第44話

自業自得とはいえ花凜に手を繋ぐことを拒否された有翔は、手持ち無沙汰でいると突然、館内にアナウンスが流れた。


『本日は、水族館をご利用いただき誠にありがとうございます。本日の十六時よりイルカショーを行います。本日最後の公演となりますので、ご興味がおありの方は是非お越しくださいませ。繰り返します...』


女性が淡々と流したアナウンスにあったイルカショーという単語は、花凜の興味を強く惹いた。


「おねーちゃん!おにーちゃん!かりん、イルカショー見たい!」


「そうだね。イルカショー見に行こっか。私もイルカショーは見たいしね。」


花凜に上目遣いで可愛くおねだりされ、絃葉はイルカショーを見ることに同意を示し、有翔は首を縦に振った。


「やったー!」


「塩野くん、今何時かな?」


有翔は、ポケットからスマホを取り出して時間を見た。


「えっと、今は十五時三十分だね。時間は少し早いけど、ギリギリに行くと座れなくなりそうだし、もう向かった方が良いかもね。」


「そうだね。アナウンスもあったから、皆一斉に動くだろうし、その方が良さそうだね。」


絃葉の言った通り他の客も動き出したので、その人の波に飲まれないよう、有翔たちも人波に沿ってイルカショーが行われる会場に向かった。


そして、会場に着くと人がぞろぞろと入り始めて、座席の半分程度が埋まっていた。


「どこに座るのがいいかな?」


「かりん、前の方が良い!」


「前の方は辞めといた方がいいと思うよ。」


絃葉がどこに座るのが良いか聞くと、花凜が元気よく答えた。しかし、それを有翔が否定する。


「そうだね。前の方は辞めておいた方がいいね。服が濡れると困るもんね。」


「花凜ちゃんも、着替えを持ってないし、濡れたくないでしょ。」


「うーん、それはやだ。」


絃葉が同意をして、有翔が花凜に説明をすると、花凜は前でイルカショーが見たい好奇心と服が濡れることを天秤にかけて、はっきりと嫌だと言った。


なので、イルカショーによる水しぶきで濡れないであろうギリギリのあたりで三人並んで座った。


「花凜ちゃんは、イルカのこと知ってるの?」


「知ってるよ。この前テレビで見たもん。いるかさんの鳴き声が可愛いんだよ。」


「へー、イルカの鳴き声ってどんな感じなの?」


有翔が、イルカの鳴き声について聞くと、花凜は有翔に向かってキュイキュイとテレビで聞いたイルカの鳴き声の真似をしてみせた。


「可愛いね。」


「花凜がね。」


絃葉が、有翔に付け足すようにボソッと呟いた。しかし、有翔はそれを聞かなかった振りをして花凜の頭を撫でた。


「それじゃあ、イルカは魚類、イワシたち魚の仲間じゃ無くて哺乳類だって知ってる?」


「ほにゅうるい?」


「哺乳類っていうのはわんちゃんとか猫ちゃんと一緒の仲間だよ。」


言葉足らずの有翔に絃葉に補足を入れる。


「海の中にいるのにわんちゃんと同じなの?」


「そうだよ。生き物って面白いでしょ。」


「よくわかんない。」


「そっか。難しい話しちゃったね。」


花凜には難しい話だったらしい。だが、会場に着いてからショーが始まるまでの暇つぶしはできた。舞台袖からスタッフが出てきた。


「花凜も塩野くんも、そろそろ始まるみたいだから静かにね。」


花凜と有翔は、前を向いてイルカショーが始まるのを待った。

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