第22話
問答無用で服屋に連れてこられた有翔は、早速絃葉の着せ替え人形にされている。絃葉が、店から持ってくる服を言われるがままに着替えては、似合ってる、似合っていないと評価を付けられているのだ。
「お、おい。まだ持ってくるつもりかよ。それ似合ってるって言ってくれたじゃん。」
「何言ってるの?塩野くん。」
「何って...もう十分試着したし、それで良くない?」
「ダメだよ。私がコーディネートする以上、妥協は許されないの。分かった?」
あまりの圧にNOと言うことができる訳もなく、静かに首を縦に振った。
どうやら絃葉は、まだ満足する服を見つけられていないらしく、有翔の妥協した提案に真面目な顔で返して、次の服を探しに行った。
「おにーちゃん大変だね。」
着せ替え人形に疲れてその場に座り込んだ有翔の頭を花凛が撫でた。
「花凛ちゃんは優しいね。」
「おにーちゃんも優しいよ。いつもかりんと遊んでくれるもん!」
「ありがとね。でも、花凛ちゃんと遊ぶのはお兄ちゃんも楽しいからなぁ。」
有翔は、絃葉が戻ってくるまで、この場にある唯一の癒しである花凛に存分に甘えることにした。
しばらくの間そうしていたが、近ずいてくる足音が聞こえたので、慌てて立ち上がる。
「次の服持ってきたよ...あれ、どうしたの?」
「何でもない。花凛ちゃんと話が盛り上がったちゃっただけだよ。」
「...まあ、いいや。はい。これ着てね。」
有翔が咄嗟についた嘘を聞いて怪訝な顔をした絃葉だったが、上手く誤魔化されて持ってきた服を差し出した。
それを受け取った有翔は、何も言わず着替えて試着室のカーテンを開けた。
「うん。いい感じだね。」
「それじゃあ...」
「よし。この服ともう何着か買ってみよう。」
絃葉のお墨付きが出て、ようやく終わりを迎えたと思って一瞬笑顔になったが、その着せ替え人形がまだまだ続くと分かって苦笑いに変わった。
「あ、安心して。お金のことなら私が出すから。」
有翔の表情の変化を敏感に察知した絃葉が、鈍感にとんでもないことを言った。
「いや、お金のことじゃなくて...お金は俺が全部払うから。」
「ダメだよ。私が無理言ったんだから、私が払うよ。」
絃葉の言葉有翔は目を丸くした。
「何その顔?どこに驚く要素があったの?」
「いや、無理言ってる自覚があったんだなぁ。と、思って。」
「私だって流石にその自覚はあったんだけど、だんだん楽しくなっちゃって。ごめんね。」
言葉が尻すぼみになって、申し訳なさがありありと有翔にも伝わった。
「怒ってるわけじゃないよ。ただ、結構好き勝手やってたからね。びっくりしちゃった。」
「それは、ごめんなさい。謝ったからこれはこの話は終わりね。そしたら、あと二着くらい買ってお店出よう。」
「...なるべく早く終わらせてくれよ。」
絃葉の切り替えの早さに面食らった有翔だったが、顔には出さず冷静に言った。
それから、約三十分程かけて残りの二着を選び店を出た。服の代金の支払いは、話し合いの末有翔が七割、絃葉が三割を支払うことになった。
「おにーちゃん。疲れたー。おんぶして。」
店を出てショッピングモールを見て回っていると、花凛が立ち止まって言った。
「ちゃんと歩きなさいよ。」
「まあまあ。いいでしょ。たまにはさ。」
「もー、あんまり花凛を甘やかさないでよ。」
絃葉も、口では厳しいことを言っているが、別に本心という訳でもないことは、有翔も理解しているので、花凛を全力で甘やかす。
「ほら、おいで。」
有翔がしゃがんで花凛を受け入れる体制を取ると、花凛が、有翔の背中に飛び乗った。
「今日は仕方ないよね。」
絃葉も、花凛の幸せそうな顔を見ると何も言えない。有翔は、そのまま立ち上がり、ショッピングモールの散策を再開した。
「あ、花凛ったらもう寝ちゃってるよ。」
言われて有翔が、視線を背中に向けると花凛がすやすやと、寝息を立てているのを見つけた。
「ほんとだ。可愛い。」
「塩野くんは、花凛にメロメロだね。」
「仕方ないだろ。こんなに俺に懐いてくれたら、可愛くもなるって。」
花凛にデレデレな有翔も、最初はこんなに懐かれると思ってなかった。だからという部分もあるのだろう。
「私よりよっぽど兄妹みたいだもんね。」
絃葉は、ちょっとした嫉妬混じりに冗談めかして言った。
「それは無いと思うよ。傍から見てると永澄さんと花凛ちゃんは姉妹だなぁ。って思うことが良く有るからね。」
それは、有翔が絃葉と花凛をよく見てきた証拠だ。
「この話はちょっと恥ずかしいね。」
ふふっと、少し頬を赤く染めて恥ずかしそうに笑った。
「花凛ちゃん寝ちゃったし、もう帰った方がいいかな?」
「大丈夫だよ。そのうち起きると思うから。取り敢えず、私たちはもうちょっと楽しもうよ。」
「永澄さんがそう言うなら、俺も楽しくなって来たところだったからありがたいや。」
ずっと前を見て歩いていた有翔と絃葉の視線が合ったことで、二人は照れ隠しとして小さく笑いあった。
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