三章 まめな依頼者

3-1

 アイナが一晩工房に泊った夜から五日後。

 良く晴れた日であったが、キルトは工房に籠って金属製の機巧人間であるムネヒサの修理に傾注していた。

 部品の調達は叶わず部品の替えが利かない状況にはキルトも頭を悩ませている。

 背中部分を開いて配線と電子基盤を剥き出した状態でうつ伏せになっているムネヒサを見下ろしながら思案に暮れていた時、工房の出入り口の戸が外からノックされた。


 ムネヒサから離れて出入り口を開けると、亜麻色の髪を束ね華やかさの欠けた藤色のワンピースを着た見覚えの微かにある女性が立っていた。

 こんにちは、と言って礼儀正しく会釈する。

 キルトは女性の事をすぐに思い出せず眉間に皺を寄せてじっと顔を見つめた。


「見たことある顔だな」

「この間、依頼に来たヨーカ・ウルシダよ。ムネヒサの修理は進んでる?」


 女性が名乗ったところでキルトはようやく思い出した。

 確かムネヒサの依頼者だ。


「ムネヒサは今修理してるところだ、見てくか?」

「見てもいいかしら?」

「構わん。見たいなら入れ」


 驚くヨーカに告げて、キルトは工房の中に引き返した。

 ヨーカはキルトの後に続き工房に入る。

 毛布の上に伏せるムネヒサを見て表情を緩めた。


「良かった。以前とすり替えられてないみたいね」

「人をなんだと思ってるんだ」


 ヨーカのふと出た言葉に、キルトは心外げに言い返した。

 違うの、というようにヨーカは顔の前で両手を振る。


「あなたを疑ってるわけじゃないの。ただ金属製の機巧人間はほんとうだったら違反だから、金属部分を回収されたんじゃないかって心配してたの」


 思いっきり疑ってるじゃないか、とキルトは反発の気持ちはあったが、ヨーカが本気でムネヒサのことを案じているのを感じて棘を収めることにした。


「回収されないと思って俺に修理を頼んだんだろ?」

「そうよ」

「なら、信じてくれ。ムネヒサは一部分さえ無くさずに絶対に返す」

「そうなの。わかったわ」


 ヨーカはキルトの真剣な顔つきを見て納得した。

 ムネヒサに視線を戻し、開かれた背中部分を凝視する。


「ムネヒサが悪いのは背中?」

「正確に言うと内側の配線だな。命令を読み取る処理装置が劣化で機能しなくなっている」

「じゃあ、その装置を直せば」


 希望を見出した声を出すヨーカへキルトは首を横に振る。


「そう簡単にはいかない。単なる故障なら直せるが劣化となると元通りに出来ない。完全に修理するには同型の部品を揃えないといけないからな」

「では、修理は……」

「気を落とすな。完全に、と言っただけだ」


 キルトは励ますように付け足した。

 要領を得ない顔になるヨーカからムネヒサに目を移す。


「ある程度までは直せる。劣化した金属部分を木製に変えることで、ムネヒサの履行できる命令の短縮は招くが、簡単な命令ならば履行できるほどには直せるかもしれない」

「えっと、命令の短縮って?」

「金属製に比べて木製は一秒間に処理できる命令文が少ないんだ。金属製と同じ命令文を施しても処理に時間を要してしまい動作に入るまで遅くなる」

「今までできていたことが出来なくなるんですか?」

「木製の機巧人間は見たことあるだろ?」

「はい。お店とかで働いてる」

「それらは客からの注文を聞いて案内や商品を運んだりすることしか出来ない。しかし金属製ならば踊ったり走ったり、それこそ従順な一兵士として戦線に立てる」

「長い命令文を処理できるからそんなことが可能なのね?」

「そうだ。だから単調な動きしか出来なくなるかもしれない、それでもいいなら劣化した部品に改造を加えて交換する」

「そうすればムネヒサはちゃんと返ってきますか?」

「ああ、少し不器用にはなるが動く状態で絶対に返す」


 キルトは約束した。

 依頼を受けた以上、責任は負わなければならない。受けた後でやっぱり出来ないと反故にするのは、修理工としての矜持と信用を失うことにもなる。

 キルトの覚悟を受け取り、ヨーカは微笑を返した。


「そこまで言ってくださるなんて。ムネヒサをお願いします」

「任せろ」

「あとどれぐらい修理は掛かりそうなの?」

「五日は欲しい」

「わかったわ。それまで待ってます」


 信頼した口ぶりで言い、毛布の上のムネヒサに一時の別れを告げるように笑顔で手を振った。

 ヨーカが踵を返して出入り口の戸に手を伸ばしたところで、出入り口が外から勝手に開いた。


「きゃっ」

「ふえ?」


 ヨーカは突如目の前で開かれた出入り口の外に立つ小柄な少女に、思わず驚きの声を漏らした。

 一方で少女は襤褸服の裾を容器の形に捲り上げて赤い実を抱えた格好で、初対面のヨーカを不思議そうな目で見上げている。

 無言でヨーカと襤褸服を着たアイナが見つめ合っていると、ヨーカの肩越しからキルトが顔を覗かせる

 キルトに気が付いたアイナが弾けるように笑った。


「お兄さん」

「アイナ。また来たのか」


 キルトの工房に泊まってからアイナは毎日のように染料を襤褸服で抱えては工房へ遊びに来ている。

 この日も近頃の例に漏れず赤い実を土産に工房を訪れたのだ。


「お兄さん。赤い実」

