第16話

有翔はいつもよりどんよりとした顔で、学校の机に向き合っている。それもそのはず、今日が運命の定期試験の日なのだ。学年の半分以内に入るという低いハードルを超え無ければ、花凜も接触禁止令が出されてしまう。それだけは、何としてでも避けたい。


その条件を提示した絃葉からは、あれだけ勉強したんだから大丈夫だよ。と、激励があった。


「まぁ、後はなるようにしかならないか。」


有翔得意の開き直った独り言は喧騒に包まれていった。


テストを終えた有翔は、学校を出て帰り道から逸れた道を歩く。そして、人気の少ない路地で立ち止まった。


「はぁ。」


「どうしたの?ため息なんか吐いちゃって。」


憂鬱な今後に思いを馳せため息をついたところに、有翔の顔を下から覗き込んで声を掛けた。


「何でもない。それにしても、平日に一緒に帰ろうって言うの珍しいね。わざわざこんなところを待ち合わせ場所に指定しちゃって。」


「いやぁ、さすがに塩野くんのテストの出来が気になるからね。」


有翔の聞きたくない単語が聞こえてきて、憂鬱を加速させる。


「その感じだとテストの出来はあんまり良くなかったみたいだね。」


絃葉は当然有翔の表情から色々察している。


「まあな。全体的に問題が解けなかったんだ。勉強に付き合ってもらったのに。すまん。」


隠す意味も無いので、素直に全部話した。有翔は、自責の念からしおらしくなっている。


「大丈夫だって。きっと、真ん中には入れてるよ。」


「そうかな。」


しおらしい有翔は、珍しいのでずっと見てたい気持ちもあるけど、流石に見てられなくなった絃葉は、有翔には衝撃事実を伝えた。


「塩野くんはさ。私がほんとに花凜に会わせないって思ってたの?」


「ん?それってどういう...」


絃葉の言いたいことが分からず首を傾げる。


「だから、元々塩野くんが、目標に到達できなくても花凜に会わせないつもりは無かったの。」


「え?何それ...じゃあ、俺は何のために頑張ったんだよ。」


有翔の表情は、絶望をありありと浮かべている。


「いいじゃん。頑張るのは大事なことだよ。それに、塩野くんは高校を出たらどうするつもりなの?大学に行くのなら今の成績じゃどこにも行けないよ?」


ぐうの音も出ない正論を言われ押し黙る。未来のことを考えないといけないことは有翔だって理解している。ただ、未来の不安を考えている暇もない程、今が楽しくて仕方が無いのだ。


「働くにしてもこんな高校出たところで、雇ってくれるところはどこにも無いと思うよ。」


「俺が、悪かったから正論で殴るの辞めてください。」


手に職付ける工業高校と違って勉強しかしない普通高校だと、雇ってくれるところは限られる。結局、将来的に幸せに生きられなくなっても自分のせいでしか無い。


「ともかく、塩野くんにその自覚があって良かったよ。」


「これからは、もっと真面目に勉強します。」


「言質取ったからね。次のテストの前にも勉強に付き合ってあげようか?」


有翔から勉強すると言わせて言質を取ることに成功した絃葉は、その判断をあくまで有翔に任せる。


「それじゃあ、お願いしようかな。」


「よく言えました。テスト前だけじゃなくいつでも勉強を見てあげるから、いつでも言ってね。」


「普段から勉強させる気?」


正気じゃないと、有翔は絃葉に抗議する。


「当然でしょ。継続しないと身につかないじゃない。一日五分でも十分でもいいから毎日机に向かいなさい。」


だか、そんなものは絃葉の正論パンチの前には無意味だった。


「えー、毎日は無理。」


「駄目です。毎日やりなさい。」


文句しか言わない有翔を、絃葉がまるで我が子を躾けるように叱る。


「せめて、バイトの日だけは許して。」


「まあ、そのくらいならいいんじゃない。それ以外の日をちゃんと勉強するならね。」


喜びもつかの間、しっかりと釘を刺された。


「今回はまだ、結果も出てないしまだ分からないから、半分以内に入ってるといいね。」


「別に入ってなくてもいいけど、勉強に付き合ってもらったから、入ってないと何か申し訳ないからな。」


「ふふっ。照れ隠し?」


優先の照れ隠しの手段も、絃葉は分かるようになったみたいだ。


「違う。花凜ちゃんに会えるとわかった今、そんな順位に用は無いだけだ。」


「そういう事にしといてあげる。」


結局、絃葉の方が有翔よりも一枚上手でみたいだ。有翔の、必死の言い訳も虚しくあっさりと流されてしまった。

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