その4 「くろねこと、ものかき」




わがはいの名前は、レイ・ルイス。

黒猫であり、すなわち、その時点で勝者である。

この座布団ベッドのうえという玉座に君臨する、王さまのような存在だ。


だから、このお好み焼き屋にあらわれる負け犬どもとは、あまりにも違う。


「……え、えーと……ここ、やってるのかな……? お、おじゃましまーすっ」


引き戸をガラガラと鳴らして、見知らぬ男が入ってくる。


「ふ、古……っ」


悪口か……?

いいや、おかしな男だ。

うれしそうにしていやがる。


ああ、こいつも、そうなのだ。


この負け犬だらけの田舎町にふさわしい、古いものに親しみを感じるやつだ……。

……そういうやつほど、ここを気にいる。


ククク。

みじめな、負け犬め。


「にゃふふふふうう」


「え、えー……この黒猫、笑ってる……?」


そうだ。

よく気づくな。

さすがは、笑われることになれている者だけはある。


そう。


わがはいは、お前を見て、笑っているのだ。


「え、えーと。メニューは……」


上の方に貼ってあるだろう、自力で発見するがいい。

あと、ばあさんは90年も生きている。

水も、自分でコップにつぐんだぞ。


それが、ここのルールだ。


「ぶ、豚玉そばが、た、たったの500円!?」


ばあさんは遊びでこの店をやっている。

それでいいんだ。


「安すぎませんっ?」


「昔からこの値段だからねえ。世の中の方が、勝手に高くなっていったの」


「そうかもし、しれませんが……えーと。じゃあ。お、大盛、おねがいします……っ」


「はいはい。普通の豚玉そばが500円だから。大盛は、600円ね」


「や、安……っ!? いいんですか!? 最近、物価高ですよね!?」


「世の中は世の中で、うちはうちだから」


ばあさんも、王さまのようなところがある。

ほんとうに偉いやつは、世の中になど、したがわないのだよ。


「そ、そうかも、しれませんけど……じゃ、じゃあ。水を……」


「あそこにあるよ」


「は、はい! 自分でついできます」


賢明な負け犬だ。

自分でつぐのが、正しい。

よそはどうでもいい、ここはばあさんの店だからだ。


「はあ……レトロな感じだ……っ。スマホで、と、撮っておかないと」


どいつもこいつも、あの平たくてちいさな箱の奴隷だな。

わがはいも、よく撮られるが……。

人間どもは、あのちいさな箱にしたがい過ぎだぞ。


猫だけでなく、あんなくだらん平たい箱の奴隷になるとは……。


「にゃふふふふう!」


「よ、よく笑う黒猫だな……っ」


ほうら、また奴隷になった。

スマホとやらで、わがはいを撮影しているぞ。


「かわいい。おばちゃん、この子、何ていうんですか?」


「クロだよ」


レイ・ルイスだ。


「へー。まっ黒だから、クロ……」


「ふらっとやって来て、そのままいついてる」


「なるほど。クロも……ここが気に入ったんですね」


たまたまだ。

ここの座布団ベッドが、心地良いからだ。


さて……。


「豚玉そば大盛、出来たよ」


「ありがとうございますうっ。わあ、大きいっ。これで今日一日分の栄養が取れます」


ああ。やっぱり、負け犬だ。

一日で一食だと。

わがはいなど、客からチーズやお好み焼きをみつがれまくっているというのに。


「にゃふふふふう、にゃふふふふう!」


「すごく、楽しそうだね、クロ」


レイ・ルイスだ。


「おみそ汁をあげよう。あと、これも、ゆで卵だよ。クッキーも」


「あ、ありがとうございますうっ!! ボク、貧乏な物書きなんで、た、助かりますう」


「物書きねー」


「はいっ。虫けらと同じ地位の、物書きですっ」


「にゃはははははふふふふうう!」


おもしろいやつだ。

少し気に入ったから、からかってやろう。


「みゃああああ」


