第33話

有翔にとっては長い長い授業が終わり靴を履き替えて意気揚々と雨降る中下校しようと、校舎を出ようとしたとき、その視界に屋根の下で立ち尽くしている絃葉を見つけた。


しかし、何やら面倒なことになりそうだと感じた有翔は、絃葉を見なかったことにして立ち去ろうとした瞬間、絃葉と目が合ってしまった。


「あ、塩野くん。」


声をかけられてしまった以上無視して走り去る訳にもいかず渋々立ち止まる。


「あれ?永澄さんも今から帰るところだった?」


さも今来たかのように誤魔化そうと画策する有翔。


「あれ?たった今可愛い可愛い女の子を見捨てて帰ろうとした塩野くんはどこかな?」


しかし、いつもの如く誤魔化されてくれたりなどするはずも無く、有翔は観念して普通に会話を始める。


「永澄さんは、傘を忘れちゃったの?」


「そうなんだ。だからどうしようかなって思ってたところにちょうど塩野くんが来たんだよね。そしたら、私のこと見えてるはずなのに無視して帰ろうとするからびっくりしちゃった。」


さすがは絃葉と言うべきか有翔にチクチクと言葉て刺すのも忘れない。その度に有翔は顔を顰めるが怒っている訳ではなく申し訳なくは思っているのだ。


「無視して帰る云々は置いておいて、取り敢えずこの傘使って帰ればいいよ。」


そう言って手に持っている傘を絃葉に差し出す。


「いや、それだと塩野くん帰れなくなっちゃうよ。」


しかし、当然絃葉は目の前に差し出された傘に手を伸ばさない。


「でも、これくらいしか方法無いだろ?」


本気で言っていそうな有翔に絃葉は驚きの表情を向ける。


「私と塩野くんでその傘に入れば全て解決すると思うんだけど...」


他の男子達が聞いたら泣いて喜びそうな台詞も有翔は


「えー。」


と、不満そうな声を上げる。


「何がそんなに嫌なの?」


「だって、色々ありそうじゃない?」


「色々って?」


「学校の男子と女子からのやっかみ的な?」


万が一絃葉と相合傘をして帰っているところを見られると、面倒臭いことになることを危惧している。だが、それは絃葉には理解できないようで


「そんなことある訳ないじゃん。ドラマの見すぎだって。」


と、それを一蹴した。


「ほら、傘さして帰るよ。」


納得はしていないが帰らない訳にもいかないので、有翔が傘を開くと絃葉はなんの抵抗もなく普通に傘に入った。


しばらく歩いていると、有翔が小さくため息をついた。絃葉はそのため息の理由を理解して呆れて言った。


「まだ、気にしてるの?」


絃葉の言うとうり有翔はまだ、男子と女子からやっかみを受けるかもしれないことを気にしている。


「永澄さんは自分の人気に自覚がないからそんなこと言えるんだよ。同学年の男子はほとんど永澄さんのことが好きなんじゃないか?と思うほどだからな。」


「そんなにかな?私男子とはあんまりはなしたことないよ?」


「男ってのは馬鹿ばっかりだし、特に高校生なんて外見で好きだ嫌いだと決めることが大体だから、そうなったら永澄さんが一番人気になるでしょ。」


それでも絃葉はよく分からないといった表情を浮かべている。とはいえ当事者に理解出来ないのも無理はないと、有翔は思った。


「まあ、何かあったら私に言ってよ。何とかしてあげるからさ。」


絃葉からなんとも頼もしい言葉を貰ったが、有翔は絃葉が一番相談しずらい相手だとも思った。


「ああ。もしもの時はそうする。」


これで一先ずこの件の話し合いは終わった。

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