その5 「くろねこと、かえるのおひめさま」




「おばあちゃああああんっ!! クロかしてええええええっ!!」


レイ・ルイスだ。


「はいはい。どーぞ、ほら。行ってきてあげなさい、クロ」


「みゃあああ」


ばあさんに抱きかかえられて、ちっこいガキにわたされる。

ちっこいガキは、涙目のまま、わがはいを小脇に抱えた。


「いそごうっ。おねえちゃんが、ピンチだからっ!!」


「にゃあああ」


大げさに。


わがはいは、もう理解しているぞ。

これは、いつものパターンだ。


いつもいつも。

ほんとうに、人間どもときたら。

みじめな負け犬なのだから。


ククク。


「にゃふふう」


「クロ、がんばってね!! てきは、すごいつよいから!!」


レイ・ルイスだ。


レイ・ルイスは魔法の名前。

最強無敵の猫が、負けるはずはない。


ボロアパートの階段を駆けあがって、開きっぱなしのドアにたどりつく。

なさけない声が聞こえるな。

ふるえながらの、みじめな負け犬声だ。


「ま、まけないんだからあああああっ。こ、ここ、こわ、こわくないんだからああっ」


「おねえちゃん!! たすけに、きたよ!! クロが!!」


レイ・ルイスだ。


「クロ、たすけてえええっ。あの、カエル、おいはらってーっ!!」


「ケロケロケロロ」


「にゃふふっ!!」


血がさわぐ!!

戦いへの情熱が、燃えているのがわかるか!!


カエルよ……ああ、ちかくの田んぼからやってきたおろかものよ。


わがはいの、きばと、つめの……。

ちからを知るのだあああああああ!!


「にゃおおおおおおおおおおおおおおおおおんんッ!!」


「け、ケロケロケロロオっ!!」


……当然の結果だな。

戦いは、いつも、わがはいが勝利する。

ちいさく、つまらん、弱者よ。


わがはいのお腹のなかで、わがはいの名前をたたえるがいい。


「たべちゃった」


「う、うわ。きも……っ。でも、クロ……あ、ありがとうっ」


「みゃああ」


かまわん。

女子供しかいない家だ。

わがはいも、たまには力を貸してやろう。


「クロおおおおおお!!」


「たすけてええええ!!」


「また、カエルが、でたああああ!!」


……雨の多い時期だからか。

あそこのオンボロなアパートのせいか。


カエルどもも、こりないものだ。

毎日のように。


「あら。いらっしゃい。クロかい?」


姉のほうだから、違うだろ。


「ち、違うよ。今日はね、お好み焼きのテイクアウト。三つ」


「はいはい。ちょっと、待っててね」


「うん。クロと、遊んでるね」


「みゃふ」


ナデナデは、心地いいものだ。

お前は、そこらの客よりも、ナデナデをがんばるべきだぞ。

カエルなんぞに、毎度、負けてしまいおって……。


この、負け犬が。


「にゃふふう!」


「……はあ。クロ。聞いてよ。タカガワに行った友達がね、みんなサッカーがんばってるの」


サッカー?

ああ、ボール蹴りだな。


ばあさんも、ときどきテレビで見てる。

あんなものを一時間以上も追いかけ回して……。

人間は、どうかしている。


あんなことをしているヒマがあれば、カエルやネズミを追いかけて訓練でもしろ。

どいつもこいつも、ろくに狩りもできないときている。


「私もね、スカウト、来てたんだ。でもね、うちね……貧乏なの」


「みゃふー」


負け犬は、だいだい貧乏だ。


「父親ガチャに失敗したの! クズ親父。ママと私たちで、あいつを捨てたの!」


ああ、母子家庭というやつだな。

ばあさんのクロスワードパズルで、覚えたぞ。


「でもー。貧乏だから……タカガワって、私立なんだ。お金、めちゃかかるから」


ナデナデが止まる。

お好み焼きの金は、べつにいいぞ。

ばあさん、趣味で焼いているし、慈悲深い。


カエルごときに敗北して泣き叫ぶような者に、めぐんでやるお好み焼きぐらいある。


「あ。お好み焼きは、ちゃんと払うからね、おばあちゃん!」


「はいはい。じゃあ、これは、サービスだよ」


「え! いいの? ありがとう、瓶のコーラ、大好きーっ!」


「みゃう、みゃう!」


よこせ。わがはいにも、よこせ!!


「クロには、チーズだよ。ほうら、あげておやり」


「うん。オッケー。クロ、チーズをどーぞ」


「にゃふ……にゃふっ!」


うま、うまあ。

やっぱり、カエルなんぞよりも、チーズだなあ。


「はあ。コーラ、うんまい……」


「にゃうふ」


チーズもうまいぞ。


「ふー。でもね、絶対ね。タカガワに行った子たちより、私のがサッカー強い!」


カエルよりも弱いのにか?


ああ、でも。

そうかも、しれんな。


お前は、強さを知っている。

なわばりを守りつづける者こそが、強いのだ。


いつも、逃げないからな。

いつも、妹をかばっているからな。


「行きたかった。でも、ママ、貧乏だし……もうすぐ、中学も卒業だけど」


負け犬の瞳は、何かをいつもうらやましがっている。

羨望のまなざし、というものだ。


お前は、それをよくしているな。

なさけない。

だが、それも力なのだ。


だから、泣くな。


「にゃー」


「う、うん。ありがとうね、クロ……なぐさめてくれてる。やさしいっ」


レイ・ルイスだ。


「……私ね。サッカー、したかったけど。決めたんだ」


「にゃふー?」


何をだ?


「競艇選手になるんだ! ボートで、海の上を走り回るの!」


「にゃふ」


それはいい。

海も水だが、お前の苦手なカエルもいないらしいからな。


「サッカーしてたから、運動神経いいし。それにね、お金。お金、欲しいもん!」


見つめている。

羨望のまなざしだが、そのおくに、なわばりを守る者の炎があった。


猫と同じ、勝者のそれだ。


「タカガワに行った、お金あるトコの家の子より。絶対、私のが勝ちたがってる!!」


そうかもな。

お前は、とても飢えている。

若いころの、わがはいのようだ。


「知ってるもん。ママの、お財布に。7円しかないときの、気持ち」


飢えているのは、ときにいい。

なわばりを守る理由が、よくわかる。

おいしいものの価値が、よくわかる。


チーズも、コーラも、お好み焼きも。

お前の、守っているママと妹も。


「だからね。私ね、普通の学校に行かずにね、競艇選手の最短コースに行く!!」


「にゃん」


うむ、どこかは知らんが、得られるのならば行くがいい。

欲しいなわばりがあるなら、うばうしかない。


「いっぱい! いっぱい! お金をかせぐんだから!!」


「うんうん。がんばりなさいなー。三枚で、1500円」


「うんっ。お金、お母さんからあずかってるから、だいじょうぶ」


それぞれ、普段の倍ぐらい分厚い。

イカとチーズも多目に入っている。

ばあさんだから、お好み焼きの大きさぐらい、よく間違えるのさ。


だから、気にせず持っていくがいい。


「じゃあね! またくるからね、おばあちゃん! クロ!」


「はいはい、ありがとうねー」


「みゃー」


……さて、寝るとしよう。

座布団ベッドの上でな……。


「……zzz……zzz……」


……夢を見たぞ。

そうそう、あいつの夢だ。


テレビに映っている。

新人王とやらになったそうだ。


それが何かは、まったく知らんが。

カエルよりも高く、強く、ぴょんぴょんはねて。

うれしそうだから、それでいい。


良かったな。


うらやましそうに見つめていたサッカーも住んでいるテレビのなかに。

とうとう、お前だけのなわばりを作ったらしい。


羨望で見つめる者ではない、お前こそが見つめられているぞ。


負け犬は、卒業だな―――。


「―――また、カエルがでちゃったあああ!! おねえちゃんを、たすけて、クロ!!」


……ああ。

まあ、今はカエルに勝てなくても、そのうちな。


しばらくは、わがはいにまかせるがいい。


家族を守る、戦う者よ。



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