第34話

「もう着いちゃったね。塩野くん、傘入れてくれてありがとね。」


無事に有翔は絃葉を家に送り届けることに成功した。


「こちらこそ。いい思いをさせてもらいました。」


有翔は心にも無いことを言った。


「そんなこと思ってないでしょ。こういう時は面倒臭いなって思うのが塩野くんじゃない。」


しかし、どうしてまだ出会ってそんなに経っていないのに考えていることが読まれてしまうのか、有翔は不思議でならない。


「まぁ、面倒臭いって思うけど、他の男子が見たら発狂しそうなくらいの美味しい思いをさせられてる気持ちはある。」


「とにかくありがとね。助かったよ。また明日。」


「また明日。」


絃葉が屋根の下に入るのを見届けてから、背を向けて歩き出した時、


「塩野くん、ちょっと待って!」


絃葉が有翔を呼び止めた。焦った感じで呼び止められたことで、何事かと有翔は足を止めて振り返って絃葉に近寄った。


「そんなに焦ってどうしたの?」


「その左肩濡れてるじゃん。」


有翔はできれば絃葉にバレたくなかったことを指摘されて


「あー。」


と、曖昧に返事をした。


「あー、じゃないよ。もしかしなくても私が濡れないように、私の方に傘を寄せてたんでしょ。」


「別にいいだろ。そんな細かいことは...」


「良くないよ。風邪ひいたらどうするの?」


有翔は気にする必要は無いと伝えたつもりだったが、絃葉は有翔を心配してならない。


「風邪ひくぞって俺の母ちゃんかよ。」


「そんなこと言ってないで、うちでシャワーでも浴びて行って。」


有翔渾身のツッコミは普通にスルーされ、少し落ち込んでいると絃葉は、とんでもないことを口走った。


「いや、ほんとに気にしなくて大丈夫だから。ちょっと落ち着いて。」


「あ、ごめんね。でも、風邪ひいちゃったら大変だよ。」


絃葉は、落ち着きを取り戻したが、やはり有翔か が風邪をひかないか心配らしい。


「それじゃあ、もしも俺が風邪をひいて学校を休むことになったら、看病しに来てよ。」


「それは、全然喜んでやらせてもらうけど...」


有翔も中々ぶっ飛んだことを言ってそれを了承するも絃葉はまだ納得しない。


「男は女子の前でカッコつけたくなるだけだ。ってことで納得してくれ。」


「ふふっ。何それ。」


「それに、帰ったらすぐシャワーを浴びるって約束するから。」


「それを約束してくれるのなら、私ももう気にしないことにする。」


「是非そうしてくれ。」


そうして有翔と絃葉はひとしきり笑いあった。


「やっぱり塩野くんは変わってるよ。普通あんなこと言わないもん。」


「うるせぇほっとけ。」


カラカラと笑う絃葉に見つめられて照れてしまう有翔。それを悟られないようにここから離れようと言った。


「今度こそまた明日。」


「うん。また明日ね。風邪ひいちゃダメだよ。」


「わかってるよ。」


それだけ言って今度こそ有翔は自分の家に向けて歩き出した。


「風邪ひくのも悪くないかもな。」


絃葉の家が見えなくなってから言った有翔の呟きは、依然強くなる雨の音に掻き消された。

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