「ち、チーズ、食べたいの?」


そうだ。

猫が、じっと見つめているときは、ものをよこせという意味である。


「じゃあ、はい……チーズ、半分こ」


半分か。

まあ、一日を一食で過ごそうとするみじめないきものからは、多くはもらわん。

のこりのチーズは、わがはいからの『ほどこし』だ、しっかりと味わえ。


「にゃふ、にゃふ、にゃふっ!」


「すごいペースで、食べてるっ」


「クロはね、食い意地がはってて、意地汚いんだ。そこが可愛いの」


「よく食べる動物って、可愛いですよね。うちの犬も、こんなだったなー」


犬などと、一緒にされては黒猫の名がすたる。

さて、食ったんだ……寝るとしよう。


「座布団で、寝るんだね。かわいい……」


「寝てるときは、普通の猫みたいに静かだよ。起きてると、やかましいけど」


「zzz……にゃううう……zzz……にゃふうう」


「寝てても、うるさいときも、あるの」


「元気な猫ですねえ。よしよし、よしよし」


「zzz……にゅふ……にゃふ……zzz」


「猫は自由でいいなあ」


負け犬には、自由はない。

うらやましかろうよ。


「自由……か。ボクらサービス業は、お客さんに合わせないといけない」


そうか?

ばあさんは、たぶん……合わせてないぞ。


「みんなから好かれるようなモノを、書かないと……お金にならない」


それで不自由になるなら、それはつまらん負け方だな。

勝っちゃいないし。

そもそも、たぶん戦ってもいない。


「はあ。また、新作を書かなくちゃなあ……スマホで、ネタ探し……検索上位を探る……」


ぶつぶつと、何やらつまらん言葉をくり返す。

やはり、負け犬はしばらく見ていると、あきてくるな。


寝るか。


「ああ。そうだそうだ。ねえねえ、お兄さん」


「は、はい?」


「スマホでね、クロスワードパズルの答えを、調べてほしいんだよ」


「あ、ああ。あの新聞のですねー。はい、大丈夫ですよ。ボク、答え知ってます」


「スマホあるからね。えーと、第776回の縦、12番」


「ヨモギモチ」


「だと思った。そうだよねえ。ここは、ヨモギモチ。じゃあ、横の33番」


「クナイチョウ」


「うんうん。なるほどねー」


……ふむ。こいつ、あの平べったい箱で調べてないな。

何で、答えがすぐに、わかるんだ……?


「……さて、残りは、自分で考えよう」


「わかりました。また、何かあったら聞いてください」


「うん。おみそ汁の、おかわりをあげよう」


「あ! ありがとうございますうっ! 助かります、栄養っ」


……ばあさんが、みそ汁のおかわりをつぎに行ったな。

負け犬が、わがはいをなでてくる。


「じつはね。あのクロスワードパズルね。ボクが、バイトで作ってるんだ」


……いろいろなコトをしているものだ。

負け犬どもも、意外とコソコソ、何かをしている。


あの自由なばあさんが苦戦するものを、こいつごとき負け犬が作るとは。

何やら、世の中は、不思議なこともある。


「ああいうクロスワードパズルって、もう時代遅れかなとか……思ってたけど」


ばあさんは、楽しんでいるぞ。

まあ、ばあさんは、何だって楽しそうにしているわけだが。


「でも、楽しんでくれてるヒトも、ちゃんといたんだなあ」


世の中は、たぶん、負け犬の目玉では見通せないほどには、広くて大きい。


「がんばろう」


そうするといい。

負け犬は、負け犬らしく。

どこまでもがんばるんだぞ。


わがはいたち猫は、この座布団ベッドの高みから……。

……あわれな、お前らを、ニンマリしながら見下しておいてやろう。


ククク。


「にゃふふふ……にゃふふふふううっ」


「本当に、よく笑う猫だなあ、クロ」


レイ・ルイスだ。



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