第12話 球転動地(2)
サッカー部撮影初日の
そもそも、サッカー部ってどんな練習するんだろう?
大体30人弱の部員たちが集まって、軽くミーティングをすると、準備運動やストレッチをして、下半身の訓練を中心とした基礎の体力トレーニングを行っていた。その時間は涼が思うより長い。なかなかボールが出てこない。
滑りそうな土や芝生の上で、全力ダッシュしたかと思うとぎゅんっと曲がる。土ぼこりが舞う。
サイドステップなら涼も得意だ。でも、土の上だとどうだろう?
涼の体がむずむずする。
分かっている。本当は、涼だって見ているより動いている方が好きなのだ。
そう、涼は、分かっていて、敢えて動かないことを選んでいる。
カメラは、自分が動かないで見ていることを正当化する手段であり、拘束具だ。
涼は、カメラを持つことで、動き出しそうな体を抑えている。
そのうち、雅と後藤がキャッチボールをするみたいにボールを互いに蹴り合ってパスをし始めた。
雅と後藤だけでなく、全員が適当にコンビを組んで蹴り合っている。
涼は、サッカーはドが付く素人だが、その涼から見ても、1年生の中で、雅と後藤、その二人だけが飛び抜けて巧いことが分かった。上級生にひけを取らないくらい、二人で軽々とボールのやり取りをしていた。変なところに転がらないし、まず、ボールを受け損ねることがない。
少し遠いかなと思いながら、ベンチから土手に移動して、雅の顔が見える位置を陣取る。
それからカメラを構えて、ズームレンズを伸ばして、雅の顔が大きく見えるようにした。
お、楽しそう。
ここ半月くらい捻挫で練習できなかった雅が、練習に復帰して、確か、まだ2、3日。
雅がボールを蹴るのをどんなに楽しみにしていたか、涼は知っている。
それにしても、雅はよく動く。当たり前だが、ちっとも大人しくしていてくれないので、涼にしてみれば、ピントを合わせるのが難しい。
オートフォーカスにしてしまえば楽なのは分かる。
でも、どうせなら、自分でピントを、焦点を合わせたい。
ようやく、雅の顔にピントが合った。
ファインダーの中で雅が笑っている。
楽しそうだ。
シャッターを切った。
しかし、瞳は怖いくらい、ぎらぎらしていることに気付く。
初めて見るボールを追う雅は、まだ付き合いの浅い涼が見たことのない
シャン、シャンと涼はシャッターを切り続けた。
サッカーをしているときの
前髪も全部後ろで縛っているが、そんなに長い髪ではないので、ポニーテールにならず、チョンマゲみたいになっている。広めのおでこが丸見えで、いつも以上に目が大きく見える。
その目を爛々とさせてボールを追っていた。
試合形式の練習が始まると、雅が本領を発揮し始めた。
雅は、ピッチの右側をボールを蹴りながら走っていく。右サイドでゴールに向かって攻撃を仕掛けていく、それが右ウィングというポジションだと雅は言っていた。
器用に足で小刻みにボールを蹴って、追い付いて、また蹴って、走っていく。
もともと俊足なのだろう。うまくはまったときには、普通に走っている選手よりも速い。
「何あれ、凄い」
走る
走る
走る
しかし、流石は先輩たちで、雅のそんな真っ直ぐすぎるドリブルの隙を突き出す。雅からボールを奪おうと左右前後から襲ってくる。
「一本調子すぎるよ、ニシザー」
涼は拳を握りしめる。
速い、速いけれど、素直すぎる。まっすぐ直線的にゴールに向かう。雅の向かう場所が分かっているから襲いやすいのだ。
フェイントを掛けるとか、何か、何か技があるだろう。
と涼は雅を心配していたのだが、当の雅は、足から滑り込んでボールを奪おうとした先輩をふわっとジャンプして空中で避け、避けたかと思うと左側、フィールドの中央へとボールを蹴り上げた。
「なーいす♪」
軽い声がして、雅の蹴ったボールを後藤が軽く足で受け取った。
後藤もドリブルで追ってきていた先輩を俊足で振り切って行く。後藤は、ボールを持っていない時はあんなに変なのに、ボールを持つとスゴい。足捌きが独特で、ぬるぬるした感じで先輩たちを避け、先輩たちは後藤からボールを奪うことができない。
それから後藤がボールをゴール方向に蹴るが、ゴールネットに届く前に、先輩にボールを横から獲られる形でシュートは防がれた。
「おおう」
後藤ががっかりと膝をつき、その向こうで雅も苦笑いしながら足を止めて肩をすくめた。
ああ、そうか自分でゴールするとは限らないんだ。
パスすればいい、自分でできないことは仲間ができれば構わないんだった。
腕でボールを投げても思い通りの場所にボールを運ぶことは難しい。
それを足で、ボールを蹴りながら、これだけの距離を運んでいく。
つい、バスケと比べてしまいながらも、女子高生のサッカーは女子高生のサッカーで面白そうだと思う。
この間、雅と一緒に見たプロの男子と比べると、高校生の女子だから不器用で未熟なのだろうけれど、そこが不安定要素になっていて先が見えない。面白い。
その中で、やっぱり雅が涼の目を引く。
「ニシザー、思ってたより、ずっとスゴいじゃん!」
後藤と肘を突っ付き合いながら元いた立ち位置に戻っていく雅を涼は目で追う。
土手の上にいる涼に気付いた雅が手を振り、後藤が腰を振った。
ぶっと吹き出す涼だった。
「あなたが写真部の物好きな1年生かな?」
後ろから声がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます