第36話

思いの外話し合いが長引いてしまって、絃葉を待たせているので急いで階段を駆け上がり屋上の扉を開いた。


「お、やっと来た。早くこっちおいで。」


ガチャッと扉が開く音がなり、絃葉は音の方を向いて有翔を手招きして呼び寄せた。


「遅くなっちゃってごめん。」


「全然大丈夫だよ。でも、待ちくたびれちゃって先にお弁当食べちゃった。」


絃葉が、両手を広げて弁当がないことをアピールする。その真正面に座って有翔は自分の弁当を広げ始める。


「それで、どうして遅れちゃったの?」


当然避けて通れぬ質問が、有翔に向けられた。しかし、有翔は、ここに来るまでの数分で言い訳を考えておいたのだ。


「ちょっと、先生から手伝いを頼まれて...それに付き合ってたんだよ。すぐ終わるって言うから手伝いますって言ったのに、全然すぐに終わらなかったんだ。」


有翔は、さっきのことを隠し通すと決めた。絃葉はきっと、自分のせいだ。と、罪悪感を感じることになるだろうからだ。


「へぇ。そうなんだ。」


何かに勘づいたような含みのある返答に有翔は戸惑う。


「あれ?それだけ?」


これでは、何かいいたくないことが有ると白状したようなものだ。


「じゃあ、何か隠してるでしょって聞いた方が良かった?」


「な、何も隠してなんていないって、いやほんとに。」


「その言葉信じて良いんだよね。」


絃葉は、有翔の目を真っ直ぐに見つめて逃げることを許さない。


「信じてくれて大丈夫だ。」


有翔は、嘘を嘘と突き通し続けると覚悟を持って断言した。


「そんなに、断言されちゃったら信じないわけにいかないよね。」


「ありがとう。」


有翔は、絃葉の信用を裏切らない為にも、これから何かあった時には自分でなんとかしなければならないと自分に言い聞かせた。


いつもより、少し早く解散した後絃葉は、教室で窓の外を眺めながら五時間目の開始を待っていた。その時、


「あ、あの、永澄さん。ちょっといいですか?」


「うん?大丈夫だけど、どうかしたの?」


クラスメイトが久しぶりに話しかけてきたと思ったら、どこか不穏な空気を纏っていることに絃葉は気づいた。


「昼休みに隣のクラスから、永澄さんが男子と一緒の傘で帰ったのを見たって聞こえてきたんですけど...本当のことですか?」


いい加減同級生だというのに敬語で話しかけてくる事に、ウンザリしながらも丁寧に対応する。


「本当だけど、それがどうかしたの?」


「いえ、少し気になったものですから。」


「そうなの?じゃあ、ちょっと考え事したいから...教えてくれてありがとね。」


「あ...いえ...」


絃葉に話し掛けたクラスメイトは、どうしてお礼を言われたのか分からないまま、絃葉から距離を取った。


「やっぱり嘘だったね。ほんと塩野くんは嘘が下手なんだから。」


静かな教室の中ですら、誰をききとれないほど小さく呟いた。その表情には信用を裏切られた悲しみよりも、どうして教えてくれなかったのかという疑問が渦巻いている。


「今度水戸南さんに相談してみようかな。」


有翔にとっての唯一の救いは、有翔から話してくれるまでは、何も聞かないというスタンスを取ってくれそうなことだけになった。




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