第10話

すべり台で遊んだり、ブランコを漕いだりしながら遊ぶ花凜を眺めていると、唐突に絃葉が口を開いた。


「まさか、仲直りすることになるなんて、私もだいぶ塩野くんに絆されちゃったか。」


頬を人差し指でポリポリ掻きながら困ったように笑った。


「俺も、もう一度話をしてくれると思って無かったから結構びっくりしてる。」


「それに関しては、花凜のせいだね。」


「それもそうだ。感謝しないとな。」


花凜がいなければ有翔はあのまま帰っていたし、絃葉が話をしてくれることは無かったと言っていい。有翔と絃葉をつなぎとめたのは、紛れもなく花凜なのだ。


「そう思うなら、花凜といっぱい遊んであげてね。先週は、ほんとに元気がなくて大変だったんだから。」


なんとなく、そんな想像はしていた有翔だったが、実際にその言われると更に罪悪感が募る。本来は、花凜と絃葉の悲しませることはしたくないのだが、今回はたまたまそのような事になってしまったことを酷く後悔している。


「それじゃあ、ちょっと花凜ちゃんと遊んでくる。」


「うん。行ってらっしゃい。」


絃葉に手を振って見送られ、気合を入れて花凜のところへ走って行った。


有翔はと花凜は、日の暮れる時間になるまで遊び続けた。鬼ごっこやかくれんぼ、だるまさんがころんだをして、めいっぱい遊んだ。かくれんぼとだるまさんがころんだには、絃葉も参加してきた。


「いやぁ〜、今日はいっぱい遊んだね。」


「楽しかったね!」


満面の笑みでキャッキャッと騒ぐ花凜を見ると、また前と同じような関係に戻ることができて良かったも心から思う。


「まだ時間大丈夫?」


「大丈夫だけど、どうかした?」


「少しだけ話があるから家に上がって。」


促されるまま家に上がり、前に入った絃葉部屋へ招かれた。一度入ったことがあるためか、もうドキドキしたりなどしない。


「花凜は、リビングで大人しくしてるから、落ち着いて話すよ。」


「話って?」


「そんなに難しい話じゃないから安心して。ちょっとした私の身の上話だから。」


果たしてそれは安心できるのだろうか。


「これは、私が塩野くんをもう一度信用するって決めたから話すことだから、もしもの時は私の見る目がなかったってことだよ。」


それを聞いて有翔は気を引き締める。もしもの時というのは有翔が、絃葉を裏切った時のことだ。当然有翔にそんなつもりは無いが、絃葉に裏切られたと思われてしまえば、それで終わりなのだ。


「もしもの時なんて、そんな時は訪れない。」


絃葉の目を真っ直ぐに見て断言する。


「分かってるよ。だから塩野くんを信用してのことだって言ったでしょ。」


じっと目を見つめ合っていたが有翔は、照れくさくなって視線を逸らす。


「それじゃあ話すよ。」


空気がピリッと引き締まった感覚があった。絃葉は一つ深呼吸をしてから話を始めた。


「塩野くんも言ってたけど、周りの同級生と比べると優秀だという自覚がある。勉強も人よりできたし、運動だって男子に負けず劣らずだった。容姿が良いって言われるとはは思ってなかったんだけどね。」


これだけの容姿を持ちながら可愛いとか言われてこなかったのだろうかと、有翔は疑問に思った。


「容姿について褒められたことってなかったの?」


「言われたことはあるけど、冗談だと思って真に受けてなかったんだ。」


絃葉は、恥ずかしそうに言って少しだけ足元に視線を落とした。


「それで、小学校から仲の良かった友達の女の子と、ずっと遊んでたんだ。中学生になったら彼氏が出来たりなんてして、順風満帆に生きてたんだよね。」


「えーっと、自慢?」


「違うよ!どうして自慢しなくちゃいけないの?」


中学校で友達も彼女もできなかった有翔には、自慢に聞こえたので、茶々を入れてみたら普通に怒られた。


「話を戻すよ。それで当時の私は、初めての彼氏ってこともあってすごく浮かれてたんだ。だけど、それから半年くらい経ったときに、たまたま聞いちゃったんだよね。」


そこから続く言葉は有翔にも容易に想像することができた。想像通りであるなら話を切り上げて帰ってしまいたいが、そういうわけにもいかない。


「当時の友達と彼氏があいつと一緒にいると俺たちまでちやほやされるし、無条件で勉強を教えてくれるからテストも余裕だし、いい事しかないな。特に好きでもない奴とずっと一緒にいないといけないのは辛いけどな。って言ってたんだ。」


有翔は、なにも言うことができない。なんと言っていいか分からないのだ。


「結局、私を見てた訳じゃなくて、私の才能にしか興味がなかっただけだったんだよね。それから、人と関わることが極端に減ったんだ。話はここで終わり。」


絃葉は、淡々と表情をほとんど変えずに話を終えた。


「それは、なんと言うか...」


かける言葉が見当たらない。ただ一つ、絃葉が自分の過去を話してくれたのは信頼の証なのだ。以前は彼氏なんていた事が無いと言っていたのを有翔はよく覚えている。


「同情して欲しい訳じゃないから何も言わなくていいよ。それに、特別視して欲しくなくなったのは叔父叔母のせいだしね...」


「え...?」


「どうしたの?」


絃葉が、最後にとんでもないことを言った気がするが、すました顔をしている。


「いや、なんでもない。」


話してくれそうに無いので、仕方ないので気のせいだったと自分を納得させた。


「玄関まで送るよ。」


玄関まで行くと、有翔を見送りに来たのか花凜が部屋から出てきた。


「おにーちゃん。また来週だね。」


「うん。また来週。いい子にしてるんだよ。」


有翔は屈んで花凜の頭を撫でる。花凜は有翔とスキンシップをとるのが好きらしいのでこうするとニッコニコになる。


「また、明後日。屋上で会おうね。」


「おう。また屋上で。」


絃葉の家を出てすっかり暗くなった夜道を歩く。帰り道を歩きながら頭の中を整理する。色々衝撃的なことがあったが、とりあえずやることは決まっている。

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