第14話

勉強会を終えて、絃葉が有翔を誘って一緒に下校する。


「こうして一緒に帰るの初めてだね。」


「クラスも違うし、中々そんな機会が無かったからな。」


会話が続かない。二人ともいつものより口数が少なく、無言で歩いている時間の方が長くらいだ。


「家に帰っても頑張って勉強するんだよ。このままだと本当に花凜に会わせてあげられなくなるよ。」


その沈黙を嫌って絃葉が話を振った。


「...今日やったところの復習でもやっとくよ。」


「やる気無いでしょ。」


言葉に詰まった有翔からやる気が無いことを見破って、ジト目で有翔を見つめる。


「やればいいんだろ。俺としても、花凜ちゃんに会えなくなるのは辛いからな。毎週の癒しなんだから。」


今のところ有翔の勉強のモチベーションはそこからしか来ていない。花凜に会えなくなるのは何よりも辛いことだった。


「その条件を提示した私が言うのもなんだけど、塩野くんに会えなくなったら花凜が悲しむからちゃんと頑張ってね。」


「ほんとに永澄さんが言うことじゃないね。」


有翔と絃葉は、目を合わせて笑いあった。


「俺は、こっちの道だけど...」


「じゃあ、私はこっちだから。また明日ね。」


分かれ道で帰る方向が文字通り分かれたので、絃葉が有翔と反対方向に足を向けた。


「あれ?どうしてこっちに来たの?」


一度は絃葉と反対方向に歩き出した有翔だったが、足を止めて絃葉に追いついた。


「薄暗くなって来たし、俺の勉強に付き合ってもらった身としては、ここから一人で帰らせるのも心配だから家まで送ろうかと思って。」


「...それじゃあお願いしようかな。」


絃葉は、一瞬だけ迷った素振りを見せたが、有翔の好意を無下にするのも申し訳なかったので送ってもらことにした。


「意外と私にも優しいんだね。」


「私にもってどういうこと?」


「塩野くんって優しいのは知ってるよ。けど、花凜にばかり向けられて、私に向けられたことってあんまり無いなって思ったの。」


言われてみれば、そんな気がしないでも無い。有翔が花凜と絃葉と遊んでいる時の大半は、花凜を気にしているからそう思われるのも仕方が無いのかもしれない。


「それは、花凜ちゃんと永澄さんのどっちを優先するかって言われたら、花凜ちゃんを優先するに決まってるよ。」


「や、それは別に良いんだよ。ただ、ちょっとその優しさを私だけに向けるのって珍しいなって思っただけ。」


よく見ると意図はの顔が少し赤くなっている。そして、その顔を隠すように少しだけ俯いた。


「もう家に着いたから大丈夫だよ。送ってくれてありがと。また明日ね。」


「おう。じゃあ、また明日。」


絃葉を見送って安心した有翔は、家に向かって歩き出そうとしたところで、


「あ、おねーちゃんだ!おにーちゃんも居る!」


有翔は、花凜の声が聞こえたところで足を止めた。玄関の方を見ると、花凜が顔を覗かせていた。


「花凜。塩野くんはもう帰るから迷惑かけちゃダメよ。」


「え〜、ダメじゃないよ。」


「なんで花凜が決めるのよ...」


駄々をこねている花凜に有翔が歩み寄る。


「ごめんね。お兄ちゃんもう帰らないとだから。」


「おにーちゃんは、かりんのこと嫌いなんだ。」


花凜は目に涙をためて今にも泣き出しそうな雰囲気だ。


「...違うよ。花凜ちゃんのことは大好きだよ。」


いつも通り頭を撫でて、機嫌を直してもらおうとしたが、上手くいかない。


「だったらいいじゃん!」


「花凜。いい加減にしなさい。塩野くんはもう帰らないとダメだって言ってるでしょ。」


駄々をこね続ける花凜に絃葉が、とうとう痺れを切らした。絃葉が花凜を叱るところを初めて見た有翔は、びっくりして目を見開いた。


「花凜。絃葉。何してるの?早く家に入って来なさい。」


家の奥から女性が一人歩いて来た。


「ママ!だっておにーちゃんが!」


「あ、花凜ちゃんのお母様でしたか。絃葉さんにはいつもお世話になっております。」


有翔が、花凜がママと呼んだ女性に挨拶をして、深々と頭を下げた。


「あなたが、噂のお兄ちゃんなのね。こちらこそ、絃葉と花凜がお世話になってるわね。」


それを見て永澄母がペコリとお辞儀を返した。


「もし良かったら晩御飯を食べていったらどうかしら?」


「お母さんまで...塩野くんに迷惑かけないでよ。」


絃葉は、永澄母の提案を必死に止めに入る。


「あら、どうして絃葉が反対するのかしら?塩野くんだっけ?花凜を悲しませて帰るか。晩御飯を食べていくか。選んで頂戴。」


永澄母の言葉に、私の娘を悲しませたら許さないわよ。という圧を感じたのは、有翔だけでは無いはずだ。こうなった以上、有翔が出せる答えは一つしかない。


「ご相伴に預からせて頂きます。」


結局、流れに身を任せてなるようになれと、願うしかできなくなった。


「それじゃあ、遠慮せずあがっていって。」


「お邪魔します。」


促されるまま絃葉の家に上がった。ふと絃葉の方を見てみると、何かを悟ったような顔になっているし、花凜は大喜びで家の中に戻って行った。

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