その2 「くろねこと、こどもと、コーラ」




わがはいの名は、レイ・ルイス。

このオンボロなお好み焼き屋のイスのうえ、座布団ベッドがなわばりである。

日がな一日、ここでのんびりと眠るのだ。


これこそが、勝者のすがたなのだよ。

そこらをウロウロしている負け犬どもとは、まったくことなる。

見るがいい、人間どものぶざまなさまを。


「コーラ、とどけにまいりましたー」


「はいはい。これ、お金ねー」


「毎度ありー。冷蔵庫のとなりに、置いときますねー」


黒猫にあこがれる人間どもは、ああやって黒い水を飲むのだよ。

あんなにたくさん、どこからか運んでくるのだ。

体のうちがわから、黒猫の色に近づこうと必死なのさ……。


あわれな負け犬どもめ。


「にゃふふふ、にゃふふふう」


「クロちゃん、寝ながら笑ってますね?」


「クロはへんな猫だからねえ」


だから。レイ・ルイスだ。


こーらとやらを運んできた女は、眠ったふりをしているわがはいに近寄る。

なでてみたいのだろうな。

黒い水を売って歩くようなヤツだから、黒猫が好きに決まっている。


よかろう。


「なでなで、なでなでー」


「……ごろごろごろおお」


うむ。よきマッサージである。

しばらく、それを楽しんだあとで……。

あきたからイスを飛びおりた。


「クロちゃん、水飲みたいんだ」


「よく食べるし、よく飲む猫なんだよ」


「そっか。それじゃあ、また!」


「はいはい」


水を飲む。

この田舎町の水は、そこそこうまいのだ。

どんなみじめな場所にも、ひとつぐらいは良いトコロがある。


水を飲んだら、またイスに上るのだ。

座布団ベッドで過ごす、それ以上の楽しみなんて、あるはずもない。


ああ、気持ちいい……。

わがはいのにおいがついた、わがはいのベッドは最高だ……。


「zzz……zzz」


「よく寝る猫だこと」


ばあさんは日課のクロスワードパズルとやらを始める。

こーらとやはら、放置されているな。

また、あとで冷蔵庫とやらに入れるんだろう。


あるいは……。


「こんにちはー!」


……まずい。ガキがきやがった。

ちいさなガキは、不作法だから、ほんとうにこまる。

わがはいを見つけると、興奮しやがるしな……。


「猫ちゃん、今日もいるー! かわいい! かわいい!!」


……ああ。まったく。

ナデナデは、がさつにしてはならん。

もっと、ていねいにやるがいい……。


「なでなで、なでなで!」


……わしわしと、するんじゃない。

……むう、腹が立ってきたぞ、このガキめ。

かみついてやろうか……。


……だが、わがはいは偉大なオトナ。

こんな取るに足らないガキなどに、わざわざ反応してやる必要もないな。

寝たふりをしておこう。


「なでなで、なでなで」


「クロと遊んであげて、ありがとうねー」


「うん。遊んであげているの」


わがはいが、遊んでやってあげているのだ。


「今日は、豚玉そばかい?」


「うん。豚玉そば。おばあちゃん、マンガ読んでいい?」


「いいよ」


「やったー」


……ナデナデは終わりか。

いいさ。うん。おかげで、のんびりと眠れる。

……もっとしてほしいとか、そんな気持ちはないんだ。ほんとうだぞ。


「マンガー、マンガー」


……ガキが、わがはいのとなりのイスに座った。

まんがとやらを、読み始める。

一週間に一匹ずつ増えて、横並びに整列していく……。


ばあさんの手下どもだ。


無口でな。

まあ、健気ではある。

客どもに笑われるあわれなピエロどもだよ。


ばあさんがお好み焼きをつくるあいだ、客の相手をするのがこいつらの仕事。

まあ、ペラペラの新聞どもよりは、こいつらの方が毛色はカラフルだ。

格上なのだよ、より猫にちかいのだから。


「きょうねー、学校のテストねー、がんばったんだけどねー、ダメだったー」


「そうかい。がんばったんなら、それでいいんだよ」


「そうかなー。そうだよねー」


まんがをもてあそびながら、ガキはケラケラ笑った。


笑えるぶざまなようすを、まんがは見せてしまったのだろう。

ぶざまなものは、笑えるから、良い。

猫も、そういう負け犬どもを見て、よく笑っているのだ。


「勉強ドベでも、マンガ読むとね、たのしくなるから好きー」


だが、まんがにあこがれてはいけない。

そいつらは、ばあさんの手下に過ぎないのだから。

より強い生き物に、ちゃんとあこがれるべきだ。


「はい、焼けたよー。おみそ汁と、チーズもあげようね」


「ありがとー」


「にゃうううう!」


「クロちゃんも、チーズほしいって」


「はいはい。食いしんぼうな看板娘だ」


わがはいは、オスである。


……ああ、チーズ。

あいかわらず、よい色をしているな。

この、かみついたときのかんしょくも、た・ま・ら・ん!


「にゃうう……にゃう、にゃううん!」


「すごいいきおいで食べてる! スマホで撮って、お母さんに見せたげよー」


やれやれ。

人気者は、いそがしいものだ。


……ガキも、お好み焼きを食べはじめる。

まんがは、あわれにもあおむけにされて、お好み焼きのとなりに横たわった。


「おもしろ……私もねー、マンガ家になるー。バカでも書けそう」


「そうだねえ。おもしろいお話は、勉強できなくても書けるのかもね」


「うんうん。バカなほうが、笑えるもんね」


……はしでお好み焼きのきれはしをもちあげて、ガキはかみついた。


「うまい、うんまい、もぐもぐもぐもぐ」


「はい。コーラを、プレゼント」


冷蔵庫に閉じ込められていたヤツを、ばあさんはガキにおごる。


「ありがとー! いただきまーす! 瓶のコーラ、好きー。開けるの、難しいけど……っ!」


「開けられたね。栓抜きの使い方、上手になったねえ」


「うん。たぶん、これは、学校でいちばん上手だよー。他の子、センヌキも、知らないもん」


「瓶のコーラもめずらしいだろうからね」


「ペットボトルか、缶だよね。でもね、でも……こっちの方が、なんかおいしい! それにね、カッコいい気もするの! 自分で、開けられたからかな?」


「かもしれないねえ」


正しいコトだ。

自分で、狩りをしてとらえたえものほど、おいしいものはない。


「勉強できなくても、おばあちゃんのおかげで、センヌキはいちばん!」


「えらいねえ」


「えへへー」


……とりえがあるのは、よいことだ。

てすととやらに負けても、センヌキで勝ったというのなら。


負け犬とは、呼びがたいな。


「クロちゃん。クロちゃんにも、コーラちょっとあげるね」


……えものを、わけあたえるなど。

それは子猫に、親猫がすることだ。

それに、黒猫のわがはいが、今さら黒い水など……。


「おいしいよ」


……まあ、ためしてやるとしよう。

……皿につがれると、こーらはわがはいの力におびえたのかパチパチ飛びはねる。


「にゃうふふふ!」


ククク!

おびえろ、きょうふに、飛びはねるがいい、こーらよ……。

わがはいに、飲まれてしま―――!!?


う、うんま! うま、うまああっ!?


「クロちゃん、大喜びだ。コーラは、最高に美味しいよねえ」


「にゃううう! にゃうううう!!」


もっとだあ!!

もっと、そいつを!!

もっとよこせえええ!!


「クロは食い意地がはっているから、好きだよ」


ばあさんは、そう言いながら。

自分も飲むために、こーらへセンヌキを使った。



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