第31話 素直に ~side:遙香~
「はあ……」
炎天下の外をジョギング中の遙香は、運動公園の東屋で一旦休憩を挟んでいた。
気分転換のために走っていたわけだが、気分は晴れやかになっていない。
それくらい、愛斗が女子を連れ込んでいたことがショックだったのである。
「……嫌いになれたと思ってたのに……」
義弟の愛斗のことを、遙香は小さい頃から溺愛していた。
しかし愛斗が中学に上がったくらいの頃に拒絶されたことで、愛斗がこちらとの触れ合いを恥ずかしいと捉えていることを思い知った。
だからそれ以降、愛斗を嫌う努力に励んだ。
家族である以上、あまりにも過度な触れ合いは良くないことだ。
だったらいっそのこと愛斗を嫌いになればいいと思った。
それを実行に移して早数年。
演技を続けているうちに愛斗のことを本当に嫌いになれたと思っていたつもりだが、実際はまったくそうではなかったらしい。
愛斗が女子を連れ込んでいると知って、しかもヤることをヤっていると察して、非常に落ち込んでいる自分が居たわけである。
「しかも……なんかあの喘ぎ声沙希っぽかったし……」
んほおおおおおおおおお♡ と響いてきたあの声は今思えば沙希に似ていた。
「しかもマオだってさ……なんか愛斗に親しげな感じがあるんよね……」
今にして思えば「マーくん」呼びである。
遙香に内緒で交流していた可能性はゼロじゃないのかもしれない。
もしマオや沙希が本当にこっそりと愛斗と仲良くしていたのだとしたら、遙香としては釈然としない。
なぜ釈然としないのか。
それはもちろん――
「――姉ちゃん!」
こちらを呼ぶ声がいきなり木霊してきたのはそのときであった。
ハッとして顔を上げてみれば――
「愛斗と……マオと沙希……?」
そう、その3人が駆け寄ってきたことに気付く。
なぜ駆け寄ってきたのかが分からずキョトンとしてしまう中で――
「――ごめん姉ちゃん!」
遙香の目の前で足を止めた愛斗が、そう言って頭を下げてきたのである。
そして、
「――ごめん遙香!」
「――ごめんなさい遙香」
マオと沙希までもが頭を下げてきたため、
「な、なんなの……?」
と困惑してしまう。
しかし遙香はなんとなくその謝罪の意図を理解しており、
「な、なにさ……3人でこっそり仲良くしててごめん、ってこと?」
そんな風に確認してみれば、マオが頭を上げながら、
「あたしと沙希ちんの謝罪はそういうことだけど、マーくんの謝罪はもっと昔のことに対してのモノだよ。ね、マーくん」
「は、はい……」
マオの言葉に頷いた愛斗が、神妙な表情で口を開いてくる。
「あ、あのさ姉ちゃん……」
「……な、なによ」
「すごく……ものすごく今更なんだけどさ……、僕……、ホントは姉ちゃんに可愛がってもらうの、イヤじゃなかったんだ……」
「――っ」
それはいきなり語られる真実であった。
遙香の心臓がひとつ跳ねる中、愛斗の言葉が続けられる。
「だけど、姉ちゃんに可愛がられるのがだんだん恥ずかしくなってさ……周りの目もあるし、べったりされるのはここらで終わらせた方がいいって考えて、僕はあの頃意図的に姉ちゃんを拒絶したんだ……」
「……そ、そっか……」
愛斗の本心を知った遙香は、色々と思考がまとまらない。
そんな中で口を突いて出た言葉は、
「なんで……このタイミングでそんなこと言ってきたの……?」
という純粋な疑問だった。
その答えは実のところ察し始めているが、愛斗の口からそれを聞きたいという思いが無意識に込められた質問でもある。
すると愛斗は、そんな気持ちを汲み取ってくれたかのように、
「な、仲直りしたいからだよ……」
「……っ」
そう言ってくれた。
途端、遙香の目からは意図せずして涙があふれ出してしまう。今更そのような機会が来るとは思っていなかった遙香にとって、現状はあまりにも出来過ぎていた。
「でももちろん……姉ちゃんがイヤなら別に仲直りはしなくていいよ。僕は姉ちゃんのことホントは嫌いじゃない、ってことだけ分かって貰えたら……それでいいから」
「――ばか!」
そんな中、遙香は気付くとこう叫んでいた。
「あたしだってホントはずっと――愛斗と仲直りしたかったに決まってんでしょ!!」
「――っ」
「我慢してたの!! ホントは愛斗のこと全然嫌いじゃないのにっ、無理して嫌いなフリして心を押し殺してずっと一緒に暮らしてた!!」
「姉ちゃん……」
「大体なんなんっ!? そういうことならもっと早く言いなよっ!! ばか!! ホントにばか!! 大馬鹿野郎じゃん!!」
そんな風に罵倒しつつも、遙香は久方ぶりに愛斗へと接近して思いっきりその身体を抱き締めていた。中学時代は遙香より小さかった愛斗だが、今は頭半個分ほど大きくなっており、昔とは少し抱き心地が違っている。それでも男子としては小柄なその身体を堪能するかのようにして、遙香は抱き締めたままその胸元に顔を押し付けていた。
すると愛斗も遙香の背中に腕を回してくれて、遙香はまたひとつ目頭が熱くなってしまう。
「良かったじゃんっ、遙香!」
「仲良きことは美しきかな、よね」
微笑ましいモノでも見るかのようにマオと沙希はにこやかだった。
そんな中、遙香と愛斗は仲直りを記念するかのようにいつまでもいつまでも、ハグを続けていたのである。
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