第29話 違いを知って 2 ~side:マオ~

「(んほおおおおおおおおお♡)」


 引き続き、沙希のけたたましい声が壁越しに聞こえてくる中で――


「ほらっ、これ映画じゃなくて愛斗の部屋からじゃん!」


 と、遙香がそれに気付いてしまっているヤバい現状が今である。

 マオはもちろん焦っていた。


(さ、沙希ちん声出し過ぎっ。でもそれだけマーくんから後ろを責められるのが最高ってことなんだろうね……)


 と一定の理解を示しつつも、大変な状況に変わりはない。

 沙希の声がまったく収まらないということは、それを注意すべき愛斗も興奮の影響で声の大きさに気が回っていないのかもしれない。美人な先輩の菊をいただいているのだからそれに夢中になってしまい、隣室への注意を怠るのは無理もないのだろう。


(こ、こうなったらあたしが全力で遙香の気を引き付けておかないと……)


 マオはそう考え、とりあえず口を開く。


「こ、これはほら、マーくんも年頃だしAVか何か観てるんでしょ!」

「そーなんかもしれんけど、こんな大音量で流すのは意味分からんよね。てかスピーカーの音声って感じがしなくない?」

「!?」

「生声っぽい気がすんだよね……まさかあいつ女連れ込んでガチでヤってる……?」


(や、ヤバい……)


 遙香がどんどん真実に近付きつつある。

 マオは急いで誤魔化しの言葉を発することにした。

 それはちょっと開き直りにも近い言葉であった。


「――で、でもさ、別にマーくんが女連れ込んでてもそれはそれでよくないっ!?」


 愛斗が誰かを連れ込んでいることをそれとなく認めた上で、しかし別にそれでもいいじゃんという意見。

 実際、愛斗が誰かと付き合うことのデメリットは遙香には存在しないはずだ。


「いいか悪いかで言えば、よくはないし……」

「え……」


 少し意外な返事が来て驚く。


「な、なんでよくないの? 嫌いな弟が先に青春し始めちゃってるから?」

「そういうことじゃなくて……まぁ、なんだっていいじゃん……」


 遙香はどこかムッとした表情で立ち上がると、


「ちょっと外走ってくる……」

「へ?」

「体育館工事のせいで部活ないわけだし、その分走ってくる……気分悪くもあるし、ちょっと風浴びてくる、ってこと……」


 そう言ってスポーツウェアに着替えた遙香は、


「テキトーにくつろいでてよ……」


 と部屋の外に行ってしまった。

 愛斗の部屋に突撃することもなく、階段を降りる音が聞こえてきて、本当に走りに行ってしまったようだ。


(なんか遙香……落ち込んでた……?)


 愛斗が誰かを連れ込んでいると知って、あからさまに気分を沈ませたように思える。急に走りに出かけたのは、その気分転換のために違いない。


(ひょっとして……遙香って……)


 今の一連の流れから……なんとなく、マオの中にはひとつの憶測がよぎり始めていた。本当にただの憶測に過ぎないが、もしそうであるならば、不機嫌になった理由にも納得が行く。


「(んほおおおおおおおおお♡)」


 今もなお沙希の声が響いてくるそんな中、マオは遙香と愛斗という姉弟の仲について追及したい気持ちがわき上がってくる。


 遙香とは高校からの付き合いなので、それ以前の遙香と愛斗については知らない。


 元々はどういう姉と弟だったのか。


 そこを紐解いて理解を深めることで、堂々と愛斗のもとに通える道が開くかもしれない。


(よし、そうと決まれば――)


 マオは遙香の部屋を出て、隣室に突撃した。


 昔の2人を知るには、愛斗に聞くのが手っ取り早いからだ。




――――――――――

お知らせです。

この物語はあと数話で終わらせていただこうと思っています。

この物語をこれ以上広げるとセンシティブになり過ぎると思い、

お叱りを受ける前に自重することを決めました。

残り2話か3話になると思います。

ご了承いただけますと幸いです。

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