第11話 忘れたレシピ(6)
「えっ?」
全くの予想外の突然の出会いにトワは激しく困惑する。
「どうしたの? そんな血相変えて。あっ! わかった。怪盗団を追ってたとか?」
「えっ? あっ……うん。そうだ! 誰か通るの見なかった?」
トワは混乱しつつも辺りを見回す。深夜ということもあり人影ひとつない。既に逃げられてしまったようだ。
「誰も見なかったけど。わたしも昼間の予告状が気になってね。もしかしたらと思って見に来ちゃった」
「……そう、なんだ」
トワは拍子抜けしたように、その場にぺたんと座り込む。
そして教会の中をちらりと振り返り青ざめる。
自分でも何故あんなことをしたのかわからなかった。イツカのことを言われた瞬間カッとなったことまでは覚えているが、その後のことが不鮮明だ。まるで何かに身体の自由を奪われたかのような感覚だった。
「うわっ……なにこれ! もしかして本当に泥棒と戦ったの?」
教会内に戻った二人はその惨状を目の当たりにして唖然とする。
「ええと……うん――」
トワは無数に散らばった本の残骸を見て後悔をする。本当に何故こんなことをしてしまったのか。これだけの本を治すのにどれだけの時間がかかるのであろうか。
「魔法司書って本当にすごいんだ! その本を使うんだよね?」
「……うん――?」
素直に驚くクーリクにトワは何故か違和感を覚えた。
「何が書いてあるのか見せてもらってもいい?」
クーリクはイツカに興味津々といった様子でトワにくっつく。
「!」
トワはその違和感が何であるのか、その時全てわかってしまった。
「ねえ、クー。この前エーテライズした本のこと覚えてる?」
「えっ? もちろん」
「シミがあったよね? コーヒーをこぼしておじいさんに――」
「うん、怒られた」
「……」
すらすらと答えるクーリクにトワの疑念は確信へと変わる。
「そのシミはおじいさんがこぼしたシミだよ。怒られてなんかいない」
あの日クーリクの本をエーテライズしたのを見ていた観客の中にきっといたのだろう。だが二人の会話からだけではコーヒーを誰がこぼしたのかはわからない。だから間違えた。
「あなたはユミル――いや、エメリックさんですね?」
トワはクーリクの姿をしたその人間に問いかけた。
「……なぜ、わかった?」
『彼』は少女の表情を豹変させ、低い声でそれに応えた。
「最初からです。先週わたしがこの町に来て、あの本屋で追いかけた人、あの人にデューイのエーテルを付けました。それがユミルさんにもエメリックさんにも、そして今のクーリクのあなたにも付いてた」
「にゃー」
トワの説明にデューイが得意げな鳴き声を上げる。
「ふっ……ちゃんと気をつけてるつもりだったんですけどね。そうです。全て同じ私です。アルスオーブ怪盗団は最初から一人しかいない。けど間違ってますよ」
「えっ?」
彼は自嘲気味に笑うと、両腕で自分の身体を抱きしめ、膝を折ってその場にうずくまる。
すると全身から青い光が立ち上り、その姿が変容していく。
「――エメリックも私が作った一人にすぎません」
そしてエメリックの姿になると立ち上がり、トワを見下ろして答える。
「どれが本当のあなたなのですか?」
トワの問いかけにエメリックは眉をしかめ、ゆっくりと雑然とした店内を逡巡した後、崩れた書棚に座って話し出した。
「私も自分が誰だったのか思い出せないんですよ。九年前のあの日、あの場所に私もいた。ケイが神の目録を開き、気付いた時には私は自分の本当の名と姿を失っていました。代わりに魔法司書としての力と、この変身の力を手に入れていました。どんな人間にも思い描いたように変身することはできます。けど元々の自分がわからなくなったのです」
「そんな……」
「あの日以前の記憶はもちろんあります。けど自分自身のことだけは思い出せないのです。写真も記録も全て消えていましたし、他の人達からも私に関する記憶はなくなっていました。おそらくケイが世界を書き換えたのだと考えています」
『なんでそんなことを――』
その境遇に自分と似たものを感じてイツカが口を開く。
「わかりません。ただ私は望んでこうなったという気はしています。魔法司書の可能性に憧れ、そしてその力を持った彼女らに嫉妬し、自分を嫌いになった結果、自分を失った。これは彼女が私に与えた罰なのかもしれません」
「……」
トワは今朝エメリックが魔法司書への憧れを口にしていたのを思い出した。
『望んだ――だと?』
対してイツカは険しい口調で問いかける。
「イツカくん?」
「君もそうじゃないのか? いや、そもそも君は誰なんだ?」
『……どういう意味だ?』
「確かに相馬イツカという子供は存在した。ケイがよく大学に連れてきていたのを覚えている。けど、その姿はその少女と瓜二つだ」
「えっ?」
「そして先ほど見せたあの力、あれは間違いなくケイと同じ力。魔法司書に血統は関係ありません。だがエーテライズには固有の波形のようなものがある。あなたのそれはあまりにケイに酷似している。アリス館長がああなったように、あなたこそが相馬イツカであり、九年前からその姿のままなのではないのですか?」
『……そんな、わけが……』
「そうだよ! わたしは彩咲トワ! 彩咲クオンの娘。この九年間の記憶だって――」
言いかけてトワははっとする。今朝見た夢のことを思い出したのだ。
――あれは本当にイツカくんの記憶なのか?
「どちらにせよわたしは全てを明らかにするために神の目録を開き、ケイと会う必要があります。結局コードは現れませんでしたが、おそらく私がこうして正体を明かすことに意味があったのでしょう」
「……」
トワはまだ自分の記憶に混乱し、俯いていた。
「さて、どうします? 私を捕まえて警察に引き渡しますか? あなたの力をもってすれば簡単なことでしょう」
エメリックは観念したように肩をすくませる。
「――!」
トワは顔を上げ、エメリックを見た瞬間、その後ろの入口に人が立っていることに気付いた。
「え? トワちゃん? ……これは一体……?」
そこに立っていたのはリサだった。
寝巻きに上着を羽織った姿で、店の中の惨状に呆然と立ち尽くしている。
「リサさん。何でここに」
トワもようやく沈思から立ち戻り、リサに尋ねる。
「ええと、そのいたずらだとは思ったけどやっぱり気になって――あっ」
リサはそこでトワの前に立っている人間がエメリックであることに気付いた。
「……そうです。私がアルスオーブ怪盗団のリーダーです」
エメリックは振り返りながらリサを見つめる。
「え? え?」
リサは何が何だかわからないといった様子で目を見張る。
「あのっ! その、お店をこんなにしちゃったのは、どちらかというと私の方でっ!」
トワは慌てて弁解する。
「え? ええっ?」
だがリサはますます混乱するばかりであった。
「はぁ…… とりあえず落ち着いてください。リサさん」
「あっ! ……はい」
やれやれといった様子でエメリックがなだめ、そして名前を呼ばれてようやくリサも事件が既に解決していることを理解した。
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