第4話 不意打ち

「……姉ちゃんなら居ませんよ?」

「うん知ってるw」


 この日は土曜日である。

 バスケ部の姉・遙香が遠征で居ないそんな昼下がりに、姉の友達である金髪碧眼ハーフギャルのマオが、アポなしでいきなり遊びに来たのが現状だった。


 玄関に佇むマオは私服である。5月の下旬ともなれば関東はもう暑いので、無地の半袖黒Tシャツにデニムのホットパンツという薄着を着用していた。スタイルの良いマオは抜群にそれを着こなしており、剥き出しの脚がセクシーなのは言わずもがなだ。

 思わず見とれる愛斗まなとに対して、マオはニッと笑いかけてくる。

 

「ほなマーくん、お邪魔してもいいよね?」

「いいですけど……なんで姉ちゃん居ないのに僕んちに来るんですか?」

「だーかーらー、それはなんでもいいじゃん別にw ほなお邪魔するね~」


 と、はぐらかしつつ、マオがサンダルを脱いで上がり込んでくる。

 相変わらず、行動原理が謎。

 小首を傾げながら、マオの背中を追いかける形で自室へ向かう。


「――こないだ8巻まで読んだから、次は9巻!」


 壁際のデカい本棚から漫画を抜き取ったマオが、愛斗のベッドに寝そべってそれを読み始めた様子を眺めつつ、


(……漫画喫茶代わりに来てるんだとしても、似た環境は他にもありそうなもんだよな……)


 姉の遙香のみならず、男兄弟持ちの友人は幾らでも居そうなものである。にもかかわらず、愛斗のもとをピンポイントで訪れ続けるのだからよく分からない。

 

(まぁ……迷惑じゃないから別にいいけど)


 そう考えながら、愛斗も息抜きに漫画を読んで過ごす。

 途中、マオから今読んでいる漫画の疑問点を質問されたりして、それに答えながら、昼下がりはなだらかに過ぎ去り、窓の外は夕焼けに染まり始めていく。


「――ほな、あたしはぼちぼち帰ろっかな」


 そして午後6時を回った頃、マオは平日と同じようにそう言い出した。


「今日は遙香、遠征で泊まりって聞いてるからあたしもここにお泊まりチャンスではあるんだけど、門限あるからさ。パパが過保護でウザいのなんの」

「……しれっと泊まる意思があることを提示しないでくださいよ……」

「えー、なんで?w マーくんちって親がどっちも海外で仕事してるんだから、遙香が居なかったらやりたい放題出来るじゃん?w」


 マオが言った通り、菱川家の両親は海外で働いている。普段は遙香と2人暮らしで、家事を押し付けられているのは言うに及ばずである。


「……親が居ようと居なかろうと、年頃の娘が年頃の男子のもとに泊まっちゃダメです……どのみちマオさんは門限があるんだから関係ないじゃないですか」

「まあねw ほな、帰る前にいつも通りにお駄賃払わせて?」


 と告げられ、愛斗は気を取り直して今日のお駄賃を考える。思い浮かぶ選択肢はインモラルなモノばかり。頼めば色々してくれるのだから仕方が無い。

 

 とはいえ、実行してきたことの中で一番大それた行為は、クロッチの匂いを嗅ぐことだ。おっぱいを見せてもらう、だとか、ショーツを脱いでもらう、だとか、そういうダイレクトな要求はなんだか憚られ、一切頼んだことがないのである。


「ねえ、たまにはあたしがリクエストしてもいい?」


 そんな折、マオが不意にそう言ってきた。


「……お駄賃を、ってことですか?」

「そう。とりあえず今日だけ」


 新たな試みだった。たまにはそういうのも有りかもしれないと思い、

 

「まぁ、別に大丈夫ですけど……」

「お。じゃあちょっと目を閉じてよw」

「……え」

「閉・じ・てw」


 ニヤニヤ笑いながらそう言われ、愛斗はろくでもないことにならないことを祈りながら目を閉じた。一体何をされるのか予想が付かず、ドキドキ感が強まっていく。

 そんな中、


 ――ちゅ。


 と愛斗の唇に柔らかな感触が訪れた瞬間、愛斗の全身に衝撃が迸った。


(!? こ、これってまさか……っ)


 予想出来る行為はもちろんただひとつ。

 高揚のあまり目を閉じてなどいられなかった。

 直後にはまぶたを開けて現状の捕捉に至る。

 そして、


「ちょ……マオさん……」

「――にひひ、残念でしたw」


 愛斗の口元に人差し指を触れさせているマオがニヤッと笑っていた。

 唇じゃなくて指。初歩的なイタズラ。

 愛斗は天を仰いだ。完全にしてやられた形である。

 

「めっちゃガッカリしてるじゃんw」

「そりゃそうですよ……」

「ふぅん……w じゃあさじゃあさ、マジでしたげよっか?w」

「ど、どうせ出来ないんですから期待させるようなことを言わな――むぐ……っ」


 愛斗が言葉を途絶えさせたのにはワケがある。

 端的に言うなら――


(ま、マオさん……っ!?)


 本当の本当に、キスをされていたのである。マオの可愛いハーフ顔が目の前にあって、唇同士がくっついている。愛斗の心臓が飛び跳ねたのは言うまでもないだろう。


 そんなキスはほんの一瞬だけで終わってしまい、夢か何かだったんじゃないかと思ってしまうが――自分からしてきたくせに熟れたトマトのように紅潮しているマオの表情が、今のキスはウソではないことを物語っていた。

 

「……い、今のが今日のお駄賃ね。ちなみにファーストキスだから……」

「な、ななななんで僕なんかに初めてを……!」

「な、なんでもいいじゃん……! じゃあとにかくまたね……!」


 そそくさと自前のトートバッグを肩に掛け、マオは足早に愛斗の部屋から立ち去っていった。


(…………)


 自分の唇に指を這わせながら、愛斗はマオが出て行ったドアを漠然と眺め続けるしかなかった。


 何を考えているのか分からない、姉の友達。


 そんなイタズラな存在に翻弄される青春は、もちろん悪く……ない。

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