第30話 違いを知って 3

「……僕と姉ちゃんの昔の関係性を知りたい、ですか?」

「うん、ちょっと詳しく教えてくれない?」


 遙香が外に走りに行ったらしい。

 その隙を突いてマオが愛斗の部屋に顔を出して「話があるんだけどっ」と言ってきたのがついさっきのことだ。

 愛斗は沙希との仲良し行為をひとまず最後まで終わらせてから、身なりを整えてその話に応じ始めている。ちなみに沙希はベッドで裸のまま失神中である。


「僕と姉ちゃんの関係性を詳しく教えろも何も……不仲ってだけですけど」

「小さい頃からずっとそうなの?」

「……なんで急に深掘りしてくるんですか?」


 マオの思惑が分からないので尋ねてみれば、


「遙香がさ、マーくんが部屋に女子連れ込んでるって察して急に不機嫌になって走りに行ったんだよね」

「え」

「でさ……なんで急に不機嫌になったんだろうって考えたときに、あたしはひとつ思ったわけ。それを確認したくての深掘り。遙香ってさ――」


 マオは真面目な表情で、


「――実は元々ブラコンだったんじゃない?」


 と尋ねられ、愛斗は少しびくりとした。

 するとマオはそんな反応を見逃さず、


「……そうなんでしょ?」


 と、念を押すように問いかけてきた。

 だから愛斗としては、


「そうです……」


 と、頷く他なかった。

 別に隠すようなことではない。

 首を縦に振るのに抵抗はなかった。


「やっぱりかぁ……」

「はい……僕が中学に上がるくらいまでは、そうでした……」

「じゃあ、なんで今みたいな感じになったの?」


 マオからの深掘りが続けられる。

 ここまで来たらもう、全部話してもいいかと思った。

 繰り返しになるが、そもそも別に隠すようなことではないのだ。

 誰かに話す必要性を感じないから黙っていただけである。

 だから愛斗は気付けばとつとつと話し始めていた。


「えっと、まぁ……仲が冷え込んだ経緯としては……まず、知っておいて欲しいのが、実は……僕と姉ちゃん、血が繋がってないんです」

「えっ。マジ?」

「はい……それで、中学くらいまでは姉ちゃんが僕のことを、その……異性として見てる節があった、って言いますか……」


 お風呂に一緒に入ったりして、色々と可愛がられていた。それこそ、男としての目覚めの一発を出したのは、遙香の手でイジられていたときだった。元々はそういうインモラルで仲良しな間柄だったのである。


「おー……マジかぁ。え、それってさ……えっちもしたりしてたの?」

「そ、それはさすがにないです……僕はマオさんが初めてなので……」

「そっか……え、じゃあさ、なんで今みたいに蔑み合う関係になったの?」

「端的に言えば……僕が難しい年頃になったせいです」


 遙香に可愛がられるのは嫌いではなかった。

 しかし愛斗は成長と共にそうされることに恥ずかしさを抱くようになった。

 世間体も気にするようになった。

 親や外部の誰かにバレたら自分は終わるんじゃないか?

 そう考えた結果として、


「……思いっきり拒絶したんです」


 別に遙香との戯れがイヤになったわけではなかった。

 しかし血の繋がりがなかろうとも、家族でそういうことをするのはダメなことに違いないと思って、触れ合いを拒絶したのである。嫌われて、姉弟仲を冷え込ませるために。その方が今よりは健全だと思って。


「……そしたら姉ちゃんも、それ以降冷たい態度になってくれました。狙い通り、僕のことを嫌いになってくれたんだと思います」


 いがみ合う姉弟関係は、そうして完成したのである。今もなるべく、嫌われるような立ち回りをするように心掛けている。不健全な仲に戻ってはダメだと思いながら。

 

「……ひとついい?」


 話を聞き終えたマオが、こう言ってくる。


「多分……遙香はマーくんのこと嫌いになってないよ」

「……なんでそう思うんですか?」

「さっき言ったじゃん。マーくんが部屋に女子連れ込んでるって察して遙香が不機嫌になったって。それってつまり、まだマーくんに未練たらたらだから、ってことじゃんどう考えても」

「……そうなんですかね」

「そうだよ。――だからマーくん、遙香と仲直りしてみない?」

「え」

「あの態度からして、遙香は多分内心やり直したいって思ってるはず。――じゃあマーくんはどう? マーくんはこのままでいいの? このまま遙香と険悪なままで本当に大丈夫? 仲直りしたい気持ちは本当にこれっぽっちもないって言える?」

「それは……」


 その気がないかどうかで言えば、……実のところある。

 ベタベタしてくる遙香をかつて拒否してしまったことには、未だにずっと申し訳なさみたいなモノがわだかまっているのだ。

 それを解消出来るなら、したいのである。


「だったらしようよ! その方がいいじゃん!」

「……なんでマオさんは、僕と姉ちゃんの仲直りを推してくるんですか?」

「え。だって遙香の鬱憤が晴れたらあたしや沙希ちんが堂々とイチャついても問題ない感じになるかもしれないじゃん?」

「なりますかね……?」

「まぁもし遙香が嫉妬をより深めたら、そんときはそんとき。マーくんが遙香のことも抱いちゃえばいいじゃんw」

「!?」

「血、繋がってないんでしょ?」

「だ、だからってそれは……っ」

「いいじゃんいいじゃんw みんなで仲良くすれば怖くない!」

「こ、怖いですよ……」

「まぁ実際にどうするかは仲直りしてから考えればいいよねっ。――そんなわけでとりあえず、今から遙香のもとに行こっ」

「……ま、待ってれば帰ってくると思いますけど……」

「ちっちっちっ。女子は追っかけられたい生き物なんだから、仲直りするときはこっちから追っかけときゃいいんだって。3人で遙香のもとに出向いて諸々打ち明けつつ仲直りを目指す! オーケー?」


 有無を言わさぬ態度で詰め寄られ、愛斗としては「は、はい……」と頷くしかなかった。


「よしっ、ほな3人で行こうっ。――沙希ちんも失神から覚めて聞いてたよね? いい加減その菊の紋所しまって服着てもらえる? 行くよ!」

「そ、その前にお風呂いいかしら……」

「40秒で支度しな!」

「さ、さすがに5分はちょうだいな……」

「ダメ3分!」

「わ、分かったわ……」


 そんなこんなで、愛斗たちは遙香を追いかけることになったのである。

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