2-5

 軒を連ねる商店に、道幅の広い通りを進む幌付きの馬車。

 道路の真ん中を通っていった馬車を、キルトの引く荷車の台に乗っていたアイナが追いかけるように指さす。


「お兄さん。あれは?」

「馬車だ。中に人が乗ってる」


 荷車を引きながらキルトが答える。

 森から工房までの帰り道をずっと着いてきたアイナを追い返す気になれなかったキルトは、結局街への外出にアイナを連れていくことにした。

 機工人間に紙芝居を読ませる大道芸人の前で集まる子供たちの後ろを通り過ぎる。

 アイナは荷台の手すりから身を乗り出して、先ほど通り過ぎた大道芸人を指差した。


「お兄さん。あれは?」

「見世物だ。見た後にお金をせびられるから行っちゃダメだぞ」


 キルトとアイナの横を睦まじく肩を寄せ合う男女が横切る。


「さっきのは?」

「男と女だ。二人の世界に浸っているから邪魔しちゃダメだぞ」


 荷車の横を涙で濡らした顔を両手で覆った若い女性が走り過ぎていく、その女性の後から手を伸ばして待ってくれーと叫びながら同年齢ぐらいの男性が追いかけていった。

 アイナは遠ざかる男性の背中を見つめる。


「あれは?」

「痴情のもつれだ……説明は控えさせてもらう」


 横切る物一つ一つに関して質問されてキルトは面倒になった。


「ほへー。ちじょのこすれ」

「……」


 アイナの聞き違いを訂正するのも面倒だった。

 街のあらゆるものに対して抱くアイナの好奇心に、キルトは気乗りせずも答えてあげながら得意先の機工人間の部品専門店へ荷車を進める。


「お兄さん。どこ行くの?」

「仕事で寄るところがあるんだ」

「どんなところ?」

「言ってもわからないだろう」

「面白い?」

「面白くはない」

「なんだぁ」


 アイナは行き先に興味を失って往来に視線を戻した

 しばらく一方的な問答を繰り返していると目的の店に到着する。

キルトは入り口の傍で荷車を停めてアイナを振り返った。


「どうする。店の中入るか?」

「大きいね」

「何がだ?」

「ここ」


 アイナが店の二階にある窓を指差した。

 キルトは建物の大きさを言っているのだと察し、アイナと同じ方向を見る。


「そうだな。大きいな」

「アイナ。入ってみたい」


 言葉とは裏腹に語尾が微かに震えていた。

 キルトは億劫げに眉を顰める。


「何にでも興味を持つな。説明するこっちの身にもなってくれ」

「入ってみたい、けどなんか……」


 呟きながら頼みの綱であるかのようにキルトの作業服の裾を強く掴んだ。

 キルトにもようやくアイナの抱く感情が単なる好奇心でないことを察する。


「もしかして怖いのか?」

「ふえ?」


 理解できない顔つきでアイナがキルトを見返す。

「怖いのかって訊いてるんだが?」

「……なにそれ。わかんない」


 アイナはとぼけた風でもなく首を横に振った。

 キルトの知ってるアイナとは思えない反応だったが、怖がっているのを隠していると見做して気にすることなく話を戻す。


「それで、店の中に入るのか?」

「お兄さん一緒なら」


 そう答えて服を掴む力を強くした。

 アイナの住む場所には大きい建物が無いのかも知れない、とキルトは考え、わざと安心させるように服を掴むアイナの腕を軽く叩く。


「一人で中に入らせるわけないだろ。破けるから手を退かしてくれ」


 アイナは黙って頷き服から手を離した。

 身動きしやすくなったキルトは作業服の内ポケットから剥き出しで仕舞っている紙幣を五枚取り出す。

 ムネヒサの修理用に金属製の部品を調達したかったが、現在の所持金で購入できるか際どいところだ。


「まあ、いいか」


 とりあえず部品があるかどうかだけ下見しておこう、と考え直して紙幣を仕舞う。


「アイナ。行くぞ」


 促されてアイナが荷台を降りる。

 アイナは店の中へ入ろうと歩き出したキルトへ身体を寄せた。


「お兄さん」

「勝手に他の場所へ行かれても困るからな。目の届くところにいてくれ」


 慣れない場所に恐れを見せるアイナに告げると、キルトはアイナを連れて店の入り口を潜った。

 店内に入ると、店の端から端まで横一列に長いカウンターがあり、カウンターの内側には作業服を着たレジ係の量産型の機工人間が十機全く同じ顔を並べている。

 左端から二列目までは他の客がレジ係の機工人間の問いかけに答えながら買い物をしており、キルトは三列目のカウンターに向かった。


『いらっしゃいませ。こちらをどうぞ』


 レジ係がキルトを認識すると、横長の浅緑色をした注文票と鉛筆を差し出す。

 注文票には購入する部品の種類、メーカー、希望金額などの項目があり、マークシート方式で記入して返すことでレジ係が店の奥にいる人間へ注文票を渡し、条件に合った商品を人間が揃えレジ係が運んできてくれる形式になっている。

 キルトは注文票に記入しようとしてやめた。

 民間用に出回っていない金属製がマークシートの欄にあるわけがない。

 注文票を待つレジ係へ視線を向ける。


「店の人を」

『かしこまりました』


 キルトの声を聞いたレジ係が店の奥へと去っていった。

 アイナはレジ係の言動を怪訝そうに見つめており、レジ係がいなくなってからキルトの服の袖を引っ張る。


「お兄さん」

「ん、なんだ?」

「ここってどんなところ?」

「どんなところ、か」


 キルトは上手い説明を考えた。

 だがアイナでも理解できるような説明は思いつかず自信なく答える。


「ええと、そうだな。機工人間の部品を取り扱っている店だ。けどお前に言ってもよくわからんだろ」

「わかんない」

「わかる必要はないから安心しろ」


 短く告げた時、レジ係が戻ってきた。

 レジ係の隣に背丈は低いががっちりとした身体つきの男性店員も随伴しており、この店には珍しい子どもであるアイナをちらと見てから、呼び出したキルトへ煩わしげな視線を向ける。


