第16話 オフ・ザ・ボール
入部早々やらかした捻挫は、自分ではとっくに治っていたつもりなんだけど、なかなかお医者様の許可が出ず、4月の下旬に差し掛かって、ようやく走れるようになった。
待ち遠しかった。
サッカーを見てるだけだなんて私には耐えられない!
朝練にも出るようになったので、ハセガーと一緒のバス通学が終わってしまったことだけは残念だった。そしたら、ハセガーはカメラを持って河川敷に来てくれるようになって、私たちのコミュニケーションは無事に続いている。
「サッカー部と写真部の顧問の先生がいいって言ったよ」
なぜかハセガーは胸を張って、自慢気に言う。サッカー部の写真をこっそり撮るのではなく、しっかり撮影許可を取ってきたんだと。
「で、何を撮るの?」
「え、…ニシザーだよ」
何当たり前のこと聞いてんの、という調子でハセガーが言うけれど、それを聞いて私は焦る。
「本気だったん!それ、先生たちにも言ったんん!?」
屈託なく、ハセガーはにっこり笑って、うん、っと頷いた。うわああ、ってなった。
「でも、ニシザーだけじゃなくって、サッカー部の皆さんも撮らせてもらいたいと思ってるよ。今は、まだ全然下手クソだけど、もしも、上手に撮れるようになったら、ニシザーの写真じゃなくてサッカー部の写真で、秋の県高校生写真コンクールに応募したい」
へえ、って感心した。私の写真なんて言うから、どうかしてるわ、と思ってたけど、それは訂正しようか。
「あ、でもね、ニシザーの写真は、個人の楽しみだから」
どうかしてるわ!
練習中に、河川敷のベンチでカメラを構えているハセガーを振り返った。カメラとグラウンドを見比べている。ちょっとだけ口を尖らせているのは、思ったようなのが撮れないからなんだろうなと思う。
座っていても、背中がスッと伸びている。体幹も強そうだ。
やっぱりアスリートだと思う。
写真を撮ることが悪いとは思わないけれど、ハセガーは本当は撮る側ではなくて、スポーツをする側なんだろうと思ってしまう。
本当は走りたいんじゃないん?
でも、それを口に出してしまったら、ハセガーを傷つけてしまう気がする。
_____
捻挫が治ってから、久しぶりに居残り練習することにした。
ずっとボールを蹴っていなかったら、前よりキックの精度が落ちているような気がして落ち着かない。
最後にボールの入ったカゴを一つだけ残してもらって、暗くなるまで練習することにした。
約2週間のブランク。
少しだけ軸に違和感があって、自分のイメージするところと、実際のボールが届くところが少しだけズレている感じがして気持ち悪い。
ペナルティキックを、全て同じところへ、同じ回転を掛けるイメージで。全く同じようにボールを蹴ることはできないけれど、同じようなボールを何度でも蹴ることはできる筈だ。
足元のボールの位置を直していると、カシャンというシャッターの音がして、ハセガーが私の写真を撮っていたことを思い出した。
「ちょっと露出が足りないかー」
露出ってなんだ?えっちな格好でもしろってことだろうか。
あ、また、少しだけ口が尖ってる。面白い。
後で教えてもらったけれど、露出が足りないって、光が足りなくて写真が暗くなってしまうことだった。裸でサッカーやれって意味じゃなくて良かった。
なんて、馬鹿なことを考えていたらミスキック。
ボールがネットの向こう側へと転がっていく。
「いいよ、わたしが拾うに行くから。ニシザーは練習してな」
ハセガーがそう言って転がっていくボールを追って走って行ってくれた。その後ろ姿を目で追う。軽く走ってるだけだけど、足が長い分ストライドが広くて、多分、全力疾走したら相当速そう。
拾い上げたボールを地面に何度か打ちつけると、ハセガーはバスケのドリブルをしながら軽く走り出した。辺りを軽く回る。
カメラを構えているときより、顔が楽しそうに見える。
やっぱり、今でもバスケが好きなん?
少なくとも、サッカーや私なんかの写真を撮ってるより好きだよね。
心の中でそう尋ねる。
「ニシザー!」
ハセガーは満面の笑顔で私の向かって、そのボールをバスケの要領でパスしてきた。ハセガーの両手からボールが飛び出して、グラウンダーのボールになって私に届く。
トラップしようか、と思ったけれど、いい位置に来たから、そのままボレーシュートしてゴールネットに叩き込んだ。
「ナイスゴール!」
ハセガーがそれを見てウィンクして親指を立てる。
ウィンクも上手だ。かっこいい。
なんだかすごく嬉しい。
なんだろ
私はハセガーに駆け寄って、ぱーんっと大きな音を立ててハイタッチする。
「ハセガー、また、練習付き合ってよ。一人より気が楽」
「練習、見られてるのは嫌じゃないの?」
嫌じゃないのかと尋ねられて、変なこと言っちゃったことに気付いた。中学校の時はずっと一人で練習してたから、どうやら、誰かがいて、パスしてくれたのが嬉しくなっちゃったみたい。
練習付き合ってほしいというより、一緒にいてほしいな、って感じなんだけど、それを口にするのは、ちょっとかなり恥ずかしい。
「ハセガーなら嫌じゃないから、好きなだけ練習してるとこ見てて」
照れ笑いしながら、素直に甘えてみた。
ハセガーは、分かったと呟くみたいに答えてくれて、私は安心する。
辺りは暗くなってきていて、そろそろボールを片付けて帰る時間だと気付いた。
ハセガーはボール集めと、ボールの入ったキャスター付きの籠を運ぶのを手伝ってくれた。帰るのが遅くなっちゃって悪いなって思う。でも、ハセガーは嫌な顔をしていない。
本当はバスケをしたいんだろうに。
なぜ、こんな時間になるまで練習に付き合ってくれたり、私なんかの写真を撮ったりするん?
「…ハセガー、聞いていい?なんで、私に興味を持ったん?」
ハセガーの足が止まり、視線があちこちと動く。
何かを考えている。
「んん……一目惚れ、みたいな?」
胸が跳ねた。
ついでに躓いた。
そしたら、ボールの入った籠が、景気のいい音を立てて倒れた。
「ニシザー、何やってんの?!」
「い、いや、ハセガーが変なこというから」
暗い中、慌ててボールを拾い集めることになったんは、私のせいだけじゃないと思うんだ。
______
『オフ・ザ・ボール』
試合中にボールを持っていないとき。
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