第41話

さらに、奥へと進むと花凜のお目当てである魚のいる水槽が出てきた。


「あ、花凜ちゃん見て。」


その水槽を指さして花凜の視線に視線を向けさせる。


「なに?」


「あのお魚さんたちがイワシだよ。」


有翔が、伝えた瞬間、


「いわし!」


と、少し大きい声を出して、イワシの泳ぐ水槽まで有翔と絃葉の手を引っ張って走った。


「すごいいっぱいいる。!」


「これが、イワシの群れだよ。」


「いわしのむれすごい!」


目の前に広がる初めて尽くしの光景に花凜は、水槽に穴があきそうなほど、じっとイワシたちを見つめる。


「おにーちゃんの言ってたみたいにキラキラしててすごい。」


これ程、喜んでくれるならイワシを花凜に勧めた有翔は、さぞ鼻が高いことだろう。心做しイワシたちも嬉しそうにしているのは気の所為ではないかもしれない。


「可愛い。」


はしゃぐ花凜を後ろで眺めながら有翔は、ボソッと呟いた。


「せっかくなんだから花凜ばっかり見てないで、イワシを見ないと勿体ないよ。」


しかし、喧騒に消えていくと思った呟きを、絃葉はしっかりと耳で捉えていた。そして、花凜の隣から有翔の隣へと下がった。


「どうして聞こえてるんだよ。聞こえないように小声で言ったつもりなんだけど...」


「私って耳良いんだよね。」


胸を張って自慢気に言う絃葉は、


「それよりも、花凜も言ってるけど鱗がキラキラしてて綺麗だから、見た方が良いよ。」


続けて言った。


「俺には、イワシの鱗なんかよりもキラキラした物が見えてるから問題ない。」


「問題しか無いよ。一回だけでもお医者さんに脳みそ見てもらったらどう?」


イワシに夢中な花凜に釘付けの有翔には、絃葉の表情が見えていない。


「またまた、心臓に悪い冗談は辞めてよ。」


「大丈夫。二割くらいは冗談だよ。」


「え?八割は真剣ってこと?それって大丈夫じゃ無くない?」


有翔は、恐る恐る絃葉の顔を伺うと、その表情は真剣そのもので、冗談二割というのも疑わしく思えた。


「ごめんね。花凜のことで塩野くんが気持ち悪くなるのはいつもの事だけど、さっきのはちょっと酷かったから思わずね。」


「ごめんなさい。以後気をつけます。」


花凜のことで気持ち悪くなっている自覚のある有翔も、絃葉に直接言われると精神的にくるものがあり、素直に謝ることにした。


「それに、他に人もいっぱい居るからね。考えるだけにしてくれたら良いんだよ。」


「はい。わかりました。」


絃葉に叱られて有翔が、反省していると絃葉が隣にいないと気づいた花凜が、二人の元に戻って来た。


「なんのお話してたの?」


「ん?塩野くんは花凜のことが大好きだねってお話してたんだよ。」


「かりんもおにーちゃんだいすきだよ。」


同級生に叱られたことにより、少し元気を無くしていた有翔は、花凜の一言によりみるみるうちに元気を取り戻した。


「ありがとね。お兄ちゃんも大好きだよ。」


有翔は今にでも、花凜を抱きしめてあげたい衝動に駆られたが、先の反省を生かし頭を撫でるだけに留めた。傍から見ても仲の良い兄妹にしか見えない。


「もう、イワシは見なくてもいいの?」


「まだ!おにーちゃんも一緒に見よ。」


「しょうがないなぁ。」


そこには、口元が緩みっぱなしの高校生の姿があったとか無かったとか。

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