「なんだ。イチャモンでもつける気か?」

「そういうわけじゃない。マークシートにはない部品を探しているんだ」

「どんな部品だよ?」

「金属製だ。入ってきてないか?」


 キルトは尋ねると男性店員は嘲るように鼻で笑った。


「入ってくるわけないだろ。金属製が民間に出回らなくなって何年経ったと思ってんだ。金属は特殊な事情以外全て軍に供出するのがルールなんだからよ」

「そうか。そうだよな」


 もしかしたら、という考えは持たない方が良いとキルトは思った。

 民間に金属製の機工人間が出回らないほど金属が希少になっているのに、部品だけ出回っているわけがなかった。

 キルトが諦めを感じていると、男性店員が疑るような目を向けてきた。


「お前。なんで金属製の部品なんか欲しがってるんだ?」

「……個人用の機工人間に金属製の部品を組み込みたかったんだ。しかし、無いなら諦めて木製を買う」


 咄嗟に思い付いた言い訳を返したキルトを男性店員はまじまじと見つめた。

 キルトに怪しむべきところは見つからなかったのか、男性店員の目に同情が浮かぶ。


「まあ、気持ちはわかる。金属の方が丈夫で長持ちだからな」

「さすがにこの店の店員だな。話がわかる」

「褒めてるのかそれは?」

「どちらかと言えば褒めてるな」

「なんだそれ。で、どこの部品が欲しいんだ」

「腕の関節部分を頼む」

「はいよ。すぐ、持ってくる」


 男性店員が注文された部品を取りにバックヤードへ消えていった

 疑いを免れてキルトは内心で安堵した。

 金属製の機巧人間の修理が目的だと勘付かれていたら、軍部に通報されていたかもしれない。言い訳を思いつくまでは冷や汗ものだった。

 部品を取りに行っていた男性店員が両腕に部品を入った箱を抱えて戻ってくる。


「これだな?」

「ああ。持ってきてもらってすまない」

「金属製はこの先も出回らないだろうからな。呼び出すんじゃねえぞ」

「ほんとうに申し訳ない」

「ほら、代金」

「これでいいか?」


 キルトはカウンターの台の上に紙幣を三枚置いた。

 男性店員は目で枚数を確認してから紙幣を受け取る。


「丁度だな。まいどあり」


 支払い金額の受け取りが済むと、キルトは部品の入った箱を両腕に抱え持ち作業服の裾をアイナに掴まれたまま店を出た。

 店の外で買った箱を荷台に積んだところでアイナがキルトに向かって口を開く。


「お兄さん。これが仕事?」

「これは仕事の下準備だ。本来の仕事はさっき買った機巧人間の部品を交換したり直したりすることだ。それよりアイナそろそろ手を離してくれないか?」


 答えながら箱が荷台から落ちないよう縄で固定する。

 アイナは手を離してから部品の入った箱とキルトを交互に見て、最後はキルトへ視線を戻した。


「機巧人間って、なに?」

「さっきカウンターで接客していたのがそうだ。俺はあれを直す仕事をしてるんだ」

「ふへー。すごいね」


 心から感心した声をあげる。

 別にすごくはない、とキルトは無表情に返した。


「それより荷台に乗るなら乗ってくれ。工房へ帰って修理の続きをしたいんだ」

「乗るー」


 キルトに促されてアイナが上機嫌に荷台に乗った。


「きちんと手すりに掴まってるんだぞ」


 安全のために言ってから荷車を引いて歩き出した。

