第9話
その日から有翔は、絃葉を怒らせた理由を考え続けている。絃葉がいてくれるという期待を込めて学校のある日は昼休みになると屋上に向かった。
しかし、当然絃葉と顔を合わせることはできなかった。そしてついに、休日を使って絃葉の家の前にまで足を運んでしまった。
「何してんだろうな。これじゃあまるでストーカーじゃないか。」
自虐気味に言った。絃葉の家から「おにーちゃんに会いたい!」と、花凜が言っているのが聞こえた。
「帰るか。」
どのみち、絃葉に嫌われてしまったのだから花凜に会うことはできない。ここにいる理由も無いので、もうこんなことはしないと心に誓って踵を返した。
「おにーちゃん!」
有翔を呼ぶ花凜の声が聞こえた気がした。だが、それを幻聴だと振り払って歩き続ける。
「おにーちゃん待ってよ!」
また、花凜の声が聞こえる。今度は有翔も足を止めてゆっくり振り返った。
「おにーちゃん久しぶりだね!風邪は治った?」
「え...あ、うん。」
有翔が風邪をひいたから会えなくなったと、花凜に言ったのだろう。それを理解するのに一瞬戸惑ったが、曖昧に返事を返す。
「それなら、今日はいっぱい遊べるね!」
「この前はごめんね。約束破っちゃって。だから、今日はいっぱい遊んであげたいんだけど...そういうわけにもいかないんだ。。」
「ううん。風邪だったんだもんね。しょうがないよ。でもどうして、今日も遊んでくれないの...?」
有翔が風邪をひいた。そのことを花凜は心配していた。だから、今日はいっぱい遊んでもらうつもりだった。もちろん絃葉からも有翔と会えないことは聞いていた。でも、会えたのだからいっぱい遊んで欲しかったと、深い悲しみに沈んでいく。
「ねえ、何しに来たの?」
顔を上げるとそこには絃葉がいた。有翔の顔を見るのが不愉快だと顔に書いてあった。
「もう帰るつもりだったんだけど、花凜ちゃんに捕まっちゃったから。」
「ふーん。それで何?花凜を口実に私に会おうって魂胆だったわけ?」
「そんなことない...です。」
絃葉の機嫌がどんどん悪くなっていく。それをヒシヒシと感じている有翔は気が気でない。
「まあ、そんなことはどうでも良くて、君と話すことは無いもないって何回も言ったよね。」
「永澄さんに無くても俺はある。今日は話が出来たらと思ってここまで来たんだ。」
有翔は絃葉が顔を見せてくれるとは思っいなかったので、チャンスを逃さないために、一歩も引かない。
「おねーちゃん。おにーちゃん。どうしたの?喧嘩しちゃやだよ。」
険悪な雰囲気の有翔と絃葉を見て、花凜が悲しそうに間に入った。
「花凜。今から公園に行くよ。塩野くんと話をするからそれが終わったらいっぱい遊んでもらっていいよ。」
「やったー!」
両手を上げて全身で喜びを表して公園へ走って行った。有翔と絃葉は、その後ろを歩いてついていく。
公園につくと花凜の様子が伺える位置にあるベンチに腰掛けた。
「話ってなに?」
「まずは、永澄さんが怒った理由をたくさん考えてそれが分かったんだ。だからごめんなさい。悪気があったわけじゃないんだ。」
今日顔を合わせてから一度を目を合わせてくれない絃葉に、深く頭を下げた。有翔もこんなことで許してもらえるとは思っていない。
「悪気が無かったのはわかってる。だからこそ腹が立つんだよ。君が潜在的に私を対等に見ていなかったってことなんだから。」
「対等に見てなかったとかそんなことは無い!」
「そんなわけないでしょ。君は明確に私を自分とは違う特別な人間と言ったよ!」
だんだんと言い争いはヒートアップしていく。
「確かに、俺と永澄さんは対等じゃないと思っていたと思われても仕方がない言い方をした俺が悪い。でも、俺に無いものをたくさん持ってる永澄さんを凄い人だと思うのは悪いことなのか?」
「論点をすり替えないで。それでも君が私を対等に見てなかったことに変わり無いじゃない。」
対等だと主張する有翔と、対等じゃない思われたと主張する絃葉。二人の主張はすれ違い続ける。
「私を凄い人だって言ってくれるのは嬉しいよ。だけど、それは自分を卑下してるだけじゃない。君も私に無いものいっぱい持ってるよ。」
「とてもそうは思えないよ。それに自分を卑下してるなんてことも無い。」
有翔は自分の能力は自覚してると思っているタイプなため自分を卑下しているとは欠片も思ってない。
「なにはともあれ、君が私を対等に見なでないとわかった時点でこの話はここで終わり。金輪際関わることも無いよ。自分を卑下して私を持ち上げるなんて対等に見てない証拠だよ。」
有翔に突きつけられた正論にぐうの音も出ない。
「それでもまだ、私とまたやり直したいって言うのなら条件付きで許してあげるけど、君はどうしたい?」
どうと聞かれても有翔の答えは最初から決まっている。今日初めて合った目をしっかりと見据えて、
「今度は、対等に見るようにするからやり直したい。」
と、即答した。その言葉に満足したのか絃葉は、少しだけ笑みを浮かべて頷いた。
「よろしい。これから、自分を卑下しないこと。あとは、私を特別視しないこと。これが条件だよ。」
「自分を卑下した記憶はないんだけどなぁ。」
何を言っているんだと絃葉は一つため息をついた。
「私を褒めてくれるのは嬉しいけど、俺なんかって言うのを辞めてって言ってるの。俺なんかって言って褒められても嬉しくない。」
「そのくらいならできると思う。」
有翔は少し自信なさげだ。
「これから、私たちは対等だからね!それと、塩野くんと話したくらいで株が下がるなら、そんなもの初めからいらない。」
俺と話したら株が下がると有翔が言ったのを根に持っていたらしい。
「これから俺と永澄さんは対等です。自分を卑下することも辞めます。だから、またよろしくお願いします。」
「うん。よろしくね。」
有翔が差し出した右手に絃葉の右手で掴んだ。これでひとまず一件落着。
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