第25話

家に着くと早速絃葉が料理に取り掛かった。侑季と会って生じた遅れを取り戻そうと少し急いでいるように見える。


そのため、花凛と一緒にテレビを見ていた有翔が


「何か手伝おうか?」


と、一緒に作業しようと提案した。


「ありがと。気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ。」


しかし、絃葉はその提案を拒否した。


「じゃあ、かりんがお手伝いするー!」


「あら、ほんとに。お願いしようかな。」


有翔の隣に座って大人しくしていた花凛が、絃葉に許可をもらった途端急に立ち上がり台所に歩いて行った。


有翔の事など忘れたかの様に楽しく料理をしている絃葉と花凛を見て有翔は、小さくため息をついて出てくる料理を楽しみにしながらテレビに集中するのだった。


絃葉と花凛が料理を完成させてふと有翔を見てみると、テレビを見たまま寝落ちしていた。


「花凛。塩野くん起こしてきて。」


言われるがまま悠登に近づいた花凛は、


「おにーちゃん起きて!」


と、飛びついた。


花凛に飛びつかれた有翔は、その衝撃に


「ぐぇ...」


と、情けない声を出したが、花凛のことはしっかりと受け止めていた。


「えへへー。おにーちゃんご飯できたよ。」



「...起こしてくれてありがとね。」


真下から見上げるように抱きついている花凛の頭を撫でながら言いゆっくりと立ち上がった。


「起きたなら早く座って。せっかく作ったご飯が冷めちゃう前にね。」


有翔と花凛は、絃葉に言われた通り大人しく座って待っていると、料理が運ばれて来た。


「お待たせ。予定よりも遅くなっちゃってごめんね。」


「いやいや、全然気にしてないから大丈夫。そもそもこんな時間になったのは侑季のせいだからな。」


そう言いながら机の上に肉じゃがを人数分取り分けて置かれた。


「何も聞かずに決めたけどこれで良かったかな?結構自信作なんだけど。」


自信作と言いつつどこか自信のなさを漂わせている。


「永澄さんは知らないと思うけど...」


「な、何?」


物々しい 雰囲気を出す有翔に、絃葉が一歩引き下がる。


「肉じゃがって初めて女子に作って貰いたい料理ランキングで、堂々の一位なんだぜ。知らないけど。」


「そ、そうなんだ。とりあえず喜んでくれてるってことで良いの?」


自信満々にそう言い切った有翔に絃葉は、若干引きながら困惑した表情を見せた。


「ねぇねぇ、おねーちゃんもおにーちゃんも何してるの?早く食べようよ。」


花凛がもう待ちきれないと言った感じで足をバタつかせる。


「花凜も我慢の限界みたいだし、そろそろ食べよっか。」


席に座りながら言った。そして、手を合わせた。


「いただきます。」


声を揃えて言って、遅めの晩御飯を食べ始めた。


拓斗は最初に絃葉が自信作だと言っていた肉じゃがに手をつけた。


「美味しいね。おにーちゃん。」


「そうだね。いつも通り美味いな。なんというか家庭的な味がする。」


美味しそうに頬張って食べている花凜に、同意を返しながら絃葉の料理にどこか温かさを感じていた。


「家庭的って言われるとちょっと恥ずかしい気もするけど、美味しいって言ってくれて嬉しい。」


絃葉は有翔に褒められて照れ臭そうにしている。


「おにーちゃん!」


その横で突然花梨が大きな声で有翔を呼んだ。


「どうしたの?」


「花梨もご飯作るの手伝ったんだよ!」


そう言った花凜の顔には褒めて欲しいと言っていた。だから、有翔は手を伸ばして花凜の頭を撫でようとすると、それに気づいた花梨は頭を少しだけ前に出した。


「どうりでいつもよりも美味しいと思ったんだよね。花凜ちゃんが一生懸命永澄さんを手伝って作ってくれたからかな。」


「えへへ。隠し味はおにーちゃんへのあいじょーだよ。」


花凜の可愛さに本日何度目かも分からない致命傷を負った有翔。それを心做し冷ややかな目線で見つめている絃葉の姿に有翔は気づくことができなかった。

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