「また獲ってきたのか。今すぐ必要ってことはないが、まああって損はないな」

「あの……」


 ヨーカが肩越しに言葉を交わすキルトとアイナの間で困惑の目を往復させた。


「えっと、お兄さん?」


 迷った挙句、キルトに視線を定めて問いかけた。

 違うぞ、とキルトは否定する。


「俺はお兄さんじゃない。そいつが勝手に呼んでるだけだ」


 説明しながらアイナを顎で示す。

 ヨーカはアイナへ顔を向ける。


「えっと、君は?」

「ふえ?」


 アイナは首を傾げた。

 だがヨーカとしばらく見つめ合うと、ぱあっと花咲くような笑顔を満面に浮かべた。


「お兄さんと同じ!」

「どういうことなの?」

「お姉さん。お兄さんと同じ」

「お姉さんって私の事?」


 当惑するヨーカにアイナが悪意のない視線を注いでいる。


「アイナ。退いてあげろ」


 キルトは出入り口で立ち往生しているヨーカを見かねてアイナへ告げた。

 しかしアイナはキルトを見返したまま退こうとはしない。

 はあ、とため息を着いてからキルトはヨーカに向き直る。


「アイナを先に入れてくれ」

「あ、はい」


 キルトの頼みを聞き入れてヨーカが出入り口の脇に退く。

 アイナは工房に入ってきてキルトに歩み寄った。

 籠の代わりのように襤褸服の捲り上げた裾を押し出す。


「お兄さんにあげる」


 キルトは暖炉の傍に置いてある空のバケツを手に取り、アイナが収穫した赤い実を急いでバケツに移した。

 アイナが襤褸服の裾から手を離す。


「お兄さん、遊ぼ」

「昨日も言ったが俺は仕事があるんだ。お前の相手をしている暇はない」

「ここ面白い」

「だからまた来たのか。俺は遊び相手になってやれないのに」

「今日、赤い実たくさん獲れた」

「たくさん獲れたとしても遊んではやらないぞ」

「アイナ。ここにいる」

「勝手にしろ。だが、くれぐれも俺の仕事の邪魔だけはしないでくれ」


 アイナは作業台の椅子に座り、キルトはムネヒサの横に屈みこんだ。

 出入り口で置き去られたヨーカが、アイナをちらりと見てからキルトに話しかける。


「あの子はどういった関係の子ども?」


 尋ねられたキルトは意味が解せぬように間抜けな面になる。


「どういった関係?」

「あなたのお子さん?」

「それはない」

「では、どういう?」


 繰り返し問いかけて気掛かりそうにアイナを一瞥する。

 ヨーカの不安げな様子からキルトは金属製の機巧人間を見られたことを心配しているのだと推測し、大丈夫だと答えた。


「アイナは金属製の所有が違反だなんてわかってないだろう。それに話し相手も俺ぐらいしかいないようだしな」


 キルトの軽口めいた返答を聞いてもヨーカは腑に落ちない顔をする。


「あなたの身内じゃないの?」

「身内に見えるのか?」


 ヨーカはアイナの容姿をじっくりと眺めた。

 やはり身内には見えないらしく、表情に不安げな色を再び浮かべる。


「見えないわ」

「身内じゃないからな」

「それじゃ一体、どういう関係の子なのよ?」


 今日まで一度もされたことのない問いかけを今日だけで二度もされてキルトは腕を組んで考え始める。

 たまたま森で出会い、遊びたいと言われて仕方なく付き合い、面白いと気に入られて勝手に工房へ来るようになった――

 なんだこの関係性、と改めて思い返してからキルトは呆れに似た思いを抱いた。


「自分でもわからない」

「え、わからないの?」

「ああ、わからない。成り行きで現状に至る。しいて関係性を表わすなら顔見知りだな」

「顔見知り、なのね」


 キルトの答えに納得いかない様子でヨーカがアイナを見る。

 アイナが視線に気が付き、一瞬不思議そうにしてから笑顔を返した。

 ヨーカはキルトに顔を戻す。


「人に噂を広めたりしなさそうな子ね」

「しないというか相手がいないだろう。友達がいたら俺のとこなんか来ないはずだ」

「とにかく。見られても大丈夫そう」

「そう思っておいてくれると助かる。わざわざ来たアイナを外へ放り出すのも悪いからな」


 あれ、という顔でヨーカがキルトの顔を見つめる。


「もしかして、あなたって優しい人?」

「優しくなんかない。実害を受けていないのにこちら側から害を与えることは普通しないだろ」

「でも、あの子は身内じゃないんのよね?」

「ああ、身内じゃない」

「身内でもない他人の子なら普通は追い出すと思いますけど」

「……こんな話、もうやめないか?」


 キルトは疲れた声で言って、ムネヒサを指し示す。


「仕事の話ならいいが、それ以外の話は控えてくれ」

「やめろ、とは言わないのね」

「何が言いたい?」

「いえ。ムネヒサの状態が見られたから私は帰るわ」


 問いかけには答えず、ヨーカは愛想の良い微笑を返して工房を出ていった。

 キルトは疑わしそうな目でヨーカの去っていった出入り口を凝視する。

 妙なことばかりを聞く依頼者だな――。


「お兄さん。仕事」


 アイナが急かすように呟いた。

 依頼者の言動を気にしている場合ではないか。

 キルトは思考をムネヒサの事に移し、修理作業を再開した

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