おこのね ~お好み焼き屋の黒猫とおばあさんと、ゆかいな街の負け犬たち~

よしふみ

はじまり 『黒猫とばあさんとお好み焼き』




わがはいの名は、レイ・ルイス。

まっくろな猫である。

いつのころからか、野良猫暮らしの一匹旅。


前の飼い主と生き別れて、たしか、そろそろ三年になるのだが……。

気ままで良くもあるし、さみしくもあるような気がする。

どちらにせよ。


今日は、ここで雨宿りだ。

昼間なのに、道路をはしる車も少ない。

負け犬どもばかりが集まった田舎街。


ぼろっちいのきさきを、かしこく傘がわりにしてやろう。

わがはいは、空を見あげる。

灰色の猫みたいだ。いつかケンカしたことのある、意地悪なオス猫だ。


わがはいが、勝ったぞ。

本当だ。

意地悪なヤツには、本気をだせるタイプの黒猫なのだよ。


雨が、やみそうにない。

灰色め。しつこいから、きらいだ。

……ちくしょうめ。


雨の日は、古傷がいたみやがる……。

ぐううう。

腹も、鳴った。


そういえば、昨日にねずみを食べて……それから何も食べてない。

雨のなか、うろついて……ずぶぬれになりながら、メシを探す……?

わがはいのような、偉大な黒猫のすることじゃない。


しゃがみこむ。

待つのだ。

なれている。


灰色猫は、しつこいが。いつだって、わがはいの勝ちなのだ。

しばらくすると、ガラガラと、背中の後ろで音がした。


「あんれ。アンタ、そこでしゃがみ込んで、ケガでもしとるんかい?」

……年寄りだ。ばあさん。しわしわのちっこい、ばあさんが引き戸を開けたんだ。


「……っ!」


いいにおいがする。

ガラガラのオンボロ引き戸のおくで、何かを焼いてやがるんだっ!


「にゃあ、にゃあ! にゃああおおおうう!!」


「ははあ。腹がへってるんだねえ。ほうら……」


ばあさんに、持ち上げられてしまう。

逃げられたはずだが、わがはいにも失敗はあった。

めんどうだから、逃げない。


びよーんと、伸びる。


「にゃうううう」


「うなってるねえ。でも、ふーん……ケガはなさそうだ」


ぐるるるうう。

腹が答えた。


「あははは。お好み焼きなんて、猫が食うのかねえ」


わがはいを、あなどってもらっては困る。

レイ・ルイスは、最強無敵の黒猫なのだ。

名づけの親は、そう言っていたぞ。


『おこのみやき』とやらぐらい、食らい尽くしてくれるわ!


「にゅううう! にゃおおおおうう!」


「食べたいみたい。ほうら、それじゃあ、店のなかにお入り」


ばあさんに持ち上げられたまま、わがはいはその店に入った。

うむ。

床に降ろされる……。


床……というか、地面?

ここには、固められた黒い土がある。


ふみふみふみ。


おお。足の裏の肉球にやさしくて、良いではないか。

見回してみると……。


ああ。


これは、これは。


なんとも古臭い。

古すぎて、色がどこかへ逃げてしまったポスターがある。

カープ……V4達成……。


いったい、いつのことやら。

どう上げされてる、大昔の連中を見上げていると……。

ばあさんが戻ってきたんだ。


「ほら。この皿にお好み焼き入れてあげたから……食べんさい」


「にゃううう」


これが、おこのみやきか……。

湯気が立ちのぼっているぞ。

わがはいは、基本的に猫舌なのだが。


ばあさんには、通じないか。

ぐるるるう。

腹が鳴る。


さっさと、食べるとしようか。


「おお。猫でも、食べるんだねえ。私が焼いたお好み焼き」


熱い。


だが、うまい。

腹がへってるからかもしれんな。


なんであれ、うまいから。

それでいいんだ。


「あら。もう食べた。大食いの黒猫だね」


「にゃあああああ」


「まだ食べるのかい。私のお昼ごはんなんだけど。まあ、いいか」


わがはいの……レイ・ルイスという名誉ある名にかけて言っておくが。

ばあさんの飯をうばったわけじゃないぞ。

ばあさんがくれたし、ばあさんには……まんじゅうがあった。


どちらかといえば、熱いお好み焼きよりも、わがはいはそっちのが好きだ。

……まあ。

これも、うまい。


……まんぷくになると、外の雨音がきもちいい。

雨にぬれるのは、いやだが。

ここで、音を聞いておくのはきらいじゃない。


「おや。帰るのかい?」


ガラガラと、引き戸が開いた。

ばあさんは、わがはいが外に出たいとでもカンちがいしたのかもしれない。

年寄りだから、しょうがない。


わがはいは、プイっと顔をそらす。

偉大な黒猫尾は、態度でしめすものだ。

ちいさくて高さのあるイスに飛び乗った。


「そこは、お客さんの席なんだけどねえ」


「にゃうううん」


知ったコトではない。

ふむ。にらんだとおり。

この座布団は、最高だ。


わがはいと出会うべくして、ここにあったのだろう。

あくびする。そのまま、毛づくろいをはじめた。


「あはは。アンタ、うちに居つく気かね。まあ、いいけどねえ」


こうして、わがはいはこのイスの上に住むことになった。

新しいナワバリである。

くるりと、丸まって。


座布団のかんしょくをたしかめてやるのだ……。

うむ。

なかなかいいじゃないか。


外よりあったかいし……。

そうか。じゅーじゅー鳴いてるこの黒くて平たいやつが、なんだか温かい。

ここで、寝るとしよう。


「鉄板があったかいからかねえ。ほうら、クロ。クロ」


「にゃうううう」


わがはいは、レイ・ルイスだ。

ばあさんになでられる……。

しわしわの手だが、心地いい……。


……うむ。

寝よう。


「zzz……zzz」


「看板娘が出来た」


わがはいは、もちろんオスだ。




こうして、わがはいは新たな家を手に入れた。

この負け犬だらけの街の、オンボロな店の……ふかふかの座布団だ。

静かで気持ちいいから……しばらく、いてやろう。




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