第15話

「お母さんと花凜がごめんね。迷惑だったよね。私が一緒に帰ろうって誘ったから。」


有翔に迷惑をかけてしまっていると、絃葉が自分を責めている。


「永澄さんが気にすることじゃ無いって。家まで送るって言ったのは俺だし、断るのも気が引けるからな。」


「ほんとに迷惑じゃない?」


「おねーちゃん。おにーちゃん。何してるの?ご飯できてるよ。」


ご飯が既にできているのに、リビングに現れない有翔と絃葉を花凜が呼んだ。


「あ、ごめんね。今行くよ。」


さっきまでの暗い表情とは打って変わって、花凜が見えた瞬間にいつもの表情になった。暗く沈んでいる顔は、花凜には見せることができないそうだ。


「ほら、塩野くんもぼーっとしてないで行くよ。」


「お、おう」


絃葉が有翔の手を引いた。


絃葉に手を引かれてダイニングテーブルの前まで行くと、花凜の要望で、有翔は花凜の隣に座ることになった。当然対面には永澄母がいる。


「あら、緊張してるのかしら?」


有翔は今まで経験したことの無い状況に緊張しているが、永澄母はそれを見抜かれている。


「いえ、少しだけ...」


「そんなに畏まらなくでも大丈夫よ。」


そんなこと言われても到底無理な話だ。絃葉は、緊張している有翔を物珍しそうに見ている。


「塩野くんって緊張とは無縁だと思ってたよ。」


そういう事らしい。確かに普段の有翔は、堂々としているのでそう思われてもおかしくない。


「俺って意外と小心者なんだよ。」


ただ、有翔は心外だ。と、いう風な顔で言った。


「もーっ!早く食べようよ!」


花凜が待ちきれないと足をバタバタさせた。


「そうね。いただきましょうか。」


全員でいただきますと、口を揃えて言ってから各々がご飯に手をつけていく。


「有翔くんも遠慮しないでどんどん食べちゃっていいのよ。」


「ありがとうございます。では、いただきます。」


遠慮がちに大皿に盛られているおかずに箸をつける。


「美味しいです。」


「良かったわ。久しぶりに夜ご飯を全部作ったから心配だったのよね。メインは絃葉に任せることが多くなっちゃったものね。」


永澄母は、うふふっと、上品に笑う。


「絃葉さん料理上手ですもんね。」


「ママのご飯もおねーちゃんのご飯もどっちも美味しいよね。」


「ありがと。あれ、どうして絃葉が料理をすることを知ってるの?」


不思議な顔をして首を傾げた。


「学校でお弁当のおかず交換会をやってるんです。」


「絃葉、そうなの?」


有翔の言葉だけでは信じるに値せず、絃葉に問い直す。


「ほんとだよ。塩野くんも料理上手だから、美味しいんだよ。」


「おにーちゃん。お料理できるんだ!食べてみたいなぁ。」


花凜が目をキラキラと輝かせて有翔を見る。


「いつかね。機会があったら食べさせてあげるよ。」


「約束だよ!」


「うん。約束だよ。」


花凜と指切りして約束する。


「有翔くん。料理できるのね。すごいじゃない。」


花凜との話が一段落するのを待ってから、永澄母は、有翔に話し掛けた。


「ありがとうございます。でも、絃葉さんの方が全然上手だと思いますよ。」


「私は塩野くんの方が上手だと思ってるんだけどね。」


「あら、そうなのね。絃葉にここまで言わせるなんて、わたしも有翔くんのお料理に興味が出てきたわ。」


「では、それも機会があれば...」


有翔はうっかりそう口に出してしまった。


「じゃあ、期待してようかしら。」


完全に逃げ場がなくなってしまったので、諦めて首を縦に振った。


「それにしても、花凜は本当に有翔くんに懐いてるのね。」


「だって、おにーちゃんのこと大好きだもん。」


「お兄ちゃんも花凜ちゃんのこと大好きだよ。」


屈託の無い笑顔を有翔に見せつける。あまりの可愛さに悶絶しそうになる有翔だったが、永澄母がいる手前そういう訳にもいかず、デレデレするだけに留まった。


