第42話

「あっ!かりんあれの名前知ってるよ!」


花凜がとある生き物のいる水槽の前で立ち止まった。


「この前テレビで見たんだよ。くらげさんだよね。かわいい!」


「花凜ちゃんは物知りですごいね。」


残念ながら有翔にくらげが可愛いという感性はりかいできなかったが、頭を突き出して撫でられ待ちをしている花凜の頭を、存分に撫でてあげた。


「くらげ可愛い。」


絃葉がボソリと呟いたかと思うと、花凜を連れてクラゲのいる水槽に近づいて食い入るように見始めた。


有翔は、そんな二人の後ろ姿をバレないようにそっと写真に収めた。そして、特に興味の無い有翔は、ぼーっと水槽から戻ってくるのを待った。


「お待たせ。それじゃあ進もっか。」


くらげの水槽から戻ってきた二人と先に進むと、アーチ状の水槽に囲まれた通路に入った。


「おねーちゃん、おにーちゃん。すごいよ!お魚さんいっぱい!」


すごい!すごい!とはしゃぐ花凜を、危ないと宥める絃葉。その横で有翔は、


「海の中で、魚たちと優雅なひと時を過ごしているみたいだ。」


という感覚に浸っていた。しかし、あまり立ち止まると他の通行人の迷惑になるので歩いていると、当然その通路を抜けてしまう。


「あぁ、もう終わっちゃった。」


と、有翔が残念がっていると、


「だんごむしさんがいる!」


途端に、花凜が楽しそうに声を上げた。有翔と絃葉が花凜が指を指している方向に視線を向けた。有翔は特に何も感じなかったが、絃葉は、ふいっと目を背けた。


「あれは、ダイオウグソクムシっていう魚?でダンゴムシじゃないんだよ。」


「だんごむしじゃないんだ。」


有翔が、ダンゴムシではないことを伝えると、花凜は残念がった。絃葉はと言うとダイオウグソクムシから目を逸らし続けている。


確かに、普段は小さいからまだ愛嬌のあるダンゴムシもこの大きさにまでなると、女子が嫌悪感を抱くのも無理はない。


「花凜ちゃんは、ダイオウグソクムシをかわいいって思う?」


「あんまり。」


「じゃあ、もっと先に進もうか。永澄さん、次行くよ。」


有翔が居心地の悪そうな絃葉の為に、ダイオウグソクムシの見えない場所に移動しようと絃葉の手を引いた。


「ありがとね。ダイオウグソクムシだっけ?ちょっと生理的に受け付けない見た目してたから、助かったよ。」


「あれは、仕方ないんじゃない?俺でもちょっと気持ち悪いなぁって思うくらいだしね。」


有翔が言うと、絃葉は意外そうに目を丸くした。


「そうなんだ。珍しいね。花凜は平気そうだったけど。」


「まあ、虫とか大好きな年頃だから、別に普通なんじゃないかな?」


「そんなものかな?」


「そんなものだよ。きっとね。」


そして、花凜がまた興味を示す魚が現れるまで道なりに歩き続ける。

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