第11話
昼休みになり、心躍らせて屋上に続く階段を上る。扉を開いて辺りを見渡しても絃葉の姿が見当たらない。いつもの場所に腰を下ろして絃葉を待っ。
しばらくしてガチャっと、扉の開く音がした。
「お待たせ。遅くなってごめんね。」
「俺も今来たところ。」
「それなら良かった。クラスの女の子に話しかけられちゃったんだよね。」
そう言いながら有翔の正面に座った。
「なんて話しかけられたんだ?」
「動物園で一緒にいた男の子って誰?って聞かれたよ。」
ちょっとした興味本位で聞いたことを後悔した。
「それで、なんて答えたんだ?まさか、隣のクラスの塩野くんだよ。とか言ってないよね。」
「ちゃんと従兄弟のお兄ちゃんって答えといたよ。私は別にバレても構わないんだけど、塩野くんは嫌がると思ってね。」
有翔も、バレてしまったらそれはそれで構わないと思ってはいるが、男子の嫉妬がこわいのてできれば秘密のままにしておきたいのだ。
「それは、ありがとう。」
「どう致しまして?」
この話はここで終了し、例によって弁当のおかず交換会が執り行われた。
「塩野くんは自分でお弁当を作ってるって言ってたけど、親御さんはどうしてるの?」
お互いにおかずを交換したところで、急にそんなことを聞いてきた。
「なんでそんなこと聞くの?」
「単純に興味があっただけだよ。高校生の男の子が自分でお弁当を作る環境ってどんなんなんだろうって。」
言われてみれば、男子高校生がご飯を作るって言うのはあまり聞いた事がない。もし、そんな環境にあっても購買で昼ごはんを買うのが一般的な気がする。
「どんな環境って言われても、一人暮らしをしてるってことくらいじゃない?」
「一人暮らしなんだ!?」
絃葉は目を見開いた。
「家庭環境が悪いわけじゃなくて、親の教育方針で高校生になったら一人暮らしをさせるって言われたんだ。我ながら変わった親だと思うけどな。」
有翔は呆れたように言った。親のことについては諦めがついているようだ。
「お金はどうしてるの?」
「十分に仕送りは貰ってる。後は、平日にバイトをしてなんとか貯金してるって感じだな。」
「バイトしてるの!?そんな素振り見せたこともなかったのに...」
「一緒に下校することもないし、仕方ないだろ。」
「それもそうだね。それで...」
絃葉は、興味が尽きないらしく有翔の一人暮らしについて根掘り葉掘り聞いていく。コロコロと表情を変えて有翔の話を聞くその姿は、本当に有翔の話を楽しんでいるように映る。
「ふぅ。いやー、塩野くんの一人暮らしの話は驚きの連続だったね。」
「楽しんでもらえたようで何よりだよ。」
あははっ、と、快活に笑う絃葉に満足気な表情の有翔。
「あ、そうだ!」
「ど、どうした?」
何かを思い付いたように大きな声を出した絃葉に、驚いて有翔の肩が跳ねる。
「今度、塩野くんにご飯を作りに行っても良い?」
絃葉は、ここぞとばかりに上目遣いを披露する。想像を絶する可愛さに二つ返事で了承しそうになるが、なんとか理性を保つ。
「...いや、来なくていい。」
「ダメ...かな?」
「そこまで言うなら、お願いしようかな。」
有翔も、花凜を見習ったような上目遣いには勝てなかった。正直眼福だった。絃葉の上目遣いを見ることができる人が一体どれだけいるのか。
「日程は塩野くんの都合が良い日を教えてくれたらその日に行くよ。」
しかし、平然を装っているが、よく見ると絃葉の顔が赤くなっている。
「恥ずかしいならやらなきゃいいのに...」
「べっ、別に恥ずかしくなんて無かったし...」
ボソッと絃葉に聞こえないように呟いたはずの有翔だったが、地獄耳の絃葉にはしっかり聞こえていた。
「花凜ちゃんに習ったの?その上目遣い。」
「うん。この前塩野くんにやってるの見たから、使えると思ったの。」
実際、効果はバツグンだっただけに、なんとも言いづらい。
「いや、まあ、良かったと思うぞ。」
有翔がなんとか絞り出した言葉はそれだけだった。
「余計に恥ずかしくなるから慰めるのは辞めて。」
絃葉も、動揺で恥ずかしかったのを認めてしまった。
「と、とにかくご飯作りに行ってあげるから覚悟してよね。」
「楽しみにしてる。」
「よろしい。」
こうして、男子高校生なら誰しもが妄想したことがある状況が実現することが決まった。
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