 店に来る時に見た風景だがアイナは楽しそうに眺める。


「お兄さん」

「なんだ?」


 背中側の荷台から話しかけられてキルトは声だけで訊き返した。


「面白いね」

「なにがだ?」

「街が」

「そうか。面白いか」


 通い慣れたキルトは街を面白いと感じたことなどない。

 それでも街に来たことがないアイナにとっては全てが新鮮で、わからないものだらけでも面白いのだろう。

 アイナが素直な好奇心を見せてくれることに、キルトは少しながら愉快な可笑しみを感じないでもなかった。

 その時、急に左から追うようにして近づいてくる者があった。


「荷車を引く方。ちょっと失礼。」


 青年っぽい濁りのない声にキルトは足を止めた。

 声の方を向くと、くすんだ稲のような色の軍服を纏った純朴そうな青年が歩み寄ってきており、腰に提げた細剣を揺らしながら青年軍人がキルトの傍で立ち止まった。


「あなたにお尋ねしたいことがあるんです」

「なんだ?」


 足止めされたキルトは不愛想に質問を促した。

 青年軍人は武器を佩いていることを笠に着ず物腰低くキルトに対する。


「さきほど、機工人間の部品を扱う店でお買い物なさいませんでした?」

「したが、それが何か?」


 言葉を返しながらキルトの胸に懸念が湧いた。

 あの男性店員が俺に疑惑を持ったのか?

あの店員、疑うそぶりを見せず共感だけ見せるとんだ狸だ。


「聞いた話では、金属製の機工人間の部品をお買い求めになろうとしていたそうですが。金属製の部品が必要な理由が何かあるんですか?」

「金属の方が丈夫で長持ちなのは知ってるだろう?」


 問いかけに問いかけで返す。

 ええ、と青年軍人が肯定するとキルトはわざと苦笑した。


「個人利用の機工人間を金属製の部品に交換したかったんだ。あの店は品揃えが豊富だから金属製の部品も取り扱ってるんじゃないかと思ってな」


 さりげなく店を褒める言葉を入れて答えた。

 青年軍人が相槌を打ちながら聞き、わかりましたと頷く。


「そういう理由なら問題ありません。金属製の部品も市場に出回っているものに関しては取引可能ですから」

「結局、木製の部品を買ったが」


 疑いを完全に晴らすため荷台に載せた箱を掌で示す。

 青年軍人は念のためか箱の中身を確認するために荷台に近づいた。

アイナが避けるように荷台の隅に移動するのを横目に見てから、箱を固定している縄を解き箱一つを開けて中身を覗く。


「木製の部品で間違いありませんね」

「もう行っていいか?」

「はい。お呼び止めすみませんでした」


 本当にすまなさそうな苦笑いを浮かべて青年軍人は荷台から降りると、来た方向へ踵を返した。

 青年軍人が去りアイナがもとの位置に戻ると、キルトは青年軍人が閉め忘れれていった箱を閉めて縄で固定し直す。


「あんまり人から逃げるような行動するんじゃないぞ。後ろ暗いことがあるのだと怪しまれるかもしれん」


 箱を軽く揺らして荷台から落ちないか確かめながらアイナに注意を与える。

 わかった、とアイナは素直に頷いた。


「動き出すからちゃんと手すり持てよ」


 わざわざ親切に言ってから荷車を引き始め、街の出口へ向かった。

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