第2話

有翔が助けた小さな女の子の姉が学校で人気の女子だったあの日から約一週間。学校で顔を合わせることも度々あったが、有翔の意向で会話に発展することは無かった。


そしていつもの日常を送っていた有翔に一件のメールが届いた。相手は勿論絃葉からだ。その内容は、花凜が有翔に会いたがっているから、今週の土日にでも会いに来て欲しいというものだった。


有翔はそれに二つ返事で了承した。絃葉から時間帯と住所が送られてきて、申し訳ないけど家まで来て欲しいとのことだった。そんな簡単に住所を教えても良いのかと思ったが、了解と返事して話が終わった。


そして、その日がやって来た。少し緊張した面持ちでインターフォンを鳴らす。しばらくして玄関のドアが開いた。


「塩野くん。いらっしゃい。」


「あ!おにーちゃん!」


最初に顔を覗かせた絃葉の後ろから両手を広げて走ってきた花凜を、有翔は優しく抱き締める。


「ふふっ、すっかり塩野くんに懐いちゃったね。」


「嬉しいことにな。」


「それは良かった。取り敢えず、中に入って。花凜も家の中に入ってから塩野くんに遊んで貰いなさい。」


「はーい。」


花凜は渋々有翔から離れて家の中に入っていった。


「お邪魔します。」


花凜に続いて有翔も家の中に入る。


「取り敢えず私の部屋に来て。」


「え?」


有翔は耳を疑った。絃葉の部屋に入ることになっているのは気の所為だと自分に言い聞かせる。


「別に永澄さんの部屋じゃなくても...花凜ちゃんだっているし、構ってあげた方がいいんじゃない?」


実際は女子の部屋に入る勇気が無いだだけだが、何かと理由をつけて絃葉の提案を断りたいだけなのだ。


「その花凜がいるとゆっくり話せないでしょ。だから、私の部屋に来て欲しいの。」


「いや、でも...」


それでも有翔が断りを入れようとすると、


「女子の部屋に入るのが、恥ずかしいの?」


と、切り返された。図星をつかれた有翔ほ動揺を隠せない。


「べ、別にそういう訳じゃない。」


「なら、私の部屋に来れるよね。」


それは、有翔に有無を言わせなかった。


「おにーちゃん!あそぼー!」


手を洗い終わった花凜が、有翔の足にしがみついた。


「あー、ごめんね。今からお姉ちゃんとお話があるからいい子にしててね。終わったら遊んであげるから。」


「やだ!今から遊びたい!」


有翔が優しく諭したが、花凜は聞く耳を持たず駄々をこね始めた。


「花凜。お兄ちゃんは来週も来てくれるからその時はいっぱい遊んでもらいなさい。」


「え?聞いてないんだけど...」


絃葉には弱いのか大人しくなった花凜とは、対象的に有翔は来週も遊びに来ることを勝手に約束されて困惑している。


「花凜が懐いちゃったから仕方が無いよね。」


花凜を引き合いに出されては、NOとは言うことはできない。有翔は来週もこの家に来ることが確定してしまった。


絃葉に案内されてなし崩し的に絃葉の部屋にお邪魔することになった。女子の部屋に入るのが初めてな有翔は、物珍しそうに部屋の中を見渡した。


「ちょっと、恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないで。」


無理やり部屋に上げておいてあんまりな物言いだと思ったが、確かに人の部屋を物色するのは失礼かもしれないと思った。


「じゃあ、永澄さんだけ見とく。」


部屋をジロジロ見られるのが恥ずかしいのは本当らしく、赤く染った顔を見つめる。学校で人気者の美少女の照れ顔を見られるなんて役得な話もあったものだが、


「そ、それもダメ!」


絃葉は勢いよく顔の前で手を振った。絃葉の顔が隠れてしまったので、仕方なく視線を下げて挟んで座っている机に視線を落とす。


「ごめんね。顔あげていいよ。」


「永澄さん。俺に女子の部屋に入るのが恥ずかしいんだって言ってたのに、俺を部屋に入れるの恥ずかしかったんだね。」


さっきまでの意趣返しにと有翔は少し絃葉をからかってみる。


「だって...男の人を部屋にあげるのなんて初めてだし...」


「そうなの?」


「なに、その意外そうな反応は?」


意外そうな反応と言われても、有翔からすれば学校の男子たちは全員同じ反応をすると思っているので特に意外では無い。


「永澄さんは彼氏とか普通にいると思ってたから。」


「居たことないよ彼氏なんて...」


「ほんとに居たこと無いの?嘘とかじゃなくて?」


「なんで嘘なんて付く必要があるの?」


純粋に首をかしげる絃葉。そのあまりの衝撃に有翔は絶句する。それもそのはず、学校中で人気の可愛くて性格も良いらしい女子に、彼氏がいたことが無いなんて思うはずが無い。


「どうしたの?おーい。」


絃葉に目の前で手を振られて有翔は正気に戻った。


「あ、すまん。ちょっと考え事をしてた。」


「ふーん。ま、いいや。」


絃葉は興味なさげに話を切って、居住まいを正した。有翔はそれだけで少し空気が引き締まったように感じた。それは、絃葉のカリスマ性とでも言うべきものかもしれない。


「改めて、花凜と一緒に私を探してくれてありがとう。」


有翔に向かって深々と頭を下げる絃葉。それを見て有翔は慌てて頭をあげるよう言う。


「そんな、辞めてよ。お礼を言われるほどのことじゃないから。」


「あのまま、花凜が行方不明になったらどうしようかってずっと不安だったの。だから、塩野くんが一緒に探してくれて、花凜に会うことができて良かったって思ってる。」


そうして、有翔は理解した。有翔にとっては気まぐれでやった取るに足らない人助けでも、絃葉にとっては多大な恩を感じる人助けだったと。


「でも、やっぱりそこまでの恩は感じなくても良いよ。結果的に花凜ちゃんに懐いて貰えたし、学校の人気者の永澄さんとお近付きになることもできたからね。」


有翔の話を聞いて顔を上げた絃葉は、キョトンとしていた。そして、不思議そうに有翔に聞いた。


「人気って誰が?」


「永澄さんが。」


「え?それほんと?」


この反応から察するに自分に人気があると自覚していなかったらしい。


「嘘をつく理由が無いでしょ。」


「まあ、それはそうだよね。」


絃葉は、私が人気なんて理解できないと言った表情を浮かべている。


「永澄さんは可愛いからね。」


不意に口から出た言葉に有翔は、咄嗟に口を噤む。


「へ!?しゃ、社交辞令だよね。だとしても嬉しいな...」


有翔と絃葉は、顔を真っ赤にして一言も発せなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る