第37話

有翔の日曜日はいつもと同じように、花凜に会いに行くところから始まる。いつもと同じ時間に、絃葉の家のインターフォンを押すと、家の中から花凜が飛び出して来た。


「おっと。」


花凜が、有翔に勢いよく飛びつき、有翔は花凜を丁寧に受け止める。


「おにーちゃん。久しぶり!」


「久しぶりだね。元気にしてた?」


花凜の笑顔につられて、有翔の口元も緩み笑顔がこぼれる。


「うん。元気だったよ。」


「それは良かった。」


「塩野くん。今日も来てくれてありがと。」


遅れて家の中から絃葉が出てきた。


「俺が、花凜ちゃんに会いたいから来てるだけだって言ってるのに。」


絃葉と、会話をしている視界の端で花凜が、キョロキョロと何かを探しているのを見つけた。


「花凜ちゃん、どうしたの?」


そして、有翔は花凜と同じ目線まで屈んで聞いた。


「侑季おねーちゃんは?今日はいないの?」


花凜が、見るからにしょぼんとして寂しそうに言った。有翔は、思っているよりも侑季に懐いているんだなと驚いた。


それもそのはず、つい一週間前まで、花凜は侑季に怯えていたのをよく知っているからだ。


「あ、それは私も気になってたんだ。」


「侑季は、予定が入っちゃったらしくて、今日は来られないらしい。だからごめんねって侑季が言ってたよ。」


「そうなんだ。」


更に落ち込む花凜を見て有翔は、心苦しくなる。


「水戸南さん、今日来られないんだね。相談したいことあったのに...」


そのすぐ側で有翔に聞こえないようボソッと言った。


「ん?相談したいことって?」


「え?あ、いや...何でもないよ。塩野くんには関係の無いこと。」


しかし、有翔は珍しくそれを聞き取った。絃葉は、聞かれたことに焦ってしまう。


「そうなんだ。来週は来られるみたいだからその時でいいんじゃない?」


「そうだね。そうさせてもらおうかな。」


さすがの有翔も、絃葉が何か隠したいことが有るんじゃないかと気がついているが、自分も同じように隠していることが有るので、深く詮索しようとはしない。


「おにーちゃん、早く遊びいこ?」


いつの間にか復活していた花凜が、服の裾を引っ張って甘えたように言った。


「それなんだけど、花凜ちゃんはどこか行きたいところは無い?」


「えっと、じゃあ...水族館行きたい!」


花凜は、少し考えた後元気よく言った。


「よし!水族館だね。直ぐに行こう。」


有翔は、花凜の行きたいところを聞くや否や立ち上がって、すぐさま出発しようとした。


「ちょっと待って!ほんとに今から行くつもりなの?」


しかし、絃葉はそれを止める。絃葉に止められた有翔は踏み出した足を引っ込めた。


「当然、今から行くつもりだけど?何か問題でも?」


「問題大有りだよ。今から行っても水族館にいられる時間は短いし、何よりも水戸南さんいないけど、悲しむんじゃない?」


水族館に行きたくて仕方の無い花凜と有翔を至極真っ当な意見で止めようとする絃葉。


「おねーちゃんは行きたくないの?」


「永澄さんが行きたくないなら二人で行ってくるよ。ね、花凜ちゃん。」


しかし、絃葉も花凜には弱いことを知っている有翔は、全力で花凜に同調する。


「行きたいのは行きたいけど、水戸南さんがいない時に行くのは、流石に良くないんじゃないのって。」


「まあまあ、花凜ちゃんも行きたがってるし、侑季には俺から言っておくから、しっかり怒られて来るからさ。それに、また今度四人で何処かに行けば良いだけだって。」


「そ、そうかな。」


有翔必死の説得により、絃葉の気持ちはかなり揺らいでいる。あと一押しで水族館行きを認めてもらえそうだ。


「かりんは、おねーちゃんと一緒に水族館行きたいな。」


「はぁ、今からお母さんに許可もらってくるからちょっと待っててね。」


結局、花凜のおねだりが決め手となり絃葉から、水族館に行く許可がおりた。そして、絃葉は花凜を連れて家の中に消えて行った。


待つこと約五分。絃葉と花凜が家から出てきた。


「お母さんから許可もらって来たよ。」


「おねーちゃん、おにーちゃん。早く行くよ!」


花凜が、絃葉と有翔の間に入って二人と手を繋ぐ。そして、花凜の要望通り水族館に向けて出発した。

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