その光景を永澄母は、微笑ましく見守っている。


「塩野くん。お母さんの前で辞めて。」


「花凜ちゃんが可愛いから仕方が無い。」


有翔は、至って真面目に言う。


「仕方なく無いよ。見てるこっちが恥ずかしいよ。」


普段からこのやり取りを見ている絃葉が何を言っているんだと有翔は思った。


「まあまあ、いいじゃない。仲がいいのは良いことよ。」


「それはそうだけど...」


永澄母に、優しく諭された絃葉は不服そうだ。


「絃葉ったら嫉妬してるの?」


「ち、違うよ。嫉妬なんてしてない。ほんとに。」


嫉妬しているのを強く否定しながら、有翔の方を見た。


「分かってるから。嫉妬する理由が無いもんね。」


「あら、二人とも何か勘違いしてないかしら。絃葉がお姉ちゃんの座を取られて嫉妬してるってつもりで言ったのよ。」


花凜に有翔が取られて嫉妬してると勘違いした絃葉は、耳まで真っ赤になる。一方絃葉と同じ勘違いをした有翔は、一見変化は見られないが、内心動揺しまくっている。


「い、いや、俺はちゃんと分かってたぞ。」


「それを言うなら私だって分かってたもん。」


言い訳を披露する有翔に便乗して、顔を赤くしたまま絃葉も可愛く弁明をした。


「絃葉も有翔くんと仲良しなのね。」


「当たり前だよ。」


有翔は絃葉が仲良しだと思ってくれていることに安堵した。


全員がご飯を食べ終えて永澄母が、皿洗いを始めたので有翔が手伝いに入った。


「手伝ってもらっちゃってごめんなさいね。」


「いえ、美味しいご飯を食べさせて頂いたんですから、このくらいは当然です。」


有翔と永澄母は、軽く話しながらも手を止めずにお皿を洗い続ける。


「絃葉と花凜と仲良くしてくれてありがとね。」


「そんなことないです。むしろ僕の方が仲良くしてくれて有難いですよ。」


有翔からすれば、絃葉が仲良くしてくれてるのは、絃葉の温情があってこそなので、感謝されるのはどこかむず痒い。


「それでもよ。絃葉は、最近毎日が楽しそうなの。ある時から、絃葉の笑顔を見ることが極端に減ったんだけど、有翔くんと出会ってから昔みたいに沢山笑うようになったのよ。」


独り言のように言われたその言葉に、有翔は何も言わなかった。


「この前は、機嫌が悪かったみたいだけど。」


「その節はすみませんでした。」


絃葉の機嫌が悪かった理由に心当たりがありすぎて、咄嗟に謝った。


「謝らなくて良いわよ。わたしは、絃葉が昔みたいに笑うようになってくれただけで満足なの。それはひとえに有翔くんのお陰。」


「それは、持ち上げすぎですよ。」


永澄母からお礼を言われて、恥ずかしくなった有翔なりの照れ隠しだ。


「ほんとは、有翔くんが嫌な子だったら直ぐに追い出そうと思ってたんだけど、そんなことする必要がなくて良かった。」


不意に永澄母がとんでもないことを言った。


「取り敢えず認めて頂けたということで何よりです。当然、大切な娘さんが何処の馬の骨とも知らない男と仲良くしてるとなったら、見極めようとするものだと思いますよ。」


ただ、それは有翔からすれば当然の行為なので、特に不快感も無い。何なら親公認になって内心喜んでいる。


「お皿洗い手伝ってくれてありがとう。おかげで助かったわ。」


「いえいえ、お易い御用ですよ。今日はありがとうございました。」


そのまま玄関に向かったら、絃葉と花凜が出迎えに来た。


「おにーちゃんバイバイ。またね。」


「花凜ちゃんもバイバイ。今週もいっぱい遊ぼうね。」


「うん!」


花凜に視線を合わせて別れの挨拶を交わす。


「塩野くん。またね。今日は帰ってから勉強しなくても許してあげる。」


「やったね。じゃあ、永澄さんもまた明日。」


「気をつけてね。」


もう一度手を振ってから扉を開けて外に出た。そして、家に向かってゆっくりと歩き出した。

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