その6 「くろねこと、すたんとまん」




ばあさんは、テレビが好きだ。

あのうすっぺらいちいさな板のなかで、とんだり、はねたり。

どうでもいいことを、しゃべりあったりするのを、見るのが好きらしい。


「お客さんも帰ったし、サスペンスを見ようかねえ」


男の客は、サスペンスとやらよりも。

ニュースという不毛なおしゃべりに夢中だ。

どちらも、いろいろな事件をとりあつかっているらしい。


どうでもいい。

猫からすれば、自分以外のやつの事件なんて、気にする利用もないのだ。


「ふむふむ。きっと、こいつが犯人だねえ」


ばあさんが事件の黒幕の推理をはじめたとき、ガラガラの引き戸が開いた。


「おばちゃん、やってる?」


「やってるよ。正月以外は、年中無休だからね」


「じゃあね。豚玉の、うどん一つ。大盛で」


「はいはい」


ばあさんも実のところサスペンスに、大した興味もないんだろう。

お好み焼きをつくる方が、好きらしい。


客の男が、わがはいのとなりのイスに座る。

わがはいに気づいて、そのムダにいかつくて大きな体を揺らした。


「う、うわ!? 猫がいる」


「そうだよー。このあいだから、うちに住んでるの」


「ふーん。野良猫……いや、迷い猫か。古くてボロボロの首輪、つけてるし」


「飼い主さんは、近くにいないみたいだねえ。まあ、しばらくいてもらう。看板娘だから」


わがはいは、オスである。


「名前は、クロ!」


レイ・ルイスだ。


「へー。クロね。黒いからねー。おお、よしよし」


「……ふー……」


ガサツなナデナデでは、わがはいほどのプライドをもった黒猫は喜ばん。

ムダに大きいだけはあり、ガサツな動きしかやれんようだな。

つまらん、負け犬め。


「この猫、すごく見下してくるような?」


「気のせい気のせい」


「……いやあ。この目は、あれだよ。JACにいたころ、よく見たなー」


じゃっく、とは何だ?


「なんだっけ、それ?」


「若い頃、いたんすよー。特撮とか、スタントする会社」


「そうそう。ドラマにも出たことあったとか、言っていたねえ」


「車にはねられる役ですけどねっ。顔も、自分だって分からない」


車にはねられる仕事?

……なんと、まぬけな。


「はい。お好み焼き」


「ありがとうございます」


「さて。サスペンスのつづき、つづき」


ばあさんはテレビの前に陣取って、サスペンスを見始める。


「……はあ」


おお。負け犬らしく、ため息をしているぞ。

サスペンスから顔を背けて、お好み焼きをはしでつつきながら。


おい。こっちを見てくるな……わがはいは、寝るのにいそがしい。


「オレもねえ。顔さえ、出てれば……役者になれたかも」


知ったことか。

やくしゃ……とやらが何かは知らないが。

未練たらしくぼそぼそ言っていないで、お好み焼きを食って帰るがいい。


「おお。オレをじっと見つめて。オレのハナシを聞いてくれるんだね、クロっ」


「みゃふー……」


コミュニケーション能力の低いやつだ。

わがはいの態度から、察すればいいのに。


「地獄なんだよ。アクションもこなせる役者になりたくて、あの会社に入った……入ったはずなんだけど」


「にゃああ……」


どうでも、いいんだが。


「レッスン料として、ことあるごとにお金取られちゃうしっ」


負け犬は、だまされるものだ。


「日曜朝八時に駅前へ呼び出され……『筋トレ』と称して始まる、引っ越し会社のバイトっ」


負け犬は、だまされるものだと言っている。


「バイトなのに、バイト代は会社に没収されるんだよっ。働いたのに、お金ない。引っ越しは、筋トレの……『レッスン』の一つだからって……ッ」


「みゃふふっ!」


ククク!


はたらいても、お金を奪われる。

はたらくためのトレーニングで、お金を奪われる。


さっきも、にゅーすで、やっていたぞ。

ブラック企業とやらだな。


「でも、弁当だけはくれるんだよ」


おお、よかったな。

ピラミッドとやらを作らされていた負け犬どもも、パンだけはもらえたらしいぞ。


「弁当は、お金にならないもんねっ。オレたち……めっちゃ搾取されていたっ」


どこのナワバリも、ボス猫が牛耳るものだ。

文句があれば、ボス猫になるように努力してみろ。

わがはいのように、つねに寝転んでいてもいい場所を得るためにな。


「……猫に、なりたいっ」


「あらー。外した。あいつが犯人だったんだねえ」


ばあさんが推理を外したらしい。

男は、テレビを見て笑うばあさんを見て、しょんぼりする。


「ふうっ。オレも、役者になりたかったなあ……今じゃパチンコ屋に住み込みで……」


ガラガラうるさいあそこに住むのか。

それは、苦行である。


「ガタイいいから、ガラの悪いのにも、からまれないのはいいけど。はあ……」


「あ。そうだ、そうだ。これ、これ」


「え? 何でしょうか? これは……チラシ……劇団っ?」


「うんうん。このあいだ、たのまれていたんだ。興味ありそうな人に渡してって」


ばあさんはいろいろな仕事をさせられて大変……?

ちがうな、ばあさんには、これも遊びなのだ。


「市民劇団か……っ」


「なんだか、たのしそうでいいじゃない。テレビに出たこともあるなら向いてるよ」


「車にはねられるだけの、役でしたが……ッ」


「みゃふふふう!」


会社に金を払って、バイト代もうばわれて、はては車にはねられる。

何とも、負け犬の道を究めているではないか。

ピラミッドつくるよりも、ずっとヒドイ労働だな。


「たのしいことは、大切だからねえ。さて、次は……刑事モノの時間だね」


ばあさんはリモコンを使い、テレビの中身を取り換えた。

マジメな顔をした男たちが、泣きながらかつ丼を食べる男をいじめている。

……あんなものになりたいなんて、この男は変わっているな。


お好み焼きを、食べ始める。

あのチラシを、じっと見つめたまま。

ぶつぶつと、お好み焼きを食べながらつぶやいているな……。


「……たのしいことは、大切か。そう、だよなあ……」


たしかに大切だ。

わがはいも、ばあさんも。

それ以外をしていないから、いつでもたのしい。


「テレビに出られなくても……お金にならなくても……また、やってみようかなあ」


わがはいのような気高い黒猫には、わからないことではあるが。

メシが食えて、自分の好きなことをしているのならば。

それ以外に何がいるというのか……。


「……猫みたいに、宙返りも……まだまだやれるはずだし」


それはいい。

あのうすっぺらな箱の中で、泣きながらかつ丼食べているよりずっといい。

くるりと、うつくしく、空中で身をひねる。


あれは、とてもたのしい瞬間だ。

未熟なガキ猫のように、みじめに失敗しても。

それを見ているわがはいは、とても笑えるだろう。


そもそも、笑われたとしても。

やくしゃとやらは満足するだろう。

誰かをたのしませる仕事らしいからな。


ばあさんは、いつもテレビを見て笑っているぞ。


「稽古場、ここからすぐそこじゃん。食べたら、顔、出してみよう!」


おお、おお。

いきおいよく、お好み焼きを食べ始めた。

それでいい、さっさと食べて、たのしいことをしに行くがいい。


わがはいも、そろそろ昼寝の時間なのだ。

まったく。

負け犬どもを見ていると、昼寝のタイミングがズレていけない…………。


「……zzz……にゃふうう……zzz……にゃぐうう」


「よく寝る猫ちゃんだね、クロちゃん」


レイ・ルイスだ。



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