その7 「くろねこと、あめあがり」




雨がふっていたのだが、いつのまにかやんでいる。


「zzz……zzz……」


わがはいが眠っているのではない。

雨のせいで、いつもより客が少なかったから。

ばあさんは、ぐーぐーと寝息を立てている。


客がくれば、あのガラガラとわめく引き戸が目覚ましとなるから問題ない。

あの引き戸は、ほんとうにやかましいからな……。


……ん。

引き戸が、少しばかり開いている。

ばあさんだな。


閉じ忘れたわけじゃない。

わがはいが、ナワバリの見張りに出かけるときのために。

あえて、開けてくれているんだよ。


負け犬どもも、お好み焼きを目当てに現れなくてヒマだから。

ちょっと、散歩にでも出かけるとしよう。


座布団ベッドから飛び降りて、ひんやりと心地いい風をヒゲに当てた。

引き戸のすき間を、黒猫のヒゲで計測するのだ。

うむうむ、もんだいなく、ここから出られそうだぞ……。


「にゃふふう」


ククク!


どうだ、わがはいの計算通りに、外に出られた。

ヒゲのみちびきが、間違うことなどないのだよ。


さて。

わがはいのナワバリに、他の猫が入り込んでいないかを調べてやろう。

雨にぬれて、ひんやりと冷たい道路をふむ。


横断歩道をわたって、学生どもが群れを成してあつまる場所に向かう。

あそこも、悪くない。

連中、わがはいに菓子をみつぎたくて、しょうがないからな……。


「……みゃふー……」


わざわざ、やって来たというのに。

あてが外れてしまったか。

連中、まだ学校のなかに閉じ込められている……。


つまらんことだ。

あんなところに、いつも閉じこもっているから。

ねずみも狩れない、ムダに大きいものになる。


……だが、広々とした校庭が空いているな。

おお、足跡をつけられる……。

ふむふむ。


「にゃふふふう」


わがはいの偉大な足跡を、ここに刻みつけておこう。

ここがわがはいのナワバリだということの、『あかし』としようじゃないか。


ふみふみ。

ふみふみ……と。


一仕事を終えたな。

さて、ばあさんのところに戻るとしよう。


「……おお。お好み焼き屋のところの、クロじゃないか」


「みゃー」


レイ・ルイスだ。


このじいさんは常連の客だな。

お好み焼きを食べにくるわけじゃなくて、昼間からビールを飲みにくるじいさんだ。

ばいくやの、社長らしいぞ。


じいさんも、散歩していたらしい。

……お。

買い物袋を、下げているじゃないか。


「にゃああああああ」


何か、寄越せ。


「んー。腹減ってるのか……食い意地のはった黒猫だなあ」


「みゃああああ!」


寄越せ!

その袋に入っているものを、何か寄こしやがれ!

いいにおいが、するんだ!


「はいはい。すぐそこ、うちのバイク屋だから、寄ってきな」


「みゃー」


じいさんのあとを追いかけて、わがはいはバイク屋にたどりつく。

うむ、ちいさくて、薄汚れていて。

ヒマそうだな。


ばあさんのお好み焼き屋と、どこか共通するにおいがする……。

……それと、缶詰めを開ける、良いにおいも!


「ほうら。食ってみるかー。ツナ缶だぞー」


「みゃあああああ!」


「おお。すごいいきおいで、がっついているなあ……」


「みゃふ、みゃふ、みゃふふうう」


うま、うま。

お好み焼きもいいが、たまには魚もうまいな……っ。


食べた、食べた。

わがはいは、満足だぞ。

じいさん、ナデナデしろ……食後のそれは、気持ち良くて好きだ。


「なでろってか。まあ、いいけどなー。よしよし、よしよし」


「にゃふう……」


ガサガサの指だが、まあまあのナデナデだ。

ばいく屋とやらも、やるじゃないか……。

さて、床に寝転がって、しばらく昼寝しておこう……。


「むかーし、うちにも猫がいたが。そいつはここまで食い意地はってなかったな」


食べることに、どんよくであるほうがいいぞ。

そっちのが、強くたくましい猫になれる。


「昔と、今じゃ。ずいぶんと違うからなあ。バイクも、前ほど売れなくなった」


ばいくか。

あれよりは、車のほうが、たしかに多く、そこらへんをうろつている。

大きいからだろう、ばいくよりも車のほうが、たくさん食べたのさ。


「同業者も、どんどん少なくなっててな」


そうかい。

敵がいないのは、過ごしやすいぞ。


「わし、昔な。バイクの売り上げがすごくて、ホンダの社長にパーティーに招かれた」


しゃちょうが、しゃちょうに……。

ややこしい。

しゃちょうだらけだな。


「あちこちのバイク屋の社長を集めてたんだ」


本当に、しゃちょうだらけか。

そんなにあつめて、どうしようっていうんだ?

ケンカして、ボスでも決めたのか?


「わしら、ホンダの社長に、「どうか商売の秘訣を教えてください」って聞いたんだ」


ああ。

ボスは、決まっていたようだな。


「そしたらねえ、「いやいや逆だよ、逆だ」っていうんだよ」


ボスは、そいつだろ?


「「今日は私がみなさんから仕事の秘訣を教えてもらいたくてお呼びしたんだ」って」


聞きたいヤツから、聞かれたのか。

ふむ、何が何やらだな。


「わしね、感動したよ。そっからね、うちじゃ、ずっとホンダのバイクばっか!」


やっぱり、ボスはそいつだったらしい。


「すごいヒトだったよ。あそこにいた他の連中も、とんでもなく嬉しかっただろう」


じいさんが、それだけ喜んでいるのなら、そうなんだろうな。


「すごいヒトに、ほめられるってのは、いいもんだ。何だかやる気が燃えたねー」


いつかは知らないが、ずっと大昔のことだろう。

壁の上のほうに飾ってある、色の逃げ出した写真を見つめた。

ニヤニヤしている。


さっきよりも、負け犬っぽさがどこかに行っているな。


「さて、ちょっくら、がんばるかね。まだまだ、わしは現役だ」


じいさんが楽しそうに、上着とズボンがくっついた灰色の服を着こんでいく。

鼻歌混じりに、かたそうな銀色を取り出した。

作業場のはしっこの方にいた、大きなバイクに近づいていく……。


「ばらして、組み立てて。遊ぼう」


なるほど、たのしそうにしているが……。

ナデナデが終了したというのなら……。

わがはいは、そろそろばあさんのところに帰ろう。


金属のキイキイという鳴き声は、あまり好きじゃないからな。

じいさんが、ばいくを狩って、バラバラにしてあそびたいなら、ひとりでやるといい。


「楽しい、楽しい。やっぱりね、商売の秘訣はね、楽しんでやることさ」


そうらしい。

ばあさんも、そうだから。

きっと、正しんだろうよ。


さて、家に戻るか…………。

……家ね。

うん、ばあさんとこの、座布団ベッドは、わがはいの家である。


誰にも取られぬように、あそこで眠らねばならんのだ。




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おこのね ~お好み焼き屋の黒猫とおばあさんと、ゆかいな街の負け犬たち~ よしふみ @yosinofumi

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