第13話

全ての授業が終わって放課後になったので、有翔は絃葉の言いつけを守り、入学してから一度も足を踏み入れたことの無い図書室に入った。


「あ、ちゃんと来たんだ。正直勉強が嫌すぎて来ないかと思ってたよ。」


「約束破る訳にもいかないだろ。」


有翔は、絃葉と目を合わせずぶっきらぼうに言った。


「塩野くんは偉いね。」


絃葉が、まるで小さい子をあやすように言った絃葉。


「俺を花凜ちゃんと同じくらいの精神年齢だと勘違いしてる?」


有翔が、少しだけムスッと顔を顰めて見せると


「思ってないよ。ただ単に、勉強を教わりに来るなんて偉いなと思っただけだって。」


絃葉はふふっと、笑いながら諭すように言った。


「なんかごめん。勉強したくなさすぎて、ちょっと気が立ってた。」


絃葉も、有翔のすぐに自分の非を認めて謝罪ができるところには好感を持っている。そして、そのまま絃葉の対面に座った有翔は、観念したように筆記用具を机の上に出した。


「今日はなんの教科を教えてくれるんだ。」


「そうだね。数学か英語のどっちが良いか選ばせてあげるよ。」


有翔にとっては何も嬉しくない選択を迫られた。数学は言わずもがな、英語も全くと言っていいほどできないのだ。


「どっちも嫌だって選択肢は...」


「そんな選択肢があると本気で思ってるの?」


「ですよね。」


第三の選択肢を提案しようとしたところを、速攻拒否された。その時の絃葉のいつもと違う目が笑っていない笑顔が怖すぎて有翔は、苦笑いを浮かべてあっさりと引き下がった。


「それじゃあ、数学をお願いしようかな?」


「了解。教科書とノートを準備して。」


有翔は、今度こそ絃葉に対抗することなく従順に数学の教科書とノートをカバンから準備した。


「あっ、忘れてたけど人が少ないからって大きな声出したらダメだよ。」


「その声がもう大きいから。」


つい有翔も声が大きくなってしまった。司書の先生がジロリと二人を睨んだ。先生に少しだけ頭を下げて、絃葉が有翔の前に身を乗り出して小声で喋り出した。


「ほらね。怒られたくなかったら静かにするんだよ。」


「誰のせいだよ。誰の。」


それに合わせて有翔も、身を乗り出して顔を近づけ小声で話す。


「とにかく、大きな声出したらダメだからね。」


「勉強教えてもらうだけだから、大声出すことも無いし大丈夫だろ。」


「だといいんだけどね。」


有翔が、大声を出すとでも思っているような口振りに、不安感を覚えるが、特に何かを言う間も無くテスト範囲の問題の開設を絃葉が始めてしまった。


そこからは、問題を解きながら分からないところが出てきては、絃葉に質問しつつ概ね集中しながらテスト勉強に励んでいた。


「それじゃあ、ちょっとだけ休憩しよっか。」


「ふぅ。疲れた。」


こんなに勉強に集中した記憶が無い有翔は、既に疲労困憊と言っていい状態だ。


「なんと言うか、塩野くん思ってた以上に勉強できないね。」


絃葉は、休憩に入る前に有翔が解いた問題の丸つけをして、思ったことを素直に言った。教えた内容しか含んでいない問題だったにもかかわらず、正答率は三割程しか無かった。


「計算ミスが目立つわけでも無いから、単純に理解が追いついてないだけかな?」


「正直、数学はこれ以上解ける気がしない。教科書見なくなったら途端に分からなくなっちゃった。」


有翔とて、全て正解する気ではいるし、その場では理解しているつもりではある。ただ、自分の回答に自信が無いので、途端に分からなくなってしまうのだ。


「取り敢えず、平均点付近までは取って欲しいから、公式だけでも頭に叩き込もうか。」


「公式の使い方が分からないのはどうすればいい?」


「それは、問題を解きながら覚えていくしか無いね。塩野くんは、問題解かないと身につかないタイプみたいだしね。」


数学で平均点をとるために、問題を何回も解くのは有翔には苦痛で仕方がない。ただ、有翔にやらないという選択肢は無い。


何故なら、花凜と遊ぶことができなくなるし、そうなると花凜が悲しむことになるので、それだけは絶対に避けたい。


「はい。それじゃあ休憩終わりね。問題を出すからどんどん解いていってね。」


「任せてくれ。」


そうして、勉強会初日は下校時刻のチャイムが鳴るまで続いた。



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