夕暮れ、日はだいぶ長くなってきたが、もう30分もしたら暗くなる。
雅はゴールネットの前からボールを蹴る。ペナルティキックを蹴る位置からだ。
ゴールの左上を狙っているらしく、何回蹴ってもネットの同じようなところにボールが刺さる。雅の正確なキックに涼は驚いていた。
同じところで同じように蹴ってくれるので写真は撮りやすい。でも、辺りは暗くなり始めていて、これでは露出が足りなくて写真も暗くなってしまう。撮影はそろそろ諦める時間だ。
雅が真剣な顔で、ネットの内側周辺に転がっているボールを集めてかごに入れているところを撮る。
終わりかな、と思うと、また雅は同じようにボールを蹴り始めた。
さっきと違うのは、ボールが曲がることだ。
「ええ?自分で曲げられるの?」
回転をかければボールは真っすぐに飛ばずに曲がる。
でも、足でそれができるとは涼は知らなかった。
同じように回転し、同じような場所に落ちるように。
当然100%は無理だが、雅がそういう精密な蹴りを目指して練習を重ねているのは涼にも分かった。
涼も、昔、フリースローを何本も何本も打った
同じ放物線をなぞるように
取り組んでいるスポーツは違っても、上達したいという思いは同じなんだな、と雅は思う。
「あ」
雅が失敗し、ボールがゴールの横に転がっていく。
「いいよ、わたしが拾うに行くから。ニシザーは練習してな」
涼は、そう言って転がっていくボールを追って走った。
ボールを拾い上げると、そのまま、地面に打ち付ける。
たいんっと音がして跳ねる。
また、地面に打ち付けて、そのまま軽くドリブルをする。
たぃんたぃんたぃん、とリズムを取るような音が河川敷に響く。
ボール小さいけど。
なんか、懐かしい。
ドリブルをしたのは何ヵ月振りかな。
そのままドリブルをしながら、涼は軽く走った。
コートではなくて地面なので、思うようにボールが跳ねない。
でも、楽しい。
「ニシザー!」
そして、涼は声を掛けてから雅の足元にボールを転がす。
「ナイスパス!」
雅は、そのボールを拾わず、そのままゴールに蹴り込んだ。
ボールがネットを揺らした。
「ナイスゴール」
涼は、雅に向けて親指を立てた。すると、たたたっと雅が駆け寄って来て、両手を挙げ、涼にハイタッチを求めてきたので、そのままぱーんという音を立ててハイタッチする。
「今、いいところに転がってきたから、思わずシュートしちゃった」
手がひりひりしたらしく、両手を振りながら雅が笑う。
「ハセガー、また、練習付き合ってよ。一人より気が楽」
「練習、見られてるのは嫌じゃないの?」
涼が尋ねると雅は首を傾げる。嫌かどうか、考えているらしい。
「ハセガーなら嫌じゃないから、好きなだけ練習してるとこ見てて」
にかっと雅が笑った。
絶対、今、顔が赤くなってる。涼は手を暑くなった頬に当てた。
そろそろ暗くなってきてて良かったと涼は思った。
一緒にボールを片付けながら、涼は雅に話し掛けた。
「じゃあ、今度さ、わたし、壁やってあげるよ」
「壁?」
「壁じゃなくて、えっとキーパー。キーパーみたいにゴールの前に立つから、わたしを避けてゴール決めて」
「ボール当たると痛いよ」
やめとけと雅は言いたげだ。
「わたしにボール当てずに、ゴール決めるくらい、ニシザーなら簡単でしょ?」
涼は雅を煽ってみる。
「…ボール当たっても泣かないでよ」
雅がため息をつきながら言う。
「じゃあ、また、今度ね」
籠を河川敷から土手の上に持ち上げ、部室倉庫までゴロゴロ転がしていく。
だんだん辺りは暗くなっていく。
「…ハセガー、聞いていい?」
雅が珍しく、涼に話し掛ける。
「なんで、私に興味を持ったん?」
なんでだろ?
涼にも、よく分からない。
大きな目とちょっと広いおでこ
笑うと弓形になる目が可愛いところ
相手を気遣って話すところ
ボールを追いかけると目の色が変わるところ
それは関心を持った理由ではなくて、涼にとって、雅の好きなところだ。
「んん……一目惚れ、みたいな?」
涼がそう呟くと、雅が躓いて、ボールの入っている籠が倒れた。
「ニシザー、何やってんの?!」
「い、いや、ハセガーが変なこというから」
暗い中、二人は慌ててたくさんのボールを拾い集めることになった。
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