その1 「くろねこと、くろねこ」




ばあさんが経営するお好み焼き屋には、わがはい以外にもう一匹の猫がいた。

しばらく気づかなかった。

なにせ、無口なやつなのだから。


「今日も、そこそこの商売ができますように」


ばあさんが拝んでいる。

もう一匹の方にな。

そいつは金ぴかの小判をだきかかえていやがるんだ。


「すすけたもんだねえ。この招き猫も。クロとおんなじ、まっ黒だ」


レイ・ルイスだ。

クロと呼ぶのはおおきなまちがいだな。


もう一匹は、まねきねことか言うらしい。


こいつはお好み焼きから出るソースのけむりでも浴びつづけたせいか。

わがはいと同じように、まっ黒ではある。


「昔は白かったんだけどねえ」


ふん。わがはいたち黒猫は、いつでも勝者になるものだ。

ざまあみろ。

にんまりと笑って、バカにしてやるんだ。


すこしばかり高い位置に座っているからといって、調子に乗るべきではない。

神棚のとなりにいるだけでは、黒猫に白猫が勝つことはできんのだ。

歌うとしよう、勝者であることを、しめすために!


「みゃああああう!」


「クロ、ごはんはさっき食べただろうに?」


ばあさんは、わがはいを食いしん坊な猫だと考えているらしい。

それはまちがいだが……だが。


「チーズがあった」


ああ……チーズは好きだ。

もらっておくとしよう。


うま、うんま……っ!


ククク。


うらやましいだろう、かつて白猫だった「まねきねこ」とやらよ。

ソースのけむりで、わがはいたち黒猫に近づこうとしたところで。

ぜったいに、勝てないんだよ。


「ふがうふがう!」


「よく食べる猫だね。クロは、ほんとうにいじきたないから好きだよ」


食べているときに、背中をなでられるのは楽しくはないが。

まあ、いいさ。

何せ、見せびらかすことほど気持ちいいことはない!


まねきねことやらよ、そこで、わがはいがチーズをたのしむ様子を見ておけ。

小判をかかえた、まぬけなポーズのままな!


「さて。クロスワードパズル」


ばあさんはでかい虫メガネをもって、新聞を読みはじめる。

曲がった背中をさらに曲げて、猫背をつくる特訓をしているのだ。

やはり、わがはいたちをまねる者は多い。


偉大なる猫にちかづくために、人間たちは訓練をかかすことはないのだよ。


「猫背なんて、良くないんだけどねえ」


コチコチと、時計が鳴っている。

チーズを食べ終わったし、わがはいは座布団ベッドに戻るとしようか。


ああ。


この座布団ベッドの気持ち良さは……最高だな。

丸まって、あくびをして……。

こちらをうらやましそうに見ている「まねき」を、鼻で笑った。


「にゃうーふ」


うらやましがるがいい。

お前は、この座布団ベッドが欲しいだろうが。

そこで、わがはいとばあさんのために見張りをしておけ。


この負け犬め。


「にゃうふふふうー」


「寝言も多い猫だねえ、クロは」


……だから、レイ・ルイスだと言っているのに。

この古ぼけた首輪を、その虫メガネで読んでみるといいのだ。

書いてあるはずだ、名付けたやつが、そこに書いているんだ……。


……だが、もうずっと前のことだから。

そこのポスターみたいに、とっくの昔に色がどこかへ逃げているかもな。

じゃあ、虫メガネごときでは、読めないかもしれん。


どうでもいいや。


今は、寝ることが、いちばん大切なんだ……。


「zzz……ふがあう……zzz……にゃふうう」


「寝息もうるさいんだよねえ、この子は」


いい夢を見る。

猫はいつだって、そうだ。


夢のなかでなら、どこにでも、だれにでも、いつにでも、会える。


ちいさな手で、首輪に書いてくれたなあ。

「とってもつよい、レイ・ルイス」

「この名前をあげる。だから、もうほかの猫にいじめられませんように!」


わがはいは、いつだって強い。

いじめられているわけではない、猫のたたかいは、たがいにボロボロになるだけ。

勝ってきたぞ、「まねき」とはちがうのだ。


わがはいは、生まれたときから、いちばん強い黒猫なんだ。


ちいさな手が、いなくなっても。


こんな負け犬だらけの、さびれた田舎町にながれてきても。


こんなに、おなかいっぱいで。

こんなに、ここちいいのだからな。


……場所がいいのだ。

さえない田舎町にも、日当たりが良いとか、風のながれが良いところがある。

ここは、おそらく……そうなんだ。


ソースの風がふいている。

鉄板があったかい。

静かで、のんびり……。


オンボロなエアコンの、ガラガラ声はすこし気になるが。

なれれば、悪くないかもしれん。

古くて、しわがれた歌にも……味があるものだよ。


……おい、「まねき」。

お前も、ここを見つけられて、良かったな。

しかも、わがはいよりもずっと前にとは、なかなかやるじゃないか。


しかし、だ。

先にいたからといって、調子には乗るなよ。

レイ・ルイスは、いつだって最強無敵の黒猫なのだから。


魔法の名前だよ。

とっても強い、レイ・ルイス。


そうそう……。

けむりまみれの「まねき」よ。


人間ってのは、けむりになって空に行きたがるから。

わざわざ、何日も何日も眠ったふりをして、焼き場ってところで。

お前も、あのちいさな手になでられたか?


いいやつだから、お前にも。

きっと、いい魔法をかけてくれるぞ。

猫みたいに、いい笑顔で。


「にゃふふふー……zzz」


「いい顔で笑う猫だよ。しあわせな夢ばかりを、見るんだろうねえ。よしよし」


もしも、まだなら。


けむりのなかで、探してみるといい。

たぶん、すぐに見つかるだろう。


お前は、ここをわがはいよりも先に見つけられたやつだし。

それに。

いつのまにやら……最強無敵の黒猫の仲間になれたのだから。


あの子は、黒猫が大好きなのだよ。

わがはいと生き別れてながいが、けむりのなかには、きっといる。


あれは。

そう。


しあわせを呼ぶ、魔法の手さ。



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