第49話

「塩野くん、こんにちは。」


「おう。」


屋上に先に来ていた絃葉と軽く挨拶を交わして、有翔はいつもの場所に座り込んだ。


「機嫌良さそうだね。」


「バレた?」


「だって、口角上がってるもん。」


有翔は機嫌を顔を見ただけで理解されて、若干の恥ずかしさを感じる。


「なにかいい事でもあったの?」


「いい事というか、ちょっとストレスの発散をね。」


「塩野くん、ストレスとは無縁そうな感じなのに、発散とかするんだ。」


「色々あったんだよ。」


「へぇ、色々ね。」


曖昧な返答を繰り返す有翔に怪訝な表情を浮かべる絃葉。そして、ごくごく自然な流れでお互いお弁当のおかずを交換する。


食事もそこそこに談笑に花を咲かせる有翔と絃葉。そして、絃葉はふと有翔の足を見るとあることに気がついた。


「ねぇ、今日はスリッパを履いてるけど、いつもの上履きはどうしたの?」


「あっ...」


絃葉に言われて有翔は思い出した。足達をストレス発散に使って機嫌の良かった有翔は、上履きのことをすっかりと忘れてしまっていた。


「えっと...これは...」


有翔は必死に誤魔化そうと良いセリフを考えるが何も思い浮かばない。その間も絃葉は、何も言わず有翔の言葉を待っている。


「もしかして、無くしちゃったの?」


「あ、うん。実はそうなんだよね。ちゃんと下駄箱に入れたはずなんだけどなぁ。」


有翔は、あはは...と苦笑いを浮かべて絃葉の言葉に同意した。


「もう。学校指定の上履きくらいしっかり管理しないとダメだよ。また買うのにもお金かかるんでしょ。」


「でも、悪いのは俺だし甘んじて受け入れるよ。」


これで、この話は終わりを迎えた。ただ、絃葉は有翔に、誤魔化されてあげたし、有翔も上手く誤魔化されてくれたことを分かっている。


それに、絃葉は上履きが誰かに取られたと勘づいていることも有翔は理解している。


それでも、絃葉が有翔と距離を取ることをしないのは、こんな時は真っ先に距離を置こうとする有翔が、絃葉に誤魔化したり取り繕ったりして、絃葉と顔を合わせ続けるからだ。


そして、予鈴のチャイムがなるまで談笑して解散し、その日は顔を合わせることは無かった。



「あの、永澄さん。ちょっと良い?」


放課後、帰ってからやることの多い絃葉は、さっさと荷物を纏めているところで、知らない男子に声をかけられた。


「別に大丈夫だけど...誰?」


「俺、隣のクラスの足達って言うんだけど、良かったらこの後一緒に帰らない?」


「ごめんね。私、急いでるから。」


絃葉は、申し訳なさそうに断りを入れて教室を出て行った。足達も流石に絃葉を引き止めるようなことはせず、絃葉の背中を眺めていた。


有翔の助言通り絃葉に話しかけた足達は、あっさりと絃葉に振られてしまい、有翔に対して理不尽に怒りを貯